第六章 霊亀討伐(6)

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 霊亀国へ行くことになった。海を越えるには鳳凰の力が必要――というが、廉心と朱殷には鳳凰の加護がない。どうやって行くのかと思っていたが、実に単純な方法だった


「うわあ! すごい! 空から見る大陸は、こんなふうになっているんですね!」

「身を乗り出すな。落ちるぞ」


 鳳凰の力を借りた移動方法とは、空を飛ぶ鳳凰の背に乗ることだった。

 てっきり不思議な力で瞬間移動したり、水上を歩けるようになったりするのかと思っていたけれど、物理的な方法に廉心と朱殷も驚いている。

 よもや鳳凰の背に乗る日が来るなど思っていなかったし、空を旅するなんて予想もしていなかった。目的は穏やかでないけれど、詩響の気持ちは高揚する。

 けれど、廉心は陰鬱な顔をしていた。かたかたと震え、朱殷の裾を握っている。


「廉心、大丈夫? あなた高いところは苦手でしょう」

「……下を見なければなんとか」

「強がってないで、ちゃんと掴まってろよ。落ちたら嫌だろ」


 朱殷は、がっちりと廉心を抱きかかえた。廉心は恥ずかしそうだったけれど、幼いころから変わらない廉心の様子に、詩響は少し嬉しくなる。

 詩響が廉心の頭を撫でていると、吹きすさぶ風で寒さを感じ、くしゅんとくしゃみをした。廉心の頬も冷たくて、温めようと撫でると、ばさりと陵漣が袍をかぶせてくれる。


「すまない。寒くなるというのを忘れてた。鳳凰国の民は熱に強いが、寒さには弱いな」

「有難うございます。でも、殿下がお寒いのではないですか」

「俺は、鳳凰陛下のせいで常に暑いんだ。気にせず二人で包まってろ。朱殷は耐えろ」

「お気遣いなく。俺は寒さのほうが強いんで平気です。理人さま、俺の袍をどうぞ」

「いいの? 助かるよ。僕は半分霊亀の民だから寒さには強いけど、それでも寒いや」


 詩響と廉心は陵漣の袍に、理人は朱殷の袍を羽織る。

 詩響は、寒さと高度に震える廉心を抱きしめながら、しばらく空の旅を楽しんだ。

 けれど、次第に海の青さは濃くなっていく。落ちたら死ぬであろう深さを感じ、皆も口数は少なくなっていった。

 そうして飛び続けると、ようやく陸地が見えた。地に足をつけられることに安心したけれど、見下ろす光景は異様なものだった。


(変ね。緑がまったくないわ。どこもかしこも、枯れている。水の瑞獣、霊亀に限って水不足なんてないでしょうに)


 きょろきょろと見渡すけれど、やはり緑豊かな場所は見当たらない。わずかかに植物の見える場所もあるけれど、雀晦村に比べれば荒涼としか言いようがない。

 どんよりとした空気を感じさせる大陸は気味が悪く、廉心を抱きしめる手に力が入る。


「殿下。本当にここが霊亀国なのですか? とても人の住む土地には見えません」


 陵漣はなにも答えなかった。少し待っても答えはなく、聞いてはいけないことを聞いたのだとわかる。俯くと、廉心が背を擦ってくれた。

 そのまま少し飛び続け、広い荒地が見えたところで高度が下がり始めた。すうっと穏やかに滑降し、ふわりと地上に着地する。

 詩響は先に降りた朱殷に支えてもらい鳳凰の背から降りると、廉心も含めて三人で、鳳凰へ平伏した。鳳凰背に乗るなど、本来なら許されざる無礼だ。

 感謝の言葉を述べようとしたが、陵漣にぐいっと腕を引っぱられる。


「廉心と朱殷はともかく、お前はいい。鳳凰陛下の加護を得たんだ。民と同列に振る舞うことは許されない。ましてや一方的に役目を押し付けられたんだ。ふんぞりかえってろ」

「とんでもありません! 私は天子ではありません。それに、お礼を申し上げる気持ちに、立場は関係ないですよ。鳳凰陛下への感謝と祈りは平伏と決まっています」


 詩響は改めて廉心の隣に膝を付き、鳳凰へ平伏をした。


「鳳凰陛下。お運びくださり有難うございました。陛下のご期待に沿えるよう、一同努めてまいります」


 いつも自宅でしていたように地に額を当てると、陵漣の「はあ」という呆れの声が聞こえた。聞こえるように、わざとと大きなため息を吐いたのだろう。


(そんなこと言ったって、私は庶民だもの。ふんぞりかえるなんて、できないわ)


 困った気持ちを引きずりながら立ち上がると、やはり陵漣は呆れた顔をしている。

 けれど陵漣は、貸してくれた袍をきちんと正して、しっかりと羽織らせてくれた。


「ちゃんと着てろ。霊亀国は今、冬だ。霊亀に国を保つ気がないなら、いつ雨や雪になってもおかしくない。廉心は、寒ければ詩響に抱きついてろ」

「有難うございます。廉心、いらっしゃい。大きいから二人で包まりましょう」

「これくらい大丈夫だって。理人さま、お手を。足場が悪いので掴まってください」

「あはは。お姉ちゃんの抱っこなんて、恥ずかしいよねえ」


 廉心は不満げに口を尖らせると、詩響から逃げるようにして理人に手を差し伸べた。流れるように随伴する姿は立派に見えたけれど、やっぱり廉心は可愛い弟だった。


「そうよね。ごめんなさい。廉心も大きくなったんだものね」

「俺からすりゃどっちも似たようなもんだ。詩響の年齢も、廉心とそう変わらないだろ」

「朱殷だって、そこまで違わないじゃない。廉心、寒かったら言うのよ」

「そういうところだぞ、詩響」

「おい! いつまでじゃれてんだ! 行くぞ!」

「はいっ! すみません!」


 目的を忘れて盛り上がっていると、陵漣に一喝されてしまう。詩響は背を伸ばし、先行する陵漣の後を追った。

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