十二月

   二〇二八年十二月三日


 それにしても、着物の少女が日記の後半に出てきていた「スズ」だとすると様々な疑問が浮かんで来る。

 ひなまつりに憧れていた少女――すずは……早瀬翔太くんの妹であり早瀬恵美子の娘である早瀬すずは……? 

 いやまさか、そんな事ある筈ない。考え過ぎか。それともこの妄想日記に没入し過ぎか。


   二〇二八年十二月八日


 「にんげんごうかく」と階段の隅に書かれているのを見た。やはり黒いクレヨンで書いてある。すごい……本当だ、本当だ。


   二〇二八年十二月十日


 仕事を欠勤し過ぎてほとんど冬のボーナスを貰えなかった。


   二〇二八年十二月十一日


 夜中にスマホに着信があるのだが、非通知とも知らない番号とも表示されずに「不明」と表示されている。三十件ほど着信通知があったのだが、どうしてか気付かないでいた。それにしても「不明」とはなんなのか、良く考えれば見た事もない表示な気がする。調べると、古い公衆電話などからスマホにかけるとそうなる事があるらしい。なんだそんな事かと胸を撫で下ろす。


   二〇二八年十二月十四日


 バブル期の土地開発の際にここら一帯は住宅街となった様である。


   二〇二八年十二月十五日


 夜寝ていると「グズが」「カイショウナシ」「悪いと思わないのか」と陰気な囁き声が聞こえて来る。隣だろうか? 囁くような声……二人いる。女の様だ。


   二〇二八年十二月十六日


 ゴミ捨て場にきゅうりが一本剥き身で落ちていた。河童?


   二〇二八年十二月ニ十日


 早瀬翔太くんの言う「うまっています。たすけてください」とはもしや、自分の事では無く、妹の早瀬すずの事を言っているのか? 彼女は二〇二四年に行方不明になったと早瀬恵美子が言っていたじゃないか。……そんな恐ろしい事があるのか?


   二〇二八年十二月二十一日


 自分の車の後部座席に、人が入りそうなサイズのピンク色のスーツケースが見えた気がして飛び上がった。しかし良く見ればそんなものはない。ガラスに何かが反射したのだろう。


   二〇二八年十二月二十四日


 共同玄関前で猫が固まって暖をとっていた。「すずはねこんなった」と言う日記の一文を思い出す。早瀬翔太くんの妹のすずちゃんは、猫なのだろうか。


   二〇二八年十二月二十九日


「ピンク色 スーツケース 事件」で検索すると、奈良県のとある山中の放置車の中に、白骨化した身元不明の死体が遺棄されていたと言う事件がヒットした。ネット記事には放置車のナンバープレートは記載されていなかったが、もしやすると「大阪581ゆ・394」ではないだろうか?

 いや、妄想が飛躍し過ぎか……。


   二〇二八年十二月三十一日


 世の中が正月であるという事をすっかり失念していた。岐阜の実家に帰省するのは諦める。母親から何件かメールが来ていたのにも気付かないでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る