第六章 霊亀討伐(3)

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 自分にしかできないという役目を得て、詩響は喜び、前のめりに気合を入れた。


「それで、私はなにをすればいいんでしょう!」


 両手の拳を握りしめ、鳳凰の熱気すらも吹き飛ばせそうな気持ちだった。だが、陵漣は面倒くさそうに鼻を引くつかせた。


「は~あ? んなこと、自分で考えろ。一時辰いちじしんしたら出立するから、準備しとけよ」

「へ!? 一時辰!?」※約二時間


 一瞬だが、心が通じたような気持ちになったのに、あっさりと突き放された。

 陵漣は、詩響に聞こえるように声をあげてため息を吐き、伸びをしながら去った。


「自分で考えろって……なにを考えたらいいかくらい教えてくれても――」


 教えてくれ、と言って、詩響はぐっと息を呑んだ。


(駄目よ! 自分で考えなくちゃ。すぐ人に回答を求めるのは、私の駄目なところだわ)


 今まで、難しい問題があれば陵漣か廉心に頼っていた。自分で紐解き成果を出せたことなんて、ほとんどない。誰かに頼る癖がついてしまっている。


(考える癖をつけよう。まず、やるのは霊亀との対話。でも、霊亀は人語で会話をできるのかしら。できたとして、なにを話すの?)


 持っている数少ない情報を宙に並べ、これからの可能性を探す。けれどすぐに回答は思いつかず、気が焦る。うんうんと唸っていると、こんっと朱殷に小突かれる。


「なに唸ってるんだよ。一時辰しかないんだ。早いとこ、廉心に相談しよう」

「駄目よ! それじゃあ廉心の脚を引っぱるだけだわ。これくらい一人でやらなきゃ!」


 詩響が怒鳴るように声をあげると、朱殷は目をぱちくりと瞬きを繰り返した。ふうふうと詩響は息を荒くしたけれど、朱殷は、微笑ましいものを見たかのように微笑む。


「たとえばだ。団練の団員はみんな強いが、作戦を立てる奴らは戦わない。剣を振るう筋力さえままならない奴もいる。どうしてだと思う?」

「なによ、急に。当然じゃない。役割が違うんだもの」

「そう。役割が違う。すべて一人でやるのは無理なんだ。霊亀を屠るために廉心の頭が必要なら、考えてもらう。考えろ、と指示を出すのが『代表』ってことじゃないのか」


 ぽんっと回答を与えられて、詩響は、あ、と口を開けて目を泳がせた。


(……そうよね。鎮火の時もそう思った。でも、廉心を頼れば時間を無駄にさせる)


 詩響の一番大切なものは廉心だ。たった一人の家族で、世界に羽ばたいていける可能性を秘めている。押し込めていた可能性を、皇太子という最高権力者に見いだされた。

 邪魔をしたくない。我慢していた望みや夢を、やっと掴めるところへ来た。これ以上、詩響の不安やわがままで廉心の将来を潰したくない。

 答えあぐねていると、朱殷は腕を組み、目を細めて意地悪げに笑った。


「いいのか? 鳳凰陛下直々の任務だぞ? 除け者にするより、表に立たせて手柄にすれば、将来は安泰じゃないのか?」

「えっ?」


 将来は安泰、と聞いて、詩響はぐるんと朱殷を振り返った。朱殷は、陵漣と似たような悪い笑みを浮かべている。


「俺なら参加させてほしいね。霊亀との対話は、国としたら外交だ。鳳凰陛下に同行して外交問題を解決したなんて、皇太子の後援以上に価値が」

「行くわよ! 今だけ勉強の手をとめてもらいましょう!」

「あはは。はいはい」


 あっさりと詩響は廉心の元へ走った。面白そうに笑う朱殷を連れて、勉強をしていた廉心の部屋へ飛び込み事情を説明する。

 説明すると、廉心は驚くかと思ったけれど、腕を組んで俯いた。悔しそうに口をへの字に曲げている。


「やっぱりそうなるよね。当然っちゃ当然だけど……」

「気づいてたの!?」

「まあ、ね。けど、姉ちゃんまで連れて行くとは思ってなかった。なんで姉ちゃんなの?」

「わからないわ。鳳凰陛下のご意志なの。でもきっと、話し合いで解決なさりたいんだと思う。だって、対話する気がないなら、私なんて必要ないんだもの」

「どうだろう。俺は違うと思う。だって、瑞獣は天子を介して意を伝える。天子は人間だ。人間同士の会話に姉ちゃんの歌は必要ないよ」

「あ、そうよ。じゃあ、対話ではない、他の役目があるってこと?」

「きっとね。たぶん、それは――」

「それは、僕が説明してあげよう」


 若い男性の声が、なにかを恐れるように唇を震わせた廉心を遮った。

 振り向くと、声の主は廉心の指導をしてくれている理人だった。だが、いつもと服装が違う。左右の身頃を重ねて帯を締める、雀晦村の一部が着用する南の服だった。


「どうして、その服を? もしや、理人さまは……」

「僕の姓名は薬師寺理人。祖父は霊亀国の出身だったんだ。わけあって鳳凰国へ移住した。その『わけ』に片を付ける時がきたらしい。詩響は『わけ』の解決に役立つんだよ」

「わけ……?」


 理人は本棚から一冊の書物を引っぱりだした。書物は詩響の胴と同じくらい大きく、両手を使わなければ持てないほどだった。

 厚みはないけれど、小柄な理人は身を振り回されている。理人より体の大きい廉心は、さっと理人の横に立ち、理人の取り出した書物を代わりに持った。


「有難う。本当にできた子だね、廉心は。そこに広げてくれる? 昨日やったところだ」

「……わかりました」


 廉心は、褒められたことに喜ぶこともなく、ふっと暗い顔をした。

 まだなにも説明を受けていないけれど、良くないこがあるのだと察せられる。詩響は、落ち着いて臨めるよう深呼吸をして机の前に立った。


「さて。それじゃあ基本からだ。霊亀国のことは、どう理解してる?」

「ほとんど知りません。とても遠くて、おいそれと行ける国ではないのですよね」

「うん。僕も行ったことはない。でも、僕の祖父母は霊亀国から移住した。他にも大勢いたらしい。じゃあ、どうして鳳凰国へ移住したと思う?」

「ええと、土地に飽きたか、移住せざるを得ない理由があったんじゃないでしょうか」

「正解だ。移住せざるを得ない、のほうだよ」


 理人は、廉心の開いた書物の一点を指さした。黄ばんで端がぼろぼろになった紙を、理人の白く細い指が辿る。指の先には『霊亀』の文字が綴られている。


「霊亀国は瑞獣を失った滅びゆく国だ」


 理人の表情は冷ややかだった。なにかを拒絶するような鋭い目は、霊亀を屠ると断言した陵漣と同じような威圧を感じた。

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