六月
二〇二五年六月△日(金)
もう仕事やめてくれ。廃棄の弁当も持って帰るなと言われた。
二十万二千二百二十五年 (風)
向かいの団地でハロウィンパーティをしている。手招きされたので行ってみたが、団地の一階は壊れたスクーターや自転車でバリケードをされていて、扉はさびて塗装もはげていた。人が住んでいる気配がない。
二〇二五年六月六日(金)
改めてバイトをやめさせられた。「芥川龍之介」の「河童」をお客さんにおすすめしたのがいけなかったらしい。これからどうしようか。『使えないヒト』の日に捨てられるのだろうか?
二〇二五年六月七月(土)
大家に「303号室」は無人だと聞いた。でも朝四時になるとお経だけ聞こえて来る。ほんとうに誰もいないのか?
二〇二五年六月八日(血)
「早瀬翔太くん」のリコーダーと赤い片方だけの靴をピンク色のスーツケースに詰めてベッドの下の風穴に落とした。「こらー」と穴の底から怒られてしまった。
二〇二五年六月九日(月)
やることもないので日記くらいつけようと思い直す。
二〇二五年六月十日()
またサバが訪ねて来る。もう煮るなり焼くなり好きにしてくれと思って扉を開けると、お皿に乗せたほかほかの豚の生姜焼きをくれた。
二〇二五年六月じゅういいいい日(水)
テレビで実は僕が皇族であるとやっていた。それならどうして僕はひもじいままなのだろう。
二〇二五年六月十三日(顎)
サバが先日無くなった僕のTシャツを着て僕の自転車に乗って走り去っていくのを目撃する。
二〇二五年宦月癌日(土)
部屋から使い古されたクレヨンが出てきた。
二〇二五年六月十五日(日)
「306号室」の扉が開け放たれて、部屋からもくもくと煙が立ち上っていた。思わず覗き込むと、サバが七輪の上で自害していた。側にはすだちが置いてある。
二〇二五年六月十六日(月)
「死んだ
あと
いいこと」
と廊下の壁に書いてある。本当にそうなのだろうか。じゃあ昨日自害したサバも今
二〇二五年六月ジュウナナニチ(カ)
台所のシンクに頭を突っ込んで髪を洗っている時、自分のすぐ背後にピッタリと寄り添うかのような距離感で、少年らしき存在が立ち尽くしているのに気付く。頭を洗いながらだと見える自分の足の間から逆さまの視点でずっと見ていたが、消えるわけでもなく、視点を元に戻すと消えて、また頭を下げて足の間から覗くようにするとそこにいる。青い靴をはいている。ああ、「早瀬翔太くん」だ。
二〇二五年六月十八日(水)
一階の共同玄関前が騒がしいので三階から見下ろしてみると、大家が祈とう師を呼んでおはらいのような事をして貰っている。こういうのは住人にもあらかじめ伝えておくものじゃないのだろうか。
二〇二五年六月十九日(木)
ベランダに出ると強烈な光に視界を奪われた。電磁波攻撃だ。頭がクラクラする。
二〇二五年六月二十日(金)
ゴミ出しのついでに近所を歩いていると、おばさん達の井戸端会議を聞いた。うちのマンションの住人は急病したり失そうしたりして一年保たないという噂が立っているらしい。土地も悪いらしくて、
二〇二五年六月二十一日(土)
玄関の扉に「にんげんごうかく」と書かれた丸いシールが貼られている。何のことだかわからないがうれしい。
二〇二五年六月二十二日(日)
サバが自害したことが少しさびしい。
二〇二五年六月二十三日(月)
いつも朝四時にお経の聞こえてくる「303号室」の玄関から、浸水しているのかだくだくと水があふれ出してきて、廊下が小さな川のようになってしまっている。
二万二百五年六月二十四日ああ(か)
ベランダに背の低い老婆が立っている。どうして老婆とわかるかと言うと、スリガラスにペッタリと顔面を押し付けながら目をギョロギョロとして僕の部屋を覗いているから、顔が細部までよく見えた。白い肌をして、まばたきもしない。
二〇二五年六〇九月二十五日(水)
食料が尽きたのでスーパーに買い出しに向かったが、みんなが僕の事を見てヒソヒソと話している気がした。
二〇二五年六月二十六日(木)
「すずはねこがすきねこんなった」とこくごのテストの裏側に書いて郵便受けに入れられていた。
二〇二五年六月二十七日(キーン)
「死亡ごスタート」と階段の踊り場に張り紙がされている。二階の廊下に老婆が大行列になっているのを見た。
二〇二五年六月二十八日(土)
玄関から気配を感じてドアスコープを覗いてみると、白い顔をした大家が何を言うでもなく玄関先に立ち尽くしている。具合が悪そうに見える。結局何も言わずに大家は帰って行った。
二〇二五年六月二十九日(日)
キッチンから軋む音がする。襖に耳をぺったりとつけてみると、布の様なものが捩れる音に似ていると気づいた。男の呻き声がする。
二〇二五年六月三十日(月)
向かいの広場が騒がしいので見下ろしてみると、数十匹の猫が二足で立ち上がって着物の少女と盆踊りをしている。まだ季節には早い気がしたが少し楽しい気持ちにはなった。
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