第一章 南部の懐刀

 太閤亡き後、その覇権を諌言した直江状に激怒した家康が上杉討伐を決断した。

 その年の水無月、上杉景勝と対峙する最上義光に合力させるため、陸奥の南部

氏に派遣要請の命が下った。

 南部利直は、およそ五千の兵を率いて出羽国に出陣する事となった。

 各支城から兵が掻き集められた。

〝どどっごけぇ、ががっごけぇ〟

 どこかで、禽の声がした。

 父っ粉食ぇ、母っ粉食ぇと、陸奥の山鳩は鳴く。

 土地の老婆の昔話によれば、飢饉で亡くなった児が鳩に生まれ代わり、嘆いて

いる父母に豆の粉でも食べて飢えをしのげと告げていると語られる。

 それほどに、北国の陸奥における厳しい自然での暮らしは難儀であった。

 冷害の年は痩せた北の大地には米は育たず、蕎麦くらいしか無かった。

 その昔、戦場で腹をすかせた南部の兵達が、苦肉の策として蕎麦粉にあり合わ

せの胡麻と塩を混ぜて鍋代わりの鉄兜で焼いて煎餅にした。

 それを食べると、将兵の士気が上がって戦勝する事ができたと言う。

 それ以来、縁起物として多くの合戦で南部兵に携行され野戦用の非常食に用い

られるようになった。

 盲目の和尚が、おぼつかない足取りで入って来た。

〝ちっ、ちっ、ちっ〟

 和尚は、舌を鳴らした。

 舌打ちの反響音によって、周囲の凹凸が手に取るように判った。

 蝙蝠が超音波を発して、戻ってくる波長を耳で受け取りながら暗闇でも自由に

空を飛べるのと同様だった。

 昨日来の雨も上がった朝ぼらけに、一人炊事場でその和尚は黙々と作業してい

た。

 妻に先立たれた後、得度した身の上であった。

 老齢により眼病を患い視力を失っていたが、昨年に喜寿を迎えてなお矍鑠とし

ていた。

 胡麻と塩を混ぜた蕎麦粉を水で練り、和尚は円形の鉄型に入れて堅く焼いた。

 そして、縁に耳と呼ばれる薄くかりっとした部分が特徴の煎餅を取り出した。

 客人をもてなすための菓子が完成した。

「茶を馳走したい」

 和尚からの誘いだった。

 武家の子女で、談義所に勤めていた松に白羽の矢が立った。

 どういう事情か、城中で仲居をする姐御肌の浦子も呼ばれた。

 さらには、近郷の百姓頭で熊のような体格の熊公と狐のようにひょろっとした

八公も加わった。

 特に百姓の熊公と八公は分不相応と思ったが、仰せを断る訳にはいかなかった。

 遠慮しては不忠者と誹られる。

 城の離れに、その茶室はあった。

 遠くで、甲高い雉の声が聞こえていた。

 招かれた四人は小姓の新渡戸伝助の案内で、苔むした庭石の横を通って茶室に

向かった。

 腰掛待合から七竈の赤い実が生る庭の景色が一望できた。

 勝手が分からない四人は、居心地が悪そうにしていた。

 四半刻が経った頃だった。

 ざあっと、和尚がつくばいの水を改めている音が聞こえてきた。

 茶の準備が整った合図であった。

 四人は、先導する案内に倣ってつくばいの前の柄杓で手を洗い、口を漱いで世

俗の穢れを祓って心身を清めた。

 そして、伝助に促されるまま低く狭いにじり口から茶室に入った。

 天井近くの明り取りから、柔らかな光が室内に射し込んでいた。

 床の間の掛け軸には、流れるような達筆で愛と書かれてあった。

 側の竹の花入れに活けられた竜胆の青紫の色彩が、仄暗い一室に映えていた。

 茶の間で待っていた四人は、借りてきた猫のようによそよそしくしていた。

 引き戸が静かに開き、和尚が一礼して茶室に入って来た。

 額を畳に押し付けんばかりに、客達は平身低頭した。

「北の殿様」

 朝夕の賄いを任されている浦子が言った。

「顔を上げよ。儂は城主ではない」

 嗄れた声で、和尚が答えた。

「もったいながんす」

 浦子は、恐縮した。

