第3話 準惑星(2):美里の言い分にも道理がある

 ところが、二〇〇五年になって、セドナが発見されたのと同じ年、二〇〇三年の写真画像から「2003UB313」(みそらが「仮番号はあったと思うけど、覚えてない」と言っている仮符号がこれです)という天体が発見され、これが冥王めいおうせいより大きいのではないか、という問題が提起されました。

 冥王星と2003UB313のどちらが大きいかは容易に確定しなかったのですが(現在では大きさは冥王星のほうがわずかに上とされています)、ともかく「冥王星はほかより大きいから惑星」という言いかたが通用しなくなってしまいました。


 そこで、国際天文学連合という組織で、2003UB313を惑星にするか、冥王星を惑星でなくすかということについて大論争が展開されました。ちなみに、日本からは、国立天文台の渡部わたなべ潤一じゅんいち助教授(当時)が、冥王星に加えて2003UB313と小惑星帯(火星と木星のあいだ)で最大の小惑星ケレスを惑星に格上げするという提案をしたはずです。

 しかし、けっきょく、国際天文学連合は、冥王星を惑星でなくすかわりに、「準惑星」(当時はこの訳語はまだありませんでしたが)という枠を新設し、冥王星と2003UB313とケレスを準惑星とすると決め、日本もこの決議を受け入れました。

 同時に、「海王星よりも遠いところを回転する準惑星を冥王星型天体とし、冥王星をその代表として位置づける」ということも決まりました。

 何、その「本社の取締役は辞めてもらうけど、支社の代表取締役社長にしてあげたよ。よかったね」みたいな処遇?

 冥王星に対する、あまりに人間的な処遇。

 ちなみに、海王星の軌道より内側に準惑星級の大きさの天体が新たに発見される可能性はほとんどないので、「冥王星型天体ではない準惑星」はケレスのみ。

 この処遇も、いいのかなぁ?


 そして、仮符号「2003UB313」の天体は、人間界に争いを引き起こしたということで、不和の女神の名をとってめでたく「エリス」と名づけられました。


 なぜ、冥王星を格落ちさせてまで「準惑星」という枠を作る必要があったかというと、エリスまで惑星にしてしまうと、際限がなくなるからでしょう。

 海王星の向こうで太陽のまわりを回る天体のうち、冥王星と同じサイズの天体はいくつあるかわからない。観測技術が進歩するともっとたくさん見つかるだろう。そういうものまで惑星にしてしまうと、惑星の数が二十とか三十とかになってしまうかもしれない。さらに、準惑星の基準を甘く解釈すると、百まで行ってしまうかもしれない……。

 やっぱり、惑星は「水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王てんのうせい、海王星……」と、その気になれば覚えられる範囲がいい。

 けっきょく、その要素が大きいのではないかと思います。


 この決議に従って、ケレス、冥王星、エリスに加えて、現在、マケマケとハウメアが準惑星として認定されています。

 なお、ケレス、冥王星(プルートー)、エリスまではギリシャ‐ローマ神話に基づく命名ですが、マケマケとハウメアはオセアニア(マケマケはイースター島、ハウメアはハワイ)の神話に基づいています。ちなみに、クワオアーとセドナは北アメリカ大陸の先住民の神話からの命名。


 ただ、準惑星の定義にも、あいまいなところがあります。


 「惑星にするには小さいけど、小惑星にするには大きすぎる」では定義にならないので、まず、「自分の重力で球形になっている」という定義が決められました。

 大きい天体は、中心からの重力が強いので、だいたい球形にまとまるはず、という考え(「静水圧せいすいあつ平衡へいこう」といいます)によります。

 球形というけれども、楕円形になっているのは許容範囲らしく、かなり細長い楕円体のハウメアが準惑星になっています。

 では、自重で球形になれるのはどれぐらいの大きさかということは、正確な数値では決められないし、どういう素材でできているかにもよります。一〇〇〇キロ弱というケレスの数値がひとつ目安になるでしょうけど、それより小さくても自重で球形にはなれるかもしれません。


 また、「その天体の軌道が、ほかの天体の軌道と重なったり近接したりしていない」というのが惑星の条件とされ、「その条件を満たしていないこと」が準惑星の条件となります。

 これもあいまいな定義です。

 まず、海王星は冥王星と軌道が重なっていますから、ほかの天体と軌道が重なっているわけで、海王星も準惑星ではないかという疑惑が出てきます。でも、地球の四倍の大きさの海王星は、さすがに準惑星にはできない。

 それどころか、最大の惑星木星も、「木星トロヤ群」(「トロヤ」はトロイア戦争のトロイア)と呼ばれる多数の小惑星と軌道を共有していますから、じゃあ、準惑星なのか、というと、そんなことはない。

 地球にだって、地球の軌道に重なる小惑星があるので、準惑星になってしまいますよ。

 そういうのは理不尽なので、けっきょく、「同じくらいの大きさかそれ以上の天体と軌道が重なっていないこと」ということになるのですが、それにしたって、どこまでを「同じくらい」と認めるのか、という問題もあります。


 別の問題もあります。

 いま、準惑星として認定されているのは、冥王星とケレスのほか(エリス、マケマケ、ハウメア)は、「冥王星は惑星か」という議論が活発になった二〇〇五年に発見されたか、「発見されていた(写真画像に写っていた)ことが判明した」天体ばかりです。

 クワオアーやセドナは、ほぼケレスと同じ大きさと推定されているにもかかわらず、現在(二〇二四年九月)まで準惑星には認定されていません。

 また、冥王星やエリスほどではないにしても、ケレスよりは大きいと推定されている天体「Gonggong」や、やはりケレスと同じくらいの大きさとされるオルクスも認定されていません。

 ちなみに、「Gonggong」は、中国神話に基づく「共工きょうこう」なので(ただし提案者は中国人ではない)、「ゴングゴング」とか「ゴンゴン」ではなく、「コンコン」と読むか、「共工きょうこう」と呼ぶかでしょう。


 けっきょく、「準惑星」の定義ができて、「この天体は準惑星か?」みたいな議論が盛んだったころに認定されたものだけがいま「準惑星」になっていて、ほかは「認定待ち」みたいになっています。「認定待ち」のままもうすぐ二十年。「ちょっとそれは不公平じゃない?」と思います。

 そうなったのは、「準惑星かどうか」の認定に時間を使っていられないほど、海王星より遠い場所の小惑星的な天体についての発見や研究が相次いだから、という「嬉しい悲鳴」的な事情があるのでしょうが。


 古藤ことう美里みりちゃんと同様、私も納得してないです。

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