第六章 霊亀討伐(5)

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 全員で机を囲んだ。理人の見守る中、廉心は淡々と語り始めた。


「鳳凰国と霊亀国は、たがいに輸出入をする関係だったんだ。でも、対等じゃなかった。鳳凰国は頭をさげて、霊亀国に助けてもらってたんだよ」


 廉心は腰に挿していた扇を取り出し、くるりと回す。熱と共に生きる鳳凰国の民は、涼をとる道具は多種持ち歩いている。


「言わずもがな、鳳凰国は水不足だ。けど、水を司る瑞獣霊亀の国は、水を潤沢に持っていた。だから鳳凰国は、霊亀国に頼んで水を輸入してたんだよ。でも覆った。天馬国からも、水を輸入させてもらえることになったんだ。鳳凰国は天馬国を選んだんだよ」

「なぜ? 今まで力を貸してくれていた霊亀に失礼じゃないの?」

「うん。それでも天馬国を選んだ理由は、運搬方法だ。霊亀国へ行くには鳳凰陛下のお力が必要だけど、鳳凰陛下が力を使えば大陸の熱気も上がる。さらに多くの水が必要になり、本末転倒なんだ。でも天馬国は陸続きだから、人間の力で移動できる」

「それはわかるけど、それだけ? 私なら、多少は霊亀との関係を気にするわ」

「そうだね。でも、天馬国を統べるのは麒麟だ。関係を構築する相手は霊亀に限らない」


 詩響はまだ話が見えない。けれど、先んじて理解したのか、朱殷が身を乗り出した。


「武力提供か。鳳凰国と天馬国は和平協定を結んでる」

「そう。天馬国は戦乱の国だ。鳳凰国との国境では小競り合いが多いし、内乱も多い。立て続く戦乱を経て、武力は急速に低下した」

「そのせいで応竜国に付け込まれてたな。敗戦で、南部は応竜国建馬州の属領にされた」

「うん。瑞獣麒麟の国でありながら、国名が『天馬』なのも敗戦したせいだ。瑞獣の位でいえば、麒麟は応竜の下位だから仕方ないけど」


 突然に始まった戦の話に、詩響は一瞬でついていけなくなった。わかったのは、麒麟は応竜の下位であることくらいだ。

 人間からすれば、瑞獣はすべて等しく神に類する。自国の瑞獣が唯一絶対の存在だが、瑞獣にも上下関係はあり、麒麟は応竜に逆らえない、ということだろう。


「けど、天馬国は独立を狙ってる。応竜国の侵略を防ぐためにも、誰かに武力援助を頼まなくてはいけない。そこで鳳凰国は、武力を提供するかわりに水をくれ――と同等な立場で契約をしたんだよ」

「……なんとなくわかったわ。民を苦しめ霊亀におもねるより、麒麟と対等である証明になる外交のほうが良作だと判断したのね」

「そう。そうなると、困るのは霊亀国だ。霊亀国もまた、鳳凰国から価値あるものを得ていた。でも、水を必要としない鳳凰国は提供する理由もない」

「提供って、なにを提供していたの? 水に匹敵するほどのもの……?」


 尽きない水は奇跡といっていい。だから鳳凰国は長く苦しんでいる。

 奇跡と取引できる物など想像できずにいると、廉心はちらりと理人を見た。理人はにこにこと笑っている。緊張感のない微笑みに、廉心は苦笑いを見せた。


「それこそ、理人さまが鳳凰国にいる理由なんだ。提供したのは医療。霊亀国は世界から孤立する島国だ。文明の発達は著しく遅く、医療水準も低い。そこで霊亀は、国民を鳳凰国へ留学させ、医療の知識と技術を持ち帰っていたんだよ」


 詩響はもう一度理人をちらりと見た。へらへらと笑う姿は、重要な任務を担っているようには見えない。けれど、よくできました、と廉心を撫でる様子は指導員らしくもある。

 理人は立ち上がり、弾むような足取りで、人間に戻った青年の傍へ行きしゃがんだ。


「薬師寺家は、霊亀から留学した一族なんだよ。鳳凰国へ移動するにあたり、霊亀は準備を整えて、正しく力を分配した」

「正しく? 正しく分配すれば、妖鬼にはならないんですか?」

「そう。君も鳳凰陛下の加護をもらったろ? そういうことさ。相応しい人間か選定し、認められたら適量を分ける。『適量』を見極めるのは時間がかかるらしいよ」


 選定と言われて、詩響は自分の胸に手を当てた。

 今はなんともないけれど、たしかに鳳凰の力が詩響の中にある。問題なくいられるのは、妖鬼調査という名目を経て見極めてくれたからなのだろう。


「薬師寺は人間のまま鳳凰国で学び、そのうち帰る予定だった。でも鳳凰国との輸出入は終わり、国が揉めてる間に、薬師寺の中にあった霊亀の力が尽きてしまったんだ」

「霊亀国へ戻れなくなったんですね」

「そういうこと。鳳凰国とは縁が切れ、薬師寺は戻らない。医療の発展を失ったんだ。なら、独自に鳳凰国へ行き、学ぶ必要がある。鳳凰国へ行くには、霊亀の力が必要だね」

「けど、妖鬼になってしまった? 霊亀は、正しく力を分配しなかったんですか?」

「そうなんだよ。でも、なんでだろう。薬師寺家のように、準備を万全に臨めばよかったよね。適量を見極めれば、妖鬼にはならなかった」

「そうですよね。どうしてかしら……」


 今聞いた印象では、霊亀は人間に悪意を持っているように感じた。

 妖鬼になってしまい、ようやく人間に戻れた青年は衰弱している。聞き続けた叫びは、青年の苦しみを模った。とても、創世の瑞獣がする行為ではない。

 わからない。なぜだろう――考えていると、こつんと思い足音が響いた。後ろから、燭台に照らされた影が伸びてくる。誰か来たようで、詩響は振り返った。


「それこそ霊亀を屠る理由だ」

「殿下!」


 重い声で姿を見せたのは、陵漣だった。

 陵漣は人間に戻った青年を見ると、少しばかり目を閉じた。青年の傍へ行くと、そっと青年を抱き上げる。


「霊亀は、民のことなんてどうでもよかったのさ。己の欲のために民の命を奪ったんだ」

「欲? 瑞獣も、人間のような煩悩を持っているのですか?」

 陵漣はなにも言わなかった。なにも言わず、異国の民を強く抱きしめる。

「民を顧みない霊亀は創世に能わず。だから鳳凰陛下は霊亀を屠る決断をなさった」


 侵略されているから、とは言わなかった。侵略への罰ではなく、異国の民を想っての決断だったことを気付けず恥ずかしい。

 けれど、同時に心も固まった。屠るだの侵略だの、恐ろしい言葉が続く。だが、暴行でも敵意を向けたわけではなく、ただただ、瑞獣の慈悲だった。


「霊亀国へ行く。お前も覚悟を決めろ」


 陵漣は凛としていた。薄暗い地下の中で陵漣だけが眩く輝いて見えたのは、鳳凰の力なのだろうか。それとも、陵漣自身に惹きつけられたからだろうか。

 詩響には、まだわからないことがたくさんある。それでも、陵漣に付いていきたいという想いは、今、確固たるものとなった。

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