「でも、この花巻城を護っておられるではないですか」

 松が、皆に同意を求めるように話した。

「城代をしておった亡き子に代わって預かる生臭坊主よ」

 叱責しているのではないといった風で、和尚は言った。

 陸奥の花巻城は元は鳥谷ヶ崎城と呼ばれ、前九年の役の安倍頼時の城柵であっ

た。

 戦国時代には稗貫氏の本城であったが、秀吉の小田原攻めに参陣しなかったた

め領地を没収されて浅野長政配下となった後、南部氏所有となった。

「松斎和尚様」

 恐る恐る顔を上げた百姓の熊公が、かしこまって言った。

「和尚でよい」

 和尚は、笑みを浮かべながら言った。

 第二十六代南部氏を継いだ信直の懐刀であった北信愛は、主君が亡くなると家

督を子に譲り隠居を申し出た。

 だが、南部宗家の後を継いだ利直はそれを許さず、引き続き側近として務める

よう命じた。

 得度するずっと以前より信愛は信心深く、合戦の際には髻に観音像を忍ばせて

戦場に向かった。

 決意の固い信愛は剃髪し、山寺に篭ると戒学・定学・慧学の三学を修めて松斎

という法名の出家僧となった。

 北氏は三戸南部氏の庶家で、本姓は源氏であった。

 その家系は清和源氏の一流に連なり、河内源氏の傍流甲斐源氏の南部氏一門で

ある。

 元は剣吉氏と称し、南部氏の居城・三戸城の北に居館を有していたため北氏と

呼ばれるようになったと言う。

 常に陰から支え続け、先代の信直を陸奥南部氏中興の祖にまで引き立てた功労

者に対して、南部宗家を継いだ利直の側近の中から警戒する声も聞かれた。

 老獪な実力者であるだけに、松斎を野に放つ事に危惧がもたれた。

 それならばと、南部利直は子を失った松斎こと北信愛を花巻城の城代のまま宗

家の重臣として指南役を申し付けた。

 盛岡から十里ほど離れた支城の花巻城は、南からの侵攻を防ぐ要衝の砦だった。

 奥州の暴れ龍と異名を持つ伊達政宗の動静に対して、注意が必要であった。

 昨日の友が今日の敵になる戦国の世にあって、政宗への楔となるかまたは内通

するか、南部の内情を知り過ぎた宿老である松斎の存在は諸刃の剣となっていた。

 客に、一つ一つ丹念に焼かれた胡麻塩のまぶされた煎餅が出された。

 松斎は、煎餅を一つ取るとその耳の部分をがりっとかじった。

「よく焼けておるわ」

 作法無用、不作法結構と伝えたのである。

 四人の珍客は、出された煎餅を和尚に倣って一斉にかじった。

 淡白な味の中に、ほのかな甘さがあった。

 風炉の炭火に掛けられた釜の湯が沸く間、茶室内に静寂が流れた。

 百姓の熊公は慣れぬ場に落ち着かず、きょろきょろと天井や壁を見回した。

 隣席の浦子が挙動不審な熊公の尻をつねって、行儀を正した。

 米や野菜、雑貨等を城に届けていた出入りの熊公と八公は、浦子とは普段から

見知っている間柄であった。

「痛えっ」

 悲鳴を上げて、何をするのだと言うような顔付きをする熊公を、八公が狐目で

冷笑していた。

 その間、松斎が茶道具をふくさで清めた。

 棗から碾き茶を茶杓で碗に数匙取ると、柄杓で熱い湯を静かに掬った。

 ぴんと伸ばされた右手の親指と人差し指の間を滑らせ、流れるような所作で切

り柄杓を行なった。

 抹茶に湯が注がれ、茶筅を振り沫を立てながら掻き混ぜられた。

 盲目にもかかわらず、まるで目が見えるかのような所作であった。

 ゆっくりと、しかし整然と松斎は茶を点てた。

 茶の入った四つの碗が手際よく並べられた。

「どうぞ」

 松斎は、茶を勧めた。

「有難く頂戴致します」

 正客の場に座った松が、脇帯びから抜き取った扇子を畳の縁に沿うように横に

置き、敬意を表わした。

 武家の子女たる松は、多少なりとも茶の湯の心得があった。

