Remain in the Air 取り残された英雄
@flanked1911
第1話
5年前、アルタイル連邦、東部上空。
「フルミネ1より2、状況は? 」
「こちら2番機、隊長、敵が多すぎてとても退却できません。
ち、ミサイルを撃たれた! キリが無い!」
アルタイル連邦に属するヴェルディア公国海軍航空隊”
彼の機体、スーパーホーネットは文字通り蜂を思わせる高機動戦闘機だが、それをもってしても、この混乱の最中からは抜け出せそうになかった。
連邦事変。
大国アルタイル連邦は、大国であることを驕り、侵略戦争を繰り返してきた。
しかし、無理な戦略計画の結果、彼らは小さな国々相手に敗戦を繰り返し始め、やがてそれは連邦を瓦解させていった。
既に連邦は統率力を失い、連邦軍内部でのクーデター、それから同盟を組んだ小国の反抗作戦で戦場はカオスと化していた。
「司令部から撤退命令は!? 」
「命令に変更はない、撤退は許可できない。
状況に応じ、臨機応変な戦闘で防衛ラインを死守せよと」
「防衛ラインは、もう……くっ!」
グラハムは隊長に異議を唱えようとするも、ミサイルアラートが鳴り響き、自機ホーネットを回避のために急旋回させる。
激しいGが主翼をしならせ、グラハム自身の身体も圧縮されるようなGで苦しめられる。
彼の脳裏には後悔が渦巻いていた。
グラハムが18歳の頃、故郷ヴェルディア公国にアルタイル連邦の使節団が来た。
ヴェルディア公国は自然は豊かだが、とても貧しい国だった。
連邦の役人たちは高級車に乗り、皴一つない背広を着て、連邦に組すれば皆様も豊かになれると言葉巧みに語った。
ヴェルディア公国の国民達は彼らの言葉を信じ、連邦に組する頃を選んだ。
青年グラハムは昔映画で見た故郷を守る騎士のような戦闘機パイロットを目指していたのだが、仕える主が故郷から大国に代わり、混乱しつつももう道を戻ることは出来なかった。
グラハムたちは前線に駆り出され、ヴェルディア公国海軍の誇りであった空母も沈められ、残っている航空部隊は彼らフルミネ隊だけだった。
<連邦め、今までの恨みだ!>
「撤退は許可できない! 敵前逃亡は死刑に値する!」
「増援を寄こせ、防衛線が維持できな――!」
<クソ、こんなところで死にたく>
かつて夢見た騎士道は戦場にはなく、悲鳴と絶叫の血みどろの生臭い戦場が広がっていた。
「フルミネ2、敵側に新たな増援だ。
畜生、最悪の増援だ。赤翼のラファールだ」
「連中のトップエースの……こんな時に!」
「グラハム、お前は撤退しろ」
「隊長、何を言って!?
それに撤退したものには、死刑が待っています!」
「私が残る、それでいい訳が付く。
ふっ、どうせ、連邦なんぞ来週には消えてなくなっている。
私は最後に敵のエースとのワルツを楽しんでくるとしよう。
さぁ、行け、あの美しい故郷を任せたぞ」
いや、騎士道はあった。
隊長機は鋭い旋回で、敵のエース機へと機体を向けた。
その姿はまさに、グラハムが憧れた騎士道を持つ戦闘機パイロットの姿だった。
グラハムは嗚咽を堪えながら、隊長に敬礼を送り、機体を故郷にへと向けた。
◇
戦争終結から五年後。
グラハムは故郷の地に戻り、そこで生活を営んでいた。
しかし、今の彼はかつて夢見たように大空には居なかった。
ボルトを取って、締める。ボルトを取って、締める。ボルトを取って、締める。
ボルトを取って、締める。ボルトを取って、締める。ボルトを取って、締める。
彼はエアコンが無く蒸し暑いトラック製造工場で働いていた。
ヴェルディアの会社ではなく、戦後、連邦が崩壊と共に経済崩壊し、職を失った人々であふれたこの国に目を付けた遠い海外の大企業だった。
彼らは安い賃金で働く労働力を求めていたのだ。
永遠とラインから流れてくる製品に手を止めずに、ボルトを組み立てていく。
こんなに蒸し暑く、単純な作業では時間が止まったかのように長く感じられる。
作業の少しの隙間時間をぬって、グラハムが汗をぬぐったその時、隣で働いていた細身の男がばたりと倒れた。
「おい、大丈夫か!?」
「うっ、うっ……」
「誰か来てくれ、熱中症みたいだ!」
グラハムが助けを呼ぶと、面倒臭そうに本社から派遣された外国人の社員がやって来た。
「何度言ったら、分かるんだ?
