第六章 霊亀討伐(7)
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霊亀国内と国民の様子を見ておこうと、歩き始めた。
けれど、行けども行けども荒地ばかりで、たまに見える家屋は廃墟同然の建物ばかり。鳳凰国以上に枯れた大地は、農耕なんてできないだろう。
あまりにも悲惨で、詩響は眉間に皺を寄せた。理人は詩響の考えていることがわかったのか、重い音でぽつりと呟いた。
「言ったろ。霊亀は『滅びゆく国』なんだ。人の生きる場所はもうないんだよ」
理人は右前方を指さした。指の指す方向には、なにかの積み重なっている小さな塚がある。積んであるのは瓦礫でも植物でもない。
「遺体! 人だわ……これ、すべて、霊亀の国民……!?」
腐った臭いがした。骨しかない遺体や、まだ肉の残る遺体など、さまざまだった。けれどたしかに遺体で、詩響の脚は竦んだ。
(一体、霊亀はどうしたというの。国民を妖鬼に変えたり、死に追いやるなんて)
想像を絶する光景に打ちのめされ、詩響は今すぐ鳳凰国へ帰りたくなった。
どんなに地味でも、雀晦村の生活は幸せだった。宮廷に移り妖鬼に遭遇したことは驚いたものの、頑張ろうと前向きに暮らせている。
家族と平和に暮らせる鳳凰国が、どれだけ恵まれているか身に染みる。理人の手を引いていた廉心を抱き寄せると、察してくれたのか、廉心も詩響を抱き返してくれた。
けれど、廉心の目は詩響ではなく、周辺の景色へ向けられていた。じっと観察すると、廉心は陵漣を見上げる。
「どうして津波で壊滅したのでしょう。霊亀は水の瑞獣ではないのですか?」
「ほお。なぜ津波だと?」
「建物の崩れかたです。外から内へ押し寄せられ、瓦礫も木々も一様に同じ方向を向いている。津波の被害形状です。津波は海からくる。霊亀に限って津波はありえない」
詩響は津波のことは知らないが、廉心の言う通り、すべての物は同じ方向を向いている。一斉に水で押し倒されたなら、同じ方向へ倒れるだろう。
「天子はなにしておられるのです。霊亀に異変があったなら、天子は真っ先に気づくはずだ。単身鳳凰国へ渡って、救助を求めることもできたのではありませんか?」
廉心は恨むように荒れた土地を見渡した。
鳳凰の天子である陵漣は、子どもの教育に手を尽くそうと自ら歩いて回る。民が妖鬼の襲撃に遭えば、危険を顧みず先陣を切った。国を良くしようと東奔西走している。
陵漣ならば、国と民を衰退に追い込むことはないだろう。
「天子は自国を見捨てたのですか? それとも、原因は天子にあるのですか?」
「さすが、廉心は目のつけどころが良い。その通りだ。原因は天子にある。だが、天子の責任ではないから、天子を責めるのは違うな」
「違う? 殿下は、すべてご存じなのですか? 霊亀と天子になにが起きたか」
「推測だけだ。実際に確認したわけじゃない。鳳凰陛下は、どうだかわからんがな」
陵漣は手を上げて空を仰いだ。陵漣より背の低い詩響では、陵漣の表情は見えない。
「荒地を見てばかりいても仕方ないな。宮廷へ行こう。霊亀の天子は霊亀国皇帝だった」
振り返らない陵漣に付いて、詩響たちは静かに歩を進めた。
けれど景色が好転することはない。ただただ、滅びゆく大地が広がるだけだ。
(どこもひどいわ。それに、気のせいかしら。宮廷へ近づくほど、なんというか……)
詩響は、雀晦村から宮廷へ行った時の道のりを思い出した。どんどん変わる鮮やかな景色に、詩響も廉心も期待に胸を躍らせた。
地域差はあれども緑のある鳳凰国にくらべ、霊亀国はどうだ。
「植物が死に始めた。まるで黄泉の居城だな」
朱殷の言葉に心臓がきゅっと縮まった。誰が見ても、よりいっそう荒れているのは見て取れるだろう。廉心も理人も、目を細め、眉をひそめていた。
そろりと陵漣を見上げると、陵漣の表情も苦しそうだった。鋭い瞳には怒りが迸っているようにも見えて、声をかけられる雰囲気ではない、
(こんな殿下は初めてだわ。あくどい笑いをすることはあっても、憎しみを露わにすることはなかった)
慰めを必要としてはいないかもしれない。けれど、なにか声をかけたくて言いあぐねていると、詩響の言葉が出る前に、陵漣が足を止めた。
「あそこが宮廷だ。霊亀国宮廷、天祥宮」
陵漣の見上げる先に視線をやると、詩響は愕然とした。
――天祥宮とは、なんて皮肉な名だろう。
建物も壁も、見えるすべては瓦解していた。草木一本生えないとは、まさにこのことだ。滅びの象徴のような宮殿が天の吉祥を名乗るなんて、お笑い草だ。
全員が息を呑むのがわかった。それでも陵漣は前に踏み出した。同時に、詩響の体内が熱くなる。鳳凰がなにか言おうとしているのかもしれない。
熱に気づいた詩響は、動けずにいる皆を率いるように、真っ先に陵漣に付いて歩いた。
陵漣の傍にいなければいけないと、そう言われているような気がした。
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