 丁寧に一礼をし、作法通りに二回ほど碗を回して三口半で茶を呑み干した。

「結構な御点前で、恐悦至極にございます」

 松は、懐紙で呑み口を拭いて茶碗を畳に置くと、居住まいを正して言った。

 次客の熊公と八公は場違いな思いから緊張して、どう対処して良いのか分から

なくおどおどしていた。

 すると、松斎が自分に茶を立てた。

 そして、胡坐をかき茶碗を鷲づかみにして啜った。

 ごくごくと音を立てて、豪快に茶を呑み込んで見せた。

 熊公と八公は呆気に取られた。

「肩肘張る必要など無い。味噌汁を啜るが如しだ。冷めぬうちに呑め」

 笑みを浮かべながら松斎が言った。

 熊公と八公は顔を見合わせ、ほっとした表情をした。

 二人が足を崩し、片手で碗を持つとぐい呑みした。

「それで良い」

 松斎は、楽しそうに言った。

 張り詰めた空気が和らぎ、穏やかさが室内を包んだ。

「浦も呑め」

 末席にいた浦子に、和尚が声をかけた。

 松とは違い、特段の身分も無い浦子は、熊公八公同様に茶会に呼ばれた事に得

心が行かず困惑していたのだった。

「ここでは、武士も百姓も野郎も女子も無い」

 松斎が、優しく説いた。

 両手に器を頂くようにして、浦子は茶を味わった。

「うめえもんだなっす」

 初めて味わう茶を、素直に美味しいと浦子は土地の言葉で表現した。

「朝餉と夕餉と、年老いた儂の体調を考えて、日々薬膳の賄いをしてもらってい

るお礼の気持ちだ」

 首を垂れながら松斎は、言った。

「おらに礼だなんて、そったなごど。頭っこ上げてけろ」

 仲居の浦子は、大層恐縮した。

「熊と八にはいつも旨い米や野菜を城に届けてもらって感謝しておる」

 出入りの二人にも、松斎は礼を言った。

「じゃあじゃじゃじゃじゃ」

 主からの突然の謝意に、熊公と八公は畏れ多くてまともな言葉を発することが

できなかった。

「もう、一服いかがか」

 松斎は、皆に勧めた。

「美味しい煎餅と抹茶で御腹一杯でございます」

 松が、一同を代表するように答えた。

「遠慮は要らぬぞ」

 松斎が、聞いた。

「では、白湯をいただきとう思います」

 松は、返答した。

 松斎は、各茶碗に一度湯を通して清めた。

 改めて白湯を入れ直し、四人にそれぞれ差し出した。

「さて、お松よ」

 松斎が、声をかけた。

「はい」

 松は、着物の裾の乱れを直す仕草をしながら答えた。

「そちを呼んだのは他でも無い」

 厳かに、松斎は言った。

 神妙な面持ちで、松は松斎の顔を見返した。

「皆にも読み書きを習わせたいのだ」

 松の隣に座っている熊公八公や浦子を見ながら松斎は言った。

「浦は、限られた食材であっても日々飽きぬような膳を用意してくれている。こ

れは機転が利かねばできぬ技」

 松斎が、浦子を評した。

「おしょすな」

 気恥ずかしいと、浦子は呟いた。

「お松には、そういう浦の才を磨いて欲しいのだ。それと、熊と八にも」

 松斎は、百姓等を見て言った。

「ひょえっ」

 熊公が、素っ頓狂な声を上げて言った。

 八公は、腰を抜かして驚いた。

「読み書きくらい知らねば、頭をはるに足らぬぞ」

 松斎は、二人を見据えて言った。

「無理強いはせぬが、老い先短い坊主の頼みを何とか聞いてはもらえぬかの」

 改めて、松斎は松に言い直した。

 武家の子女とは別に、仲居や百姓といった村人に読み書きを習わせるという松

斎の申し出に松は内心困惑した。

 主の頼みとあらば、無下に断る訳にも行かなかった。

「知っての通り、上杉討ちのため御館は、各支城から掻き集めた五千の兵を引き

連れて出羽国に出張っている。この城からも、ほとんどの兵を差し出した。お松

