第二章 怪しき三浪人
南部兵の一団が出羽に向けて進軍している頃、直江状に呼応するように石田三
成が蜂起した。
下野の小山でそれを知った家康は、上杉のいる会津攻めから急遽反転、西上す
る事となった。
元々、上杉氏に恨みなど無い南部氏及び他の奥羽諸軍は自領に引き上げを開始
した。
よって、上杉には隣国の最上義光と伊達政宗の軍が対峙する事となった。
家康と三成は、東西に分かれてより多くの諸大名を味方に付けようと綱引きを
していた。
それは、まさに大戦が始まろうとする間隙であった。
〝ぐぇっぐぇっ〟
川鳥の無気味な鳴き声が夜のしじまに響いた。
何者かが河原を蠢動していた。
長月の二十日の事だった。
その群れは木陰に潜んで昼間を過ごし、夜になると水辺を徘徊しながら獲物を
捕食するごいさぎのようであった。
田瀬方面に不穏な動きをする輩が出没したとの報せがもたらされた。
二の丸内で小高い丘になった四角山の鐘搗堂から太鼓の音が響いた。
陣振れである。
三の丸にある武家屋敷群から家臣団が火急に駆け付けた。
花巻城の本丸には、側近が集まっていた。
「田瀬となれば、城下の東より南側。伊達の手の者か」
後に南部の光り武者と称される派手な鎧を身に着け、戦仕度を整えた血気盛ん
な北信景が推察するかのように言った。
南部氏家臣の桜庭光康の子であったが、松斎の養子となった者であった。
「政宗は、上杉との戦の最中の筈」
若いにもかかわらず、留守役を託された柏山明助は冷静に言った。
「では、だれぞ」
焦れたように、信景が言った。
「食い詰めて夜盗と化した野伏りか、または百姓による一揆か、子細は不明なり」
物見の兵は、答えた。
「数は」
信景が、聞いた。
「およそ、二十」
間、髪を入れずに物見兵が言った。
「騒がしいの」
その時、小姓の伝助に伴われて盲目の松斎が入って来た。
「我が兵を率いて参ります」
信景が、勇んで言った。
「まだ、子細が分からぬのであろう」
松斎は、注意を促した。
「なあに、二十そこそこの数の敵など一捻りだ」
自信満々の態度で、信景は極彩色の兜を持って出て行った。
城に残され、上杉攻めに加われなかった信景は、戦での活躍が出来ずに腐って
いた。
功名を焦っていた信景にとって、こたびの一揆は武功を上げる千載一遇の機会
と捉えたのであった。
守り手の信景は、城の主力兵を引き連れて賊徒討伐に向かった。
寄せ手の先陣を務める一派は、百姓のなりをして待ち伏せていた。
勇んで出張った信景であったが、まんまと相手の術中にはまってしまった。
挟み撃ちにあった信景は率いた大部分の兵を失い、壊滅状態で命からがら敗走
した。
城攻めに際して、あらかじめ花巻城の兵力を計ると共に、その数を事前に減ら
すための陽動作戦であった。
「相手は戦馴れしておるな。城内に残る兵の数は」
松斎が、確認した。
「十名足らずかと」
側に控えていた小姓の伝助が答えた。
「敵は五百とも」
多勢に無勢と、柏山明助は内心思いながら言った。
「我が出張ったゆえ、敵の数も分かったのだ」
まるで成果を上げたかのように、下座にいた信景が吹聴した。
「馬鹿者。その己の功名心の勇み足のため味方を無駄死にさせたのだぞ」
松斎が、一喝した。
信景は、すごすごと引き下がった。
「人は城、人は石垣、人は堀。情けは味方、仇は敵なり」
まるで経を唱えるように、松斎が言った。
「信玄公の言葉」
柏山明助が、呼応した。
「勝敗を決めるは堅固な城ではなく人の力。城だけあっても人がおらねばな。兵
の数が足りぬ。このままでは夜陰に乗じて一息に攻め込まれよう。相手を閉め出
し籠城するには見せかけだけでも数は欲しい」
松斎は、言った。
「茶会の帰り際に、百姓等が小声で話しておりました。円城寺に数人の素浪人が
出入りしていると」
伝助が、やおら思いついた事を言った。
三の丸搦手門近くに、円城寺はあった。
熊公八公のひそひそ話を耳にしていた松斎も、思い当たる節があるように頷い
た。
「寺の住職は病に伏せっておったの」
伏し目がちに、松斎が呟いた。
「それを良い事に棲み付いたものと」