ラインを止めるなって」
「ラインも大事かもしれませんが、彼の方が……」
「お前らにそんな価値ないぞ。
おい、お前、仕事できないならクビにするがいいんだな?」
社員の男が吐き捨てるように言うと、倒れた青年はくぐもったうめき声を上げながら身を起こす。
「だ、大丈夫です。働けます。
申し訳ありません。
どうか、クビにしないで……」
「申し訳ありません。そんな謝罪で赦されるとでも?
赦して欲しいなら、犬の真似をしてみろよ」
「そんなこと……!」
グラハムが非難の声を上げる前に、青年は四つん這いになった。
「わん、わん、わん、わーん!」
「はははは、何だこいつプライドは無いのか!?
さっさと仕事に戻れ、駄犬!」
トドメと言わんばかりに、その社員が青年を蹴り上げる。
床に蹲った青年にグラハムは手を伸ばし、こう問いかける。
「なんであんな奴の言いなりになった?
あんなの、まるで奴隷じゃないか!? あんな立ち振る舞いはやめ―― 」
だが、青年はグラハムの差し伸べた手を振り払った。
「お前達のせいじゃないか……! 」
「何?」
「聞いたぜ、お前戦闘機パイロットだったらしいな。
勝手にお前達が戦争を始めて、戦争に負けたせいで俺達が奴隷みたいに扱われているんだ! 俺だって金があれば、こんな国出て行ってやりたいよ!」
「こんな国!? 此処を守るために何千人が死んだと思っている!?
違う、連邦に下ったのは、国民の皆がそうしたかったからだろう!?
俺達はお前達が選んだ選択に従っただけだ! 」
「人のせいにするなよ!
仲間を見捨てた分際で!」
青年の言葉にグラハムはショックを受け、後ずさった。
ふと、周りを見ると青年の言葉に同調するように、皆が冷たい目でグラハムを見ていた。
反論したかった。だが、グラハムは唇をギュッと噛みしめた。
◇
その日、グラハムは夜遅くまで仕事をして、ようやく帰りついた。
彼の家は隙間風が吹き荒れるボロ家だった。
この国ではこれでもマシな方なのだが、貧しいことには変わりはなかった。
心身共にくたくたのグラハムがリビングにつくと、違和感に気づく。
妻の気配を感じないのだ。
少し辺りを見渡すと、リビングテーブルに一枚の紙きれがあった。
「これは……」
妻からの置手紙だった。
"こんな生活は望んでなかった。
あなたは仕事ばかり、そして、何も手にできなかった。
私は幸せを掴むから。
さようなら。
あなたは一人寂しく死んでいってください”
写真が添付されていた。
美しく着飾った妻と、知らない富裕層風の外国人が写っていた。
グラハムは二つ共を力のままに破り捨てた。
最近、妻が夜遅くに帰ってくることが増えた。
注意しようかと思ったが、妻に苦しい思いをさせていることに負い目を感じて、注意出来なかったのだ。
「クソ、こんなもの!」
彼は怒りのまま、飾っていた妻との過去の写真を床に投げ捨てる。
1つ、2つ、3つ、そして、4つ目にして手が止まった。
その写真は妻とのものではなく、戦争が始まった直後、フルミネ隊の面々で愛機の前で撮った写真だった。
連邦の始めた戦争に戸惑いつつも、そこには戦闘機パイロットとして誇らしげに映る自分と仲間達が居た。
だが、もう誰も残っていない。
「皆、何処に行ったんだ……?」
仲間を見捨てた分際で、青年の言い放った台詞が脳裏を反復し、彼は膝を付き、嗚咽を上げた。
「あの空で、死ねばよかった……」
◇
翌日、グラハムは仕事を無断欠勤し、彼が幼少期によく遊んだ故郷の街が見える公園に足を運んでいた。