の父も出陣しておろう」

 松斎の話に、松が頷いた。

「今、なんぼくれえ残ってんのがすか」

 現在の兵力数を、浦子が聞いた。

「これっ」

 主との会話に、迂闊に割り込む態度を気にした松が浦子をたしなめた。

「へっ」

 亀のように首をすくめて、浦子は頭を下げた。

「よいよい。思った事を忌憚無く申せ」

 松斎が、松を制止した。

「はい」

 松は、承知した。

「三十人とおらぬだろう」

 あっけらかんと、松斎は答えた。

「それで、お城が護れるのですか」

 さすがに、松も心配になって聞いた。

「上杉との戦が長引けば、危ういのは自明の理。曲がりなりにも城を預かる儂と

しては、考えねばならぬ」

 松斎は、大仰に腕組みをして話した。

「そんどぎゃあ、城っこ捨てて逃げればいいのす」

 熊公が、呑気に言った。

 他の客一同は、顔を見合わせた。

 城を預かる主であれば、聞き捨てならぬ発言であった。

 たとえ、無智蒙昧で他意の無い百姓であってもただでは済まない事もある。

 熊公の物言いに、茶室内に緊張が走った。

 周囲の雰囲気から、主に対して軽挙妄動な態度で接した罪を感じて熊は独活の

大木のごとく固まった。

「はっはっは。これは一本取られたかの」

 そんな緊迫した場面で、松斎は破顔一笑した。

「三十六計、逃げるがしかず。その考えは、戦でもっとも重要な策だ。熊は軍師

の才があるかもな」

 松斎は、至極もっともという風であった。

 熊公のほうは首と胴が繋がっているだけでも幸い、お褒めに預かるなどとんで

もない事とぶるぶると身震いした。

「そうそう。お松の問いに答えておらなかったの。城を護るのではなく、城が我

等を護ってくれるのだ」

 松斎は、松に体を向き直して語った。

「失礼ながら方便のようにも聞こえますが」

 松は、反論した。

 松でなくても、誰しもがそう思った。

「城攻めは籠城する兵の十倍の数で討たなければ破れぬ」

 松斎が、言った。

「兵法通りにいかぬのが戦と思われます」

 談義所に出入りしているだけあって、博識の松が食い下がった。

「なればこそ、この老体に皆の智慧が必要なのだ」

 考え深げに、松斎は話した。

 熊公八公は、退屈そうにしていた。

「ある父子の話だ」

 松斎は、講話を始めた。

「総領が飯に汁をかけたが思うより少ないと感じ、再び汁をかけ足した。これを

見た父親は日々飯を食しておきながら汁の加減も出来ぬようでは、この家も己の

代限りと嘆いたと云う」

 当時、飯と汁は別碗ではなく、飯に汁をぶっかけるのが一般的であった。

「汁かけの量も算段できない者に、一国は束ねられないという理でございますね」

 聡明な松には、秀吉に包囲されて滅亡した小田原の北条家の逸話であるとぴん

ときたが、百姓や仲居にも分かるように噛み砕いて答えた。

「籠城戦の折は、飯は一等大事。日々、城兵にあまねく均等に飯を食わせねばな

らぬ。浦には、その飯を作る女等を的確に差配してもらいたい」

 浦を女中連の仕切り役にと、松斎は考えているようであった。

「熊と八には、籠城する際の兵糧を用意してもらわねばならぬ。迅速に事を運ぶ

には頭が回らねばな。それには読み書き、そして算術も必要だ。それもお松に習

え」

 松斎は、言った。

「兵站を担うという事でございますか」

 松が、訊ねた。

「さすがはお松だ。察しが良いの」

 的を得たりといった表情を、松斎がした。

〝どすん〟

 その時、慣れぬ場に足の痺れを切らして熊公が昏倒した。

「この、すっとこどっこい。もうさけねえです」

 熊公の度重なる非礼を、八公がかばうように言った。

「ちと、話が小難しくなったの。済まぬな。では、これでお開きとするか」