伝助は、言った。
「その者等の素性は、如何に」
松斎が、聞いた。
「津軽訛りがあるとか噂しておりました」
伝助は、伝え聞いた事を述べた。
「儂の顔を知っておるようか」
一計を案じるように、松斎が聞き直した。
「分かりませぬ」
伝助が、答えた。
「助太刀になるかの、そやつら」
松斎は、自身に問いかけるように言った。
「頭数には、なろうかと」
松斎の心の内を推し量るかのように伝助は答えた。
「三の丸まで辿り着くには、しばし時がかかろう。その間に、儂がその眼で確か
めて来ようかの。隗より始めよじゃな。敵の内通者かも知れぬゆえ、それも併せ
て見極めねばならぬ」
花巻城の周りは深田になっていて、足元がおぼつかない宵闇の狭い畦道では人
も馬も足を取られて迅速に行動できない事を見越した松斎の発言であった。
〝ちんちろりん〟
戌の刻であった。
寺の御堂の中から不思議な音が聞こえてきた。
欠けた茶碗の中に、さいころが投げ入れられて転がされていた。
城下の寺に無断で寄宿するうらぶれた三人の浪人達が、酒を呑みながら賭場を
開帳していたのだった。
上座にどっかと胡坐をかいた藪睨みの頭格の下に、呑気な性分の竹蔵と神経質
な梅之助の二人の子分達が場を取り仕切っていた。
その名から呑気なほうは竹、神経質なほうは梅とそれぞれあだ名されていた。
村の百姓や町人等が客として博打に興じていた。
「さあ、張った張った」
壺振り役の梅が言った。
竹が、親分肌の浪人を見た。
「丁」
右手を軽く動かした親分を見た竹が言った。
「半だ」
百姓達も賭けた。
「さんぴんの丁」
壺代わりの茶碗を引っくり返すと、三と一の賽の目が出ていた。
「よし、いただきだ」
竹が、言った。
茶碗に二つのさいころが入れられた。
堂内は鉄火場と化していた。
「さあ、どうだ」
梅が、促した。
「丁でお願いします」
抜け目の無い町人は、子分等と同じ目に賭けた。
「ぴんぞろの丁」
梅の声が響いた。
一のぞろ目であった。
「くそっ。二だ。ごしゃげるな」
人の良い熊公が怒りを露にして、傍の空になった徳利を悔し紛れに倒した。
「いい歳して、わらすみてぇにごんぼほるな」
町人の一人が、熊公の子供じみた行動を揶揄した。
「んだども、さっきから丁ばかりでねえが」
熊公は、一人負けしている事態に納得が行かない様子であった。
「んだんだ」
なかなか勝てない八公も同意した。
どこを見ているのか焦点の定まらない瞳で睨みながら親分がそっとさいころを
袂に仕舞い込んで、別のさいころと取り替えた。
その一部始終を、松斎が格子越しに外から聞き耳を立てて観察していた。
左手で顎を撫でる仕草を、親分がした。
「次は、半」
親分からの合図を見て取ると、竹が張った。
「んだば、丁だ」
百姓達が反対の目に張った。
茶碗が開けられた。
四と一の目であった。
「しっぴんの半」
梅は、無情に言った。
「こんだぁ、逆だべ」
すっかり、賭け事にはまった熊公は熱くなっていた。
「楽しそうだの」
突然に、杖をついた盲目の松斎が扉を開けて入って来た。
「うわっ」
腰を抜かさんばかりに、小心な熊公が悲鳴を上げた。
「大した魂消だでば」
八公は、吃驚したと言った。
「和尚様」
熊公は、平伏そうとした。
松斎は、熊公の口に人差し指を当てて他言無用と促した。
そして、八公と他の町人にも目配せした。
「座頭の老いぼれ坊主が、何用だ」
竹は、胡散臭い目付きで松斎を一瞥した。
「誰に断って、ここで賭場を開いておるのだ」
松斎は、言った。
「賭場荒らしかっ」
梅が、いきり立った。
「寺銭を頂こう」
場所の借り賃を、松斎が要求した。
「何をっ」
壁のように竹も立ちはだかった。
熊公八公、町人等がやきもきしながらそのやり取りを固唾を呑んで見ていた。
「この寺の坊主は、死にかけているのではなかったのか」
それまで黙していた浪人の親分が声を発した。
「確か、寝ている筈だが」
言い訳がましく答えながらも梅は突然現れた坊主の顔に、見覚えがあるような
気がしていた。
「食いはぐれたその辺の坊主じゃないのか」
