9がつ


   2025ねーーーー9がーーーー1ーーーー()月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月


 夜目覚めるとベッドの周囲を老婆の人影がぐるぐる回っている。「大阪581ゆ・394」「大阪581ゆ・394」「大阪581ゆ・394」「大阪581ゆ・394」と繰り返すのでたまらなかった。そのまま寝たから、夢だったのかも知れない。


   二〇二五年九月2日()火曜


「振袖着れてうれしーなー、夢でもなんでもうれしいわぁ」と着物の少女が普通に喋っているのを初めて見た。


   2025ねんきゅうがつみっか(すい)


 食べる物がない。けれどお金も底をつき掛けている。今後のことは考えたくもない。河童の国に行けたらいいのに。


   二〇二五年九月よ(木)


 朝、三階からマンションに面した道路を行き交う人たちを見下ろしていた。この人たちはみんなにんげんごうかくしているのだろう。僕も本当に……ごうかくしているのだろうか? まだスタートはしていない。みんなしていない。このマンションから朝出ていく人は一人もいなかった。


   二〇二五年九月五日(金)


 ゴミを捨てに一階まで降りていった帰り、ひどいぼろ切れの様な衣服を着た男の人と階段ででくわした。髪型も今風ではなく剃り上げていて、時代劇で見る農民のような風体をしている。僕が驚いて立ち止まっていると、ボソリと僕に囁き掛けて来た。「昔はここに細い小川があったんです」今はそんなものはないと僕が答えると「埋められたんです、何もかも」と言われた。忌まわしそうな表情をしていた。


   二〇二五年九月⑥日(土)


 銀行でお金を下ろしてきた。家賃の引き落としがされていない事に気が付いた。間違いだろうか? それとも先日言っていた大家の罪滅ぼしというやつなのだろうか? まとめて引き落とされたらもう生活が出来ないので全額引き出した。


   二〇二五年九月Ⅶ日()日


 ベランダに出ると、見覚えのない木の台座があって血糊がベッタリと付いている。これはなんなのだろう。隣に立てられた看板に「見せ物」と書いてある。


   二〇二五年九月Ⅷ日(月)


「306号室」が騒がしい。朝からずっと「303号室」は念仏を唱えている。いい加減我慢ならないので苦情を言おうと外に出てみると「306号室」に警察が押し寄せていた。自殺とだけ聞いた。「306号室」の男について色々と聞かれたが、サバの事や日によって部屋が片付いていたり物が溢れ帰っていたりする事を話したら眉間にシワを寄せて帰っていってしまった。


   二〇二五年九月Ⅸ日(火曜)


 昨日は「306号室」に晩まで警察が出入りしていてうるさかった。朝方廊下に出て顔だけ覗かせてみると、何事もなかったかのように元の寂れた景観に戻っている。「306号室」の扉は締め切られていた。もう開く事もないのだろう。


   二〇二五年九月とおか(すい)


 近くの人が自殺したという事実が今更恐ろしくなってくる。「306号室」のサバはじんせいスタートしたらしい。彼は人間ではなかったが。屋上にサバのシルエットが見えた気がした。


   二〇二五年九月11(木)


 大家がマンションの前で一心不乱に何かを唱えているのを僕は離れたところから眺めていた。背後に黒い人影が見える。大家の思惑とは裏腹に、屋上の人影たちは喜ぶみたいに手をあげていた。バンザイしているみたいだった。


   二〇二五ねーー九月ジュウに(罪)


 電磁波攻撃による妨害を受けながらも近所のスーパーに行った。すれ違う人全員とレジを打っている店員に無表情のまま罵声を浴びせかけられ続けた。それでもなんとか安くて沢山入った食料品を買い込んだ。自転車のサドルがドリルに変えられてしまったので、立ち漕ぎをして帰宅した。


   二〇二五年九月十三日(土)


「かしこみかしこみ」「かしこみかしこみ「かしこみかしこみ」と延々に聞こえて来る。何処からだろうと思ったらマンションのあちこちから聞こえて来る。静かにして欲しい。


   二〇二五年九月十よん日(日)


 再び大家が訪ねて来る。松葉杖を突いて全身に包帯を巻いて、宇宙人みたいな真っ黒い目をしている。げっそり痩せているし何があったんだろう? 家賃については何も言われなかった。大家は「頼むからこの家を出て下さい。このマンションは祟られてるんです」と言う。自分の収入源であるマンションをこき下ろしてどうするのだろう。変だと思う。まるでもう本当に、自分に未来がないとでも言っているみたいに思えた。


   二〇二五年九月十五日(月)


「わたしのこじゃないですから。わたしのこじゃないですから」と言う声が廊下を過ぎ去っていくのを聞いた。玄関に出てみると、足を引きずる大家の背中が見えた。


   二〇二五年九月十六日(火)


 共同ポストにチラシの裏に書かれた雑多な手紙が入っていた。

「うまっています。たすけてください」

「早瀬翔太くん」だろうか。何処に埋まっているのか。屋上から落ちてしまったのではないのか?