 逆に、松斎のほうが詫びた。

 浦子と八公に両肩を支えられて、熊公がほうほうの体で立ち上がった。

「本日はとても有意義で愉快な茶会であった。読み書きの習い事の日取りについ

ては、後に伝助から伝えるでの」

 松斎は、三人に言葉をかけた。

 浦子と八公の二人は、何度も頭を下げながら茶室から出て行った。

「この茶室に入って以来、気になっていたのですが」

 最後に残った松が言った。

「なんぞや」

 松斎が、言った。

「掛け軸に書かれてある、愛とはなんですか」

 松は、聞いた。

「米沢の上杉景勝という大名を存じておろう」

 松斎は、話した。

「はい。南部の殿様がご出陣されたお相手にございますね」

 凛として、松は答えた。

「義を尊ぶ先代の謙信公から遣える上杉家の家老で直江兼続という者がおってな。

その銘を前立てにした兜を被って、戦に臨むそうだ」

 眼を閉じるようにして、松斎が語り出した。

「愛という文字をでございますか」

 興味津々で、松が聞き質した。

「うむ」

 松斎が、頷いた。

「その意とは何でございましょう」

 松は、問い直した。

「北方を護る毘沙門天の毘を旗標にした謙信に対して愛染明王から取ったとも言

われるが、主君や家来、あるいは親兄弟、そして人を慈しむ慈愛の愛。果ては敵

に対しての愛とも。本当の所は儂にもよく分からぬ」

 率直な感想を、松斎は答えた。

「敵にで、ございますか」

 その意味を、松は考えあぐねた。

「困窮する宿敵の信玄に塩を送って助けた謙信の義を継承するとするならば、そ

れも有り得る。聞く所によると、直江家の屋敷の周りには石垣の代わりにうこぎ

を植栽しておるそうな」

 伝え聞いた事を、松斎はそのままに話した。

「夏の初めに黄色い花を咲かせる木を」

 松が、確認するように聞いた。

「人の背丈ほどに伸びるうこぎには棘があり遮蔽物となる。また、戦時には天婦

羅やおひたしにして非常食にできる」

 それは、南部煎餅の由来にも通じる質実剛健な兼続の人となりが忍ばれた。

「残念ながら儂は、その者に会った事が無い」

 そのような思考をする家老がいる上杉との戦は、厳しいものとなろう。

 と、松斎は松に語りながらも内心不安に思っていた。

「彼を知りて己を知れば、百戦して危うからず」

 松斎は、言った。

「孫子でございますね」

 打てば響くように、聡明な松が答えた。

「儂の俗名の一文字でもある愛について、是非学ばねばと自戒を込めてしたため

たのだ」

 愛の武将に思いを馳せて、かつては北信愛と名乗っていた松斎が静かに言った。

「私の父、いや南部は勝てましょうか」

 松が、真情を吐露した。

「こたびの戦は、徳川家の命により上杉を攻める最上への合力。無理な戦は、御

館もせぬであろう」

 不安を払拭するように、松斎が言い切った。

「それを伺って、安堵しました」

 松が、ほっとした表情をした。

「それは良かった」

 松斎も同意した。

「和尚様の厚意に甘えて思わぬ長居をしてしまいました。そろそろお暇させて頂

きます。この度は、御招き頂き有難うございました」

 松が、三つ指をついて丁寧にお礼を述べた。

「また、来るが良い」

 松斎は、笑みを浮かべて言った。

 松が外に出て行くと、浦子と熊公八公の三人が待っていた。

 男達と女達に分かれて、それぞれ何やら話している声が遠のいていった。

 茶室から出て来た松斎は、四人の客人の姿が見えなくなるまで丁重に見送った。

 茶道でいう最後まで相手をもてなす残心という所作であった。

 辺りは薄暗くなり、たそがれ時が迫っていた。

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