ここから下を見れば、国境の町と何処までも続く海、そこに浮かぶ漁師たちの小さな船が浮かび、雲一つない空が広がっていた。
だが、今、彼が目にしたものは、工場に埋め尽くされた街、汚染された排水で濁った海、大きなタンカーが我が物顔で航行し、大空は工場から立ち上る煙で汚染されていた。
分かってはいたが、そこには絶望が広がっていた。
「こんな筈じゃなかった。こんな筈じゃなかったぞ」
彼の口から出る呟きは、この選択を選んだ国民に対してなのだろうか、それとも故郷を守れなった自分に対してなのか、それは彼自身も分からない。
「これでは、死んでいった仲間たちに顔向けが出来ない……」
「その声は……もしや、グラハムか?」
突然、声をかけられ、グラハムは驚いて振り返った。
そこに居たのは、40代の端正な紳士だった。
一瞬、誰か分からなかったが、グラハムは五年前に見知った顔であることに気づいた。
「ミケルセン大佐? 」
「ああ。そうだ。
久しぶりだな、元気そうには見えないが」
ミケルセン大佐は5年前、連邦海軍の空母の幹部士官だった男だ。
多くの連邦軍人は、グラハムらのようなヴェルディアの民を田舎者だと冷笑したが、ミケルセンは彼を実力で評価してくれたいわば恩人だった。
ミケルセンも街を見下ろし、悲し気に呟いた。
「10年前に旅行に来たときは美しい風景だったのに。
それが今ではこれか」
「……大佐殿は、今でも連邦軍に?」
「ああ。辞めることが責任ではないと思ってな」
しばし、彼等の間に無言が続いた。
静寂を割り、グラハムが口を開いた。
「大佐殿、先の戦争では何人が命を落としたかご存じですか?」
「行方不明者が多すぎて、正確な数字はわからん。
だが、分かっているだけでも、40万人だ」
「人が死に過ぎた。
大佐殿、こんな結果はあってはならないのです。
必死に戦った者達が罵倒され、忘れ去られ、故郷すらも奪われるなど……。
責任のお話をされましたね、大佐。
私は気づきました。
私には果たさなければ、ならない責任があります。
それは今この国に住んでいる人々に対してではありません」
「……一体、誰に対しての責任だ?」
「死んでいった仲間、私が殺めた敵です。
英霊の眠る墓が荒らされるなんてことあってはならない。
あの静かな故郷を、取り戻さなくてはならないのです」
「グラハム」
ミケルセン大佐は、驚いたような眼でグラハムを見る。
だが、彼の口から出たのは叱責の言葉でも、窘める言葉でもなかった。
「だが、今の連邦政府は全ての責任を軍に擦り付けている。
悪を罰すると綺麗ごとを言い、先の戦争、命令に従っただけの私の戦友達も極刑に処された。
私は今、空母の艦長をしている。
しかし、政権の人気稼ぎの為、私もいつ拘束され、処されるかわからん。
グラハム、貴官の言ったことが本気なのであれば、我が艦、カラコルムに来てくれ。
我が部下たちも生きる意味を見失っているのだ」
二人の間に冷たい風が通る。
グラハムはこれが戦争に発展することを理解していた。
大勢が死に、自分も苦しめられたあの戦争を今度は自分の手で起こそうとしているのだ。
グラハムは空を見上げた。
あれほど憧れた美しかった空には、工場から昇る煙によってどす黒く覆われていた。
「やりましょう、大佐。
我々が戦ったあの時間に、意味を持たせましょう」
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