   二〇二五年九月十七日(すい)


 渋谷のスクランブル交差点でサバの反乱があったとテレビで報道していた。二足歩行のサバの群れが画面いっぱいに走り回りながら人を出刃包丁で襲っている映像は衝撃的で、気分が悪くなったので消した。


   二〇二五年九月十8日(モク)


 ピンク色のスーツケースから呻き声が聞こえる。小さな声なのでピタリと耳を沿わせてみると「ゆるさん…………ゆるさん……」と老婆が言っている。気味が悪いのでベランダに出しておいた。


   2025ネン九月ジュウククククク(きん)


 テーブルにサバの缶詰が開いて山盛りにされている。捨てようかと思ったが、先日のサバの反乱を思い出し、泣きながら食べた。


   2025ネン九月二十日(土)


 あれから腹の調子を崩してトイレにこもっていた。頭上の換気扇から臭い廃液が垂れて来てずぶ濡れになった。僕の出したものがそのまま降って来るみたいで最悪だった。


   2025ネン九月ニジュウ壱ニチ()()()()()()


 向かいの広場で着物の少女が歌っている。「あかりをつけましょぼんぼりにー」とひな祭りの歌を楽しそうに歌っているので見下ろしてみると、すっかりと組み上がったひな段に沢山の農民の首を並べていた。のざらしである。

 

   2025年九月二十二日(月)


 ゴミ出しをした帰り、マンションの壁いっぱいになるくらいの大きな文字で、「にんげんごうかくしていますはやくきてください」とある。あんなに大きな文字をどうやって書いたのだろう。


   二〇二五年九月二十三日(火)


 河童に会えたらどんなにいいか。 


   二〇二五年九月二十四日(水)


 玄関扉の横によくわからない文字の書かれたお札が貼られていた。黒ずんでいたので剥がして捨てた。


   二〇二五年九月二十五日(木)


 見た事もない着物のおばさんと階段ですれ違う。四階に向かっていた。挨拶をすると返してくれたが、お歯黒をした口元にギョッとする。よく見れば髪型も日本髪? という風に結われていた。


   二〇二五年九月二十六日(銀)


 上の階がうるさい。何十人もの人間が行進しているような物音がする。それと昼過ぎからの記憶が無い。ベランダに立ち尽くして汗だくになっている所で気が付いた。


   二〇二五年九月二十七日(度)


 河童が歩いているのを見つけた! 箱を持っている

 二階に入っていったので急いで追いかけたが、見失ってしまった。河童は本当にいるんだ!


   二〇二五年九月二十八日(日)


 なんとなく気配がするので玄関のドアスコープをそっと覗いてみると大家が立ち尽くしていた。もはやミイラ人間かのような包帯だらけの姿で「私が悪かったんです。私が悪かったんです。全部私が悪かったんです」と延々繰り返していた。そっと奥の部屋に引っ込んでその日は過ごしたが、夕方になってもまだ立っていた。「わたしのこじゃないんです」と囁きながら正気とは思えない目をしていた。


   二〇二五年空ウウウウウ二十九日(土)

 

 共同玄関の前で河童がきゅうりをヌンチャクのようにして徒手空拳のサバと戦っているのを三階の廊下の吹き抜け部分から目撃する。河童の加勢に向かおうとしたが、見えない壁に阻まれて階段を降りられなかった。次見下ろしてみると、河童がサバの半身を頭から丸呑みしていた。勝ったらしい。

 

   二〇二五年くがつ三十日(日)


 今日は一際魚臭い。腐った臭いに鼻が曲がりそうだ。思わずベランダに出ると、男達がニタニタしながらこのマンションを取り囲むようにサバを逆さまに吊るしていた。干物を作っている訳でもなさそうだ。腐っている。僕の気付いた男の一人が何か言っていた。その口元から「出ていけ」だと気付いた。大家の差金だろうか? 負けたくない。僕はここにいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る