三月

  二〇二九年三月一日


 早瀬恵美子は金目的で早瀬文夫の元に嫁いで来て、忌み地であるこの地にマンションを建設させた。義母はスーツケースに詰めて遺棄され、夫は自殺。娘は行方不明という事になっているが実は埋められていて、早瀬翔太くんは屋上から転落死した。

 悪いのは全部早瀬恵美子?


   二〇二九年三月二日


 二〇二五年九月にこのマンションで亡くなったのは、「306号室」の「冴羽隆弘さえばたかひろ」という名の中年男性らしい。サバの正体?


   二〇二九年三月三日


 ひなまつりの歌が外から聞こえる。外に出てみると、向かいの広場で振袖がくるくると回っているのを見た。早瀬すずちゃんだ! 本当にいた!


   二〇二九年三月九日


 早瀬翔太くんは早瀬恵美子を恐れていた?


   二〇二九年三月十一日


 夜半、物凄い音がして玄関に走った。玄関扉の内側にある郵便受けが取り外されて、ドアポストから細長い腕が侵入しながら鍵周りを弄っていた。あわやという所でチェーンを掛けた。ドアの向こうから「チッ」と舌打ちするのが聞こえて来た。ここは本当に治安が悪い。


   二〇二九年三月十五日


 サバだ。


   二〇二九年三月十六日


 俺がよく市役所や図書館で調べ物をしているのを見ていたという役所で働く「織田」というお爺さんに話しかけてもらった。織田さんはこの地に根付いて随分長いらしいという事で、「杉沢集落」についても詳しく知っていた。

 織部さん曰く、この地にかつてあった「杉沢集落」の村民たちは、バブル期の地価高騰の煽りを受けて「地上げ屋」の過激な立ち退きにあったらしい。結局村民たちは離散してしまったが、「對馬つしま」という一族だけは最後までこの地に残って抵抗を続けていたらしく、對馬家の邸宅跡地こそが、俺のマンションの建てられた、長く買い手のつかないでいた例の空き地であったらしい。

「對馬」というのは確か、日記の後半に出てきた名前だ。「對馬さん所でお祈りせにゃならん」とあった。難しい漢字で恥ずかしながら読めないでいたのだが、これはと読むらしい。……字面が違うが、現在のマンションの大家である「対馬眞子」と同じ苗字の読みだ。何か関係があるのだろうか? お祈りとは何の事か。まさか向かいの広場にある朽ちた祠とも何か関係があるのだろうか?

 俺は重ねて問い掛けてみたが、織田さんも「對馬一族」と「対馬眞子」との関係性や、どうして對馬家の邸宅跡地だけが放置されていたのかまではわからないらしい。

 ただ、かつてこの地には小川があり、そこには河童伝説があったのだと聞いた。

 ……河童か。


   二〇二九年三月十七日


「對馬家」の邸宅跡地であるこのマンションの地中深くに、一体何が埋められているのだろう……。日記の中で早瀬恵美子の言っていた祟りとは何の事なのか。


   二〇二九年三月十八日


 一階の共同ポストに「死んだらしんけい無くなる」と書いた張り紙がされている。悪趣味だ。


   二〇二九年三月二十一日


 誰かを罵る声が、俺の事を標的にしたらしい。座敷のシミが広がっていく。


   二〇二九年三月二十三日


 ベランダに誰かが立っている気がしたが、気のせいだったと……思う。


   二〇二九年三月二十四日


 流石に気が滅入ってきたのだろうか。だが不思議に嫌というわけでもない。


   二〇二九年三月二十六日


 怪談会に来いとテリーさんから電話があった。怖い事なんて無いんです、と言って断った。本当にないのだから仕方がない。

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