29 偽聖女


「この娘は、まだ生きているのか?」


 偽聖女の寝室の床、父親に刺されて転がる公爵の娘バフォメット……見下ろすと、まだ息があった。



 執行魔法で消すべきか? 国民の前で処刑するべきか? 少し悩む。


「偽聖女さん、貴女が実験した人間は、いったい何人いたