四月


   二〇二五年四月一日(火)

 

 TVを付けると僕の一日を尾行した映像が流れている。エイプリルフールの企画だった様で、安心した。


   二〇二五年四月二日(水)


 郵便受けに剥き身のおはぎが一つ入っている。おはぎの中にはメモ用紙が入っていて「ファンです」と書いてあった。昨日のテレビを見たらしい。


   二〇二五年四月三日(木)


 キッチンに覚えのない酒の空き缶が何十本も転がっている。


   二〇二五年四月四日(金)


 バイトに行こうとしたら玄関先にサバが立っていたので仕事に行く事が出来なかった。代わりの夜勤にはきゅうきょ店長が出勤したらしい。申し訳が無かった。


   二〇二五年四月五日(土)


 ベランダにサバが立っている。僕のおばあちゃんの声を出して手招きして来るが、シルエットでバレバレだ。


   二〇二五年四月六日(日)


 僕も河童の国に行きたいなと思う。


   二〇二五年四月七日(月)


 トイレに入っていると、頭上で回っている換気扇の向こうから「たすけてください」と聞こえて来る。少年の声だった。「早瀬翔太くん」だ。


   二〇二五年四月八日(火)


 バイトに行く時、ふと気配を感じてマンションに振り返ると、屋上に誰か立っていた。共同玄関脇の外壁から屋上へと鉄製のハシゴが伸びていたので、そこから登ったのだろう。


   二〇二五年四月九日(水)


 バイトに行く時、真っ暗闇の向かいの団地のベランダに人影が立ち尽くしているのを見た。


   二〇二五年四月十日(木)


 廊下の先で、黄色い通学帽を被った青いTシャツ姿の少年が見切れた。いつか夜中にうちに訪ねて来た「早瀬翔太くん」だと思った。忘れていったリコーダーを取りに来たのだろうか……「早瀬翔太くん」はやっぱり「101号室」の大家さんの息子さんなのでは無いのだろうか?


   二〇二五年四月十一日(金)


 久しぶりに「302号室」の浦部さんから一階のポストに封筒が投函されていた。

「ぜったい取り下げたらあかん

あいつらのおもいどおりになりますから、そしたら彼がつらいことになります、そのためにも、ぜったい、なにお、いわれても

取り下げたらあかん、

(けいさつに電話をするべき)

まけたらあかん。

いやがらせおされても、あなたには、すばらしスタップがあります。

これが最後だと思って。

彼といっしょにいたいので。」

 意味がわからない。


   二〇二五年四月十二日(土)


「うまっています」と誰かに囁かれた。 


   二〇二五年四月十三日(日)


 また向かいの広場で着物の少女がくるくる回っている。よく見ると広場には小さな祠があって、少女はその祠の前でくるくる回っている。


   二〇二五年四月十四日(月)


 階段でサバとすれ違った。スーパーの袋を肘の所に引っ掛けながら蛍光灯で青光りしている。足を止めてジッと僕の事を見つめているので、顔を伏せて足早に過ぎ去った。


   二〇二五年四月十五日(火)


 共同玄関脇に盛り塩がされていた。


   二〇二五年四月十六日(水)


 昼間、「早瀬翔太くん」が屋上に立っているのを見た。僕と目が合った瞬間に、そのまま向かいの団地の広場の方へと落ちていった。急いで駆け寄ったが、猫しかいなかった。


   二〇二五年四月十七日(木)


 一生懸命働いている筈なのに、店長に「このままでは困る」と言われた。あんまり仕事が出来ないらしい。声を掛けても返事もせずにボーとしている事があると言われた。この前サバが家の前にいてバイトを休んだ事が特にいけなかったと言われた。それでも生きてく為にはここで働いていくしかない。がんばろう。


   二〇二五年四月十八日(金)


 さんすうのテストのプリント用紙が風に流れて来た。決して良い点とは言えない。名前のらんには「はやせしょうた」と書かれていた。裏返してみると「うまっています」と大きく斜めに書いてある。何のことだろう。


   二〇二五年四月十九日(土)


 階段の踊り場の壁に、小学生の落書きみたいな字でクレヨンの落書きがされている。

「にんげんごうかく

   してたら

  いいことあり」

 よくわからない。


   二〇二五年四月二十日(日)


 廊下の奥からサバが顔を半分だけ出してこっちを覗いていた。


   二〇二五年四月二十一日(月)


「302号室」の浦部さんが引っ越すという。ショックだった。「303号の女に気を付けろ」と言われた。


   二〇二五年四月二十二日(火)


 ドアポストがバタバタと開閉されてうるさい。台所からまた軋む音もする。


   二〇二五年四月二十三日(水)


 夜中にチャイムが鳴る。今日も「早瀬翔太くん」がランドセルを背負ったまま俯いている。時刻は夜の二十三時だった。扉を開いてみると足元に小さな赤い靴が一足だけ落ちている。「早瀬翔太くん」のものにしては小さくて、女の子っぽい感じがする。よく調べてみると踵のところに「早  すず」と掠れた油性ペンで書かれている。


   二〇二五年四月二十四日(木)


「101号室」の大家の元へ「早瀬翔太くん」の靴を届けにいった。でもなぜか「違うって言ってるでしょ!」と物凄い顔で怒られて、この前置いていったリコーダーと一緒に靴も押し返された。表札にあった「早瀬翔太」の部分も上から黒く塗り潰されていた。


   二〇二五年四月二十五日(金)


 蛇口からタピオカが出る事に気が付く。


   二〇二五年四月十六日(土)


 サバが訪ねて来る。いつまでも玄関から立ち退かないので困っていると、寝室から猫が「ミャー」と鳴いた。ビクリとしたサバは走り去って「306号室」へと帰っていった。探してみたがうちに猫はいない。


   二〇二五年四月十七日(日)


 三階の階段の踊り場に「394」「394」「394」とたくさん書いてある。あんなに高い天井の隅にまでどうやって書き込んだんだろう。


   二〇二五年四月十八日(月)


 昨日の「394」という数字が気になっていた。暗証番号付きのピンクのスーツケースのことを思い出して「394」と入力してみると開いた。開ける直前まで老婆の泣き叫ぶ声がしていたが、開いてみると中身は「大阪581ゆ・394」と記された黄色のナンバープレートだった。


   二〇二五年四月二十九日(火)


 二階の階段踊り場にある火災受信機がおもむろに鳴り出して「たすけてください」と言った。「早瀬翔太くん」の声だった。


   二〇二五年四月三十日(水)


 バイト先の畑中さんから、僕の住んでいるマンションで去年に小学生の転落事故があったと聞いた。その前にも色々とあったらしいが、沢山ありすぎて忘れてしまった。怖い目にあわないのと聞かれたが、僕には思い当たらなかったので(サバの事は怖いけれど)楽しいことばかりだと答えた。

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