竹が、無礼千万な事を言った。
「そもさんっ」
不意に、松斎が言い放った。
「せ、せっぱ…」
思わず、親分が返答してしまった。
この浪人達は秀吉による小田原攻めに参陣したが、剣を交える事も無く北条氏
が降伏したため戦の恩賞に与る機会を失い、戻った国許に帰参も叶わず仕舞いで
あった。
そして、十年の歳月を仕官先の当ても無いまま無頼の徒と化して流浪していた。
ほう、禅の心得があるのだな。
今は博徒に身をやつしてはいるが、かつては一角の武士であったのであろう。
儂の正体を知らぬこやつらは、内通者ではない。
であれば使えるかも知れぬ。
適材適所、働き所を与えれば戦力になろう。
何とかと鋏みは使いよう。
松斎は、意味有りげな含み笑いをした。
「要するに、胴元にしょば代を払えと言う事か」
落ち着きを取り戻すように、親分がどすを利かせて言った。
「さすがは上に立つ者。話が早い」
相手を持ち上げるように、松斎は言った。
「であれば、この寺の住職であるという証を出して貰おう」
梅が、小賢しく言い掛かりをつけてきた。
「儂に、証を立てろとな」
松斎は、厳かに言った。
「出せぬのか」
得意気な表情で、梅が詰め寄った。
「ここは賭場。賭けで決めるのはどうだ」
もっともらしく、親分が提案した。
「坊さんに、賭ける質草があるか」
竹が、囃し立てた。
「武士としての働き甲斐ではどうだ」
松斎は、言った。
「ふざけるな。この、耄碌坊主」
梅が、暴言を吐いた。
「お前さん方、津軽辺りから流れて来たのであろう」
伝助が聞き取った話を元に、松斎は鎌をかけた。
浪人達の顔色が変わった。
図星であった。
「何を証拠に」
手に手に、侍達が刀を取り寄せた。
「南部や伊達の武士なら、このような所で博打に興じている筈も無い。隠しても、
言葉訛りに出ておるわ」
松斎が、喝破した。
「ならば、どうだと言うのだ」
額に青筋を立てて、親分が怒鳴った。
「いつまでも野伏りをしていても仕方なかろう。このままではいずれ夜盗に成り
下がるぞ」
松斎は、言い放った。
「聞いた風な口をききおって」
親分は、言い返した。
「有り体に申そう。欲しいのは寺銭ではなく用心棒だ」
松斎が、言った。
「用心棒だと」
ふざけた事を言いやがってという風で、梅が言った。
「今、何者かが周りを取り囲んでおる最中ぞ」
外に目配せしながら松斎は言った。
「何だと」
親分は、意味が分からぬというような表情で聞いた。
「そこを覗いてみよ」
松斎が、連子窓の格子を顎でしゃくった。
浪人達が外を覗くと、寺の境内の下をちらちらと多くの松明が鎧の擦れる音と
共に城に向かって移動しているのが見えた。
「夕方に陣振れの音が聞こえてたが、まさか城が攻められてるとは」
竹が、言った。
「伊達が南部に仕掛けに来たのか」
同調するように、梅も言った。
「さあてな」
松斎は、返答をはぐらかした。
「伊達も南部も今は、最上に合力していると聞くぞ」
訳知り顔の親分が話した。
「伊達の事だ。どさくさに紛れて花巻を切り取る算段かも知れぬな」
値踏みするように、竹が大げさに腕組みをして言った。
「であれば、伊達に付くか南部に付くか」
さもありなんという風で、梅は言った。
この花巻の城は南部と伊達の境にある。
南部の南の拠点である花巻城が落ちる事があれば、伊達からの侵攻を容易にさ
せる。
「大仰に言えば、花巻における洞ヶ峠といった所かの」
山崎の合戦の際、筒井順慶がその峠に立って秀吉と光秀のどちらに付こうかと
形勢を見た故事に例え、御堂から状況を見下ろすようにして松斎が語った。
「ならば、伊達と南部のどちらに付くかで我等の命運が決まると言うもの」
改めて、親分が言った。
「ここで小田原評定をしている暇は無い。即断して頂こう」
松斎が、催促した。
「思い出した。この坊主は、この花巻の城代だ」
梅が、親分に耳打ちした。
「何」
親分の顔色が変わった。
「儂が誰だか気付いたようだの」
松斎は、言った。
「俺が勝てば」
親分が、返答を迫った。
「儂を人質にして、城外にいる者に差し出せば良い。敵方から褒美が出よう」
