第二章 妖鬼に隠された真相(2-2)
またも降ってきた突然の言葉に、びくっと詩響の体が揺れた。
両親は山で亡くなったという言葉。見つからない遺体。妖鬼は山に住みついている。
詩響の全身を、いくつもの情報が駆け巡る。脚がふらつき視界が揺れる。それでも立っていられたのは、いつの間にか廉心が抱きしめ、支えてくれていたからだった。
陵漣は不愉快そうだった表情を、さらに険しくして苛立ちを露わにしている。
「なぜ隠した。長老の指金か?」
「はい。真実を伝えるには、二人は幼すぎました。今も、まだ大人とは言えない」
「……正否も善悪も難しいな。あれだけ強く前向きに育てられたのは、褒めるべきか」
「そうですね。俺が雇われたのは、詩響と廉心のためですよ。俺の仕事は村の警備ではなく、二人の護衛なんです。友達気分で心機一転させられる者を傍に、ってね」
もう一度、詩響の体が揺れた。今度は廉心の体も大きく揺れた。
(朱殷を、長老さまが? 長老さまたちが事実を隠すために用意したっていうの?)
思えば、朱殷は都合の良い人材だ。詩響たちと年は近く、知識豊富で腕も立つ。兄のように支えてくれた人柄は、詩響と廉心の救いだった。
だが純粋な真心ではなく、収入のために作った、下心ある振る舞いだったのか。
「……朱殷は、私たちを監視するためにいたっていうの」
悪い考えだけが飛び交い、心臓がどくどくと激しく音を立てる。気が付けば、詩響は朱殷たちのもとへ足を向けていた。
「姉ちゃん! 待って! 落ち着いて話を」
廉心が叫んでいた。でも詩響は脚を止めなかった。廉心を振り切るように走り、朱殷へ飛びつく。
「詩響!? こんな所でなにを」
「嘘だったの!? 今までずっと、ずっと嘘だったの!?」
「……たしかに依頼されて来た。けど、依頼を請けたのは俺の意志だ! 守ろうと思えない奴を守ったりしない。傍にいたのは、お前と廉心を守ってやりたいと思ったからだ」
「けどっ……!」
詩響はどんどん、と朱殷の胸を叩いた。朱殷は黙って殴られていたけれど、廉心が止めに入る。廉心も詩響と同じように、苦しそうな顔をしていた。
けれど、廉心はぎゅっと詩響を抱きしめてくれた。可愛い弟の腕は力強い。
「始まりなんて、どうでもいいじゃないか! 姉ちゃんが笑えるようになったのも、俺が学べたのも兄ちゃんのおかげだ。それでいいじゃないか!」
「それは、そう、だけど……でも……!」
なにが悲しいのか、わからなくなった。両親は妖鬼に殺されていたことか、両親の死因を隠されたことか、村民の安全より村の存続を優先されたことか。
――それとも、朱殷に嘘を吐かれていたことか。
なんとか堪えていたものが、崩れていくようだった。廉心にしがみつくことしかできない。朱殷は支えようと手を差し伸べてくれたけれど、詩響は背を向けてしまった。
行き場を失った手を引っ込めて、朱殷は一歩後ずさる。代わりに手を差し伸べてくれたのは、陵漣だった。
「選択肢をやろう」
「……選択肢?」
陵漣は人差し指と中指を立てた。
「お前たちの選択肢は二つだ。一つ目は、お前たちを傷つけた連中を殺すこと」
「殺す? 殺す、って、誰を、ですか」
「長老と、妖鬼襲撃の事実を隠蔽した全員だな。お前がやらなくても、俺が皇太子として厳罰を降すが、罰の内容はお前に決めさせてやる。気のすむまで苦しめろ。こいつもな」
陵漣は、とんっと朱殷の肩を小突いた。朱殷は驚かず、苦虫を噛み潰したような顔をする。朱殷を罰する――罰することのできる選択肢に、詩響は恐怖で震えた。
「朱殷を罰して、どうなるんです。長老さまだって、私たちを想ってしたことだし……」
詩響の体から熱が消えた。つい先ほどまで怒りを向けていたのに、殺す、と具体的な行動を示されて、途端に恐ろしくなった。
「そうだな。主観の違いで罰するのは、賢くない。原因を排除しないかぎり繰り返されるからな。なら原因を消すしかない。それが二つ目の選択肢」
陵漣は、いつものようにあくどく笑う。まるで、企みが成就したと言わんばかりだ。
「すべての始まりは妖鬼の発生。どうせ殺すなら、人より妖鬼のほうがよくはないか」
「妖鬼を殺す……?」
「そうだ。廉心の指導に禁軍の軍師をつけてやる。お前好みの軍略を立て、朱殷は現場で兵を動かし生け捕りにしろ。捕まえた檻の外から、安全に、存分に切り刻め」
「殿下! なにを馬鹿なことを!」
陵漣の腕を引いて諫めたのは、ここまで黙っていた魏懍だ。陵漣を守る立場とはいえ、あまりにも非情な提案に見かねたのだろう。
けれど陵漣は魏懍の手を振り払い、詩響の前に立った。
言っていることは恐ろしい。殺すなんて恐ろしい提案を、自信たっぷりの微笑みで語るなんてどうかしている。
それなのに、詩響は陵漣から目を離せない。自信に満ちた姿は、眩しかった。
「お前たちには、復讐を成せる武器がある。廉心が妖鬼言語を解析し、詩響の歌で誘き出せ。捕獲したら、生かさず殺さず苦しめる方法を教えよう。拷問は得意だ」
「殿下! おやめください! 子どもになんということを!」
魏懍は諦めず陵漣の腕を引いたが、またも振り払われた。今度はぎろりと睨みつけられ、ぐっと魏懍は息を呑む。
「子どもだから籠に閉じ込めるか? 籠は狭いと知った子どもを掌中に収めようとするほうが、『なんということ』だと思うがな。だが一理ある。だから自分で決めろ」
陵漣はくるりと詩響を振り返った。詩響を守ろうと思ったのだろう、廉心が陵漣と詩響の間に立つ。
にいっ、と陵漣は笑った。両手を広げ、広げられた手は詩響と廉心へ差し出される。
「宮廷へ来い。俺に力を貸せ!」
ふらりと詩響の足が揺れた。次の瞬間に、詩響は地に膝を付いていた。
「謹んでお受けいたします。今より殿下へ忠誠を誓い、誠心誠意、お仕え申し上げます」
廉心と朱殷がどんな顔をしているかは見えなかった。魏懍は「ああ……」と困ったように音を漏らしていた。
(きっと、魏懍さまは至極まともな人なんでしょうね。私も、やめるべきだと思うわ。許し合い、村で生活していくのが普通よ。でも、もう私は……)
頭を下げた視界の隅で、ちょいちょいと、陵漣の人差し指が上下に動いた。立つように指示をされ、示されるままに立ち上がると、陵漣はあくどい笑みを浮かべている。
風に揺れる炎のように、ゆらりと伸ばされた陵漣の手を、詩響は迷わず握り返した。
――選んだな――そう、誰かに言われた気がした。
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