第六章 霊亀討伐(1)
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陵漣の信じがたい言葉に、詩響と朱殷はしばらく固まっていた。
あまりにも衝撃的な内容で詩響は混乱したけれど、朱殷はいち早く正気を取り戻し、陵漣に向かって一歩踏み込んだ。
「今、屠るとおっしゃいましたか? 瑞獣霊亀のお命を奪うと?」
「ああ。少数精鋭で行く。お前たちも来い」
陵漣は散歩にでも行くかのように、さらりと言った。朱殷と目を合わせると、朱殷も困ったような顔をしている。
(瑞獣を屠る暴行に加われというの? いえ、天子である殿下の言葉は、鳳凰陛下のご決断だわ。鳳凰陛下の望む行動であるなら、暴行ではないのだろうけれど)
それでも怖い。瑞獣とは神そのものだ。瑞獣同士ならともかく、一国民にすぎない詩響たちが屠る行動に加わるのは、不遜どころの話ではない。
脳内がぐるぐる回っていると、もう一つの恐ろしい可能性に気がついた。
(待って。これってつまり、鳳凰陛下は侵略と判断なさったのよね。なら、侵略の窓口となっていた雀晦村だって無事ではすまないんじゃ……)
長老たちに確認をしたわけではない。けれど、まず間違いないだろう。だから陵漣は雀晦村なんて遠く、なにもない場所へ来た。
もし、霊亀の活動を知り隠蔽していた者は死罪などとなれば、廃村どころか、村民の命はない。
陵漣に認められた廉心は対象にならないだろうけれど、雀晦は生まれ育った村で、村民はともに生きた人々だ。失うことを「仕方ないですね」と、流すことはできない。
全身から血の気が引いた。陵漣に初めて会った時に感じた、すべての終わりが再び体を駆け巡る。恐ろしさに堪えられず震えていると、ぽんっと陵漣に肩を叩かれる。
「麒麟ほどではないが、鳳凰陛下も慈悲深い。雀晦村の今後は、俺に委ねてくださった」
「本当ですか!? では――」
「だが!」
陵漣は詩響の言葉にかぶせて、黙れと言わんばかりに声を荒げた。
声の大きさに驚き後ずさると、陵漣は、とんっ、と人差し指で詩響の額を突いた。
「俺の判断は、お前の働きによって変わる」
「っわ、わたし、ですか? 廉心ではなく?」
陵漣は、いつものように、あくどい笑みを浮かべた。きっと、揶揄われるんだろう。反応を見て遊ぶに違いない。ああ、予定通りだったんだな――と、詩響は呆れた。
けれど、陵漣の立てていたであろう予定は、詩響の予想を上回る。
「鳳凰陛下は、霊亀への使節代表にお前を指名した。お前が先頭に立て」
「……はいぃ?」
突拍子もない指示に、詩響の口元は笑った。意味不明すぎて、笑うしかなかった。
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