松斎は、提案した。
「一か八の一発勝負。どちらかに付くか、賽の目で決めようぞ」
自身有りげに、親分は言った。
「儂が勝てば、南部に付き従い戦うのだな」
松斎が、念を押した。
「勝てばな」
親分は、にやりとしていた。
「よかろう」
松斎は、同意した。
「では、丁半どちらか一方を選んでもらおう」
親分が、聞いた。
「先にお手前が」
松斎が、譲った。
「そ、そうか。では丁で」
親分は、ほくそ笑んだ。
そして、腕組みをする素振りで、袖の下から別のさいころと入れ替えた。
「儂は、半という事か」
素知らぬ顔で、松斎が言った。
縁の欠けた茶碗の中に、賽が振られた。
「しにの丁」
引っ繰り返した茶碗を開けると、梅がにやりとして言った。
四と二の目だった。
「四二、すなわち死人。こりゃあ、いい。寺の坊主に因んだ賽の目が出た」
親分が、悪辣な皮肉を言った。
一方の松斎はというと、涼しい顔をしていた。
「では、約定通り、人質になってもらおう」
勝ち誇ったように、親分が言った。
「いかさま博打では、勝負にならぬ」
松斎は、言い返した。
「負け惜しみを。負け犬の遠吠えだ」
親分は、言った。
松斎が、欠けた茶碗に濁酒を注いだ。
そして、二個のさいころを酒に沈めた。
二個ともに丁の側が上向きになった目を指先で確認した。
「何の真似だ」
幾分か、親分が動揺していた。
再度、松斎はさいころを酒に沈めて見せた。
二度ともに、さいころは丁の出目を上にした。
「やはりな」
納得したかのように、松斎が言った。
「何だべ」
熊公が、聞いた。
「芯が片寄っておる」
松斎は、博打で使われていたさいころの細工を暴いて見せた。
その鋭い観察眼から、出目が特定されている事を見抜いていたのであった。
八公は、さいころを茶碗に沈めた。
何度やっても、底に沈んだ数字は偶数の目であった。
六面から成るさいころの目は、一と六・二と五・三と四のように対面の数字の
和が七になるように構成されている。
各面は一・三・五の奇数と二・四・六の偶数の三面ずつに、それぞれ固まって
いる。
二つのさいころを同時に振り出す場合、片方のさいころの出目を奇数、もう一
方を偶数になるようにすればその合計数は奇数になる。
また、両方のさいころの出目を奇数にするように設定すればその合計数は偶数
になる。
逆に、偶数同士であれば合計数も偶数になる。
つまり、奇数と偶数の目を自在に出せれば、さいころが二個であっても丁半の
出目の操作が可能となるのである。
がりりと、奥歯で噛み砕いて熊公がさいころを吐き出した。
「その通りだ」
さいころの中身を改めて、熊公が言った。
芯が一・三・五の奇数面の片側に寄せてあった。
常に、二・四・六の偶数面が表になる仕掛けである。
「いんちきじゃねぇか」
八公が、声を荒げた。
「ずっと、これでおらから金を巻き上げてたのか」
からくりを知って、熊公も激昂した。
「これでは勝てんの」
涼しい顔で、松斎が言った。
「この生臭坊主。余計な事をしやがって」
左手で刀を掴むと、鯉口を切りながら親分が立ち上がった。
松斎は、杖を置き腰を落とすと両腕をだらりとぶら下げて無防備状態を敢えて
示した。
そして、丸腰のまま親分の眼前に左の人差し指を出した。
くるくると、人差し指が回された。
斜視の親分は、回る指に気を取られた。
それはまさに、子供がとんぼの目を回して捕まえる方法と同じであった。
松斎は右手で相手方の柄を掴み、その刀を抜き取った。
一瞬の隙に、親分の刀が松斎の手に渡った。
無刀取りと言われる極意であった。
「っ」
何が起こったのか理解できない親分は、呆気に取られていた。
「座頭の老いぼれ坊主に手玉に取られるようでは、ひよっ子同然。まだまだだの」
松斎が、皮肉を込めて言った。
「口の減らぬ糞坊主め」
そう言うと、親分は脇差しを探した。
その時、袂から別のさいころが零れ落ちた。
一の賽の目で止まった。
「こちらは、半の出目用であろう。もう小細工は通用せぬぞ。やるのかやらんの
か、はっきりせいっ」
床を転がったさいころに皆の目が集まる中、松斎が刃を親分の喉元に突き付け
て迫った。
今度は、子分達が前に進み出た。
「この坊主、調子に乗りやがって」
鞘から刀を抜いて、竹は言った。
「下剋上や」
花巻城主と知った上で、梅も抜刀した。
「ただの威しと思うたか」
松斎が、切っ先で親分の顎を斬った。
すうっと、一筋の血が流れた。
「座頭は芝居で本当は見えるのではないか。お、お前等、刀を引け」
血の気を失いながら親分が子分達に指図した。
「これから先、儂の言う通りにすると誓うか」
松斎が、迫った。
「承知」
親分が、小声で頷いた。
「聞こえぬぞ。年を取って耳が遠くなっての。こういう時は何と言うのだったか。
誓わせて」
大仰に耳に手を当てながら松斎は、意地悪く言った。
「誓わせて」
後に続いて、親分が言った。
「頂き、終いまで言わずとも分かろう。続けて言うてみよ」
松斎が、促した。
「誓わせて頂きます」
親分は、素直に従った。
「うむ。そちらのお二方は」
松斎が、子分達を見た。
「誓わせて頂きます」
子分の二人も声を揃えて唱和した。
「さて、次はそっちだ」
百姓や町人達に、松斎が顔を向けた。
「おらだづがここに居るのが分かってたり、賽の目の仕掛けを見抜いたり、さす
がは和尚様だ」
感心したように、熊公が言った。
「地獄耳と千里眼を持った、まるで仙人のようだ」
八公も畏敬の念で話した。
「たわけがっ」
虎が咆哮するように、松斎が吼えた。
そこに居直る者全てが縮み上がった。
「大事な秋の収穫の時期に、つまらぬ博打にうつつを抜かしおって。危うく身ぐ
るみ剥がされ素寒貧になるところだったのだぞ」
松斎は、烈火の如く厳しい表情で言った。
「申し訳ながんす」
熊公と八公は、亀のように首をすくめて恐れ入った。
「お前等もだ。己の本分をわきまえよ。少しばかり目端が利くと思い上がってお
ると、身上を潰し女房子供を路頭に迷わす破目になる」
同様に、町人達にも松斎は猛省を促した。
「ははっ」
町人達は、額を床に擦り付けながらひたすら平伏した。
「分かれば、それで良い」
好々爺のように穏やかさを取り戻して、松斎は優しく話した。
「では、お侍様方。行こうかの」
三人の浪人達に向かって、松斎は言った。
「外は敵だらけ。きっと直ぐに見咎められる」
竹が、心配げに聞いた。
「伝助」
松斎が、呼んだ。
「はっ」
その気配を感じさせずに、控えていた伝助が入って来た。
もしもの時は、火急の用として報せに走るように伝助を供にしていた。
背負子を降ろして、風呂敷を伝助が開けた。
中には、袈裟と頭巾が入っていた。
伝助は、松斎の指示により病で寝込んでいる円城寺の住職から事の次第を言っ
て法衣を用立てて来たのであった。
「それを身に纏い、腰の大小は背負子に隠すのだ」
松斎の言われるままに、浪人達が手渡された黒い法衣と同じく黒い裹頭と呼ば
れる両眼だけを出した覆面を被らされた。
「なるほど、山伏の成りをして敵中突破か」
戦に臨む興奮を覚えながら梅が言った。
「面白い」
竹も乗り気であった。
「痛い」
親分が、法衣に袖を通す際に右肩を押さえながら沈痛な声を発した。
「如何にした」
松斎が、尋ねた。
「少し肩を痛めているだけだ」
何でもないと言った風で、親分が言った。
松斎、そして伝助も同様に法師武者に身支度を整えた。
「三の丸は落ちたも同然。我等は袈裟頭巾姿で、密かに抜け道より本丸に入る」
松斎は、説明した。
「戦でがんすか」
今更ながらも事の成り行きに気が付いた八公が聞いた。
「うむ。城が攻められとるでな」
松斎が、端的に答えた。
「和尚様。おらも連れでってけろ」
熊公が、何か役に立ちたい一心で同行を訴えた。
「私共も。なあ、皆の衆」
誘い合うように、町人達も言った。
「その気持ちは嬉しく思うが、米作りが百姓の本分。商いは町人の本分。そして、
戦は武士の本分ゆえ、ここは我等の出番という事だ」
松斎の高説に、その通りと言うが如く親分格の浪人が頷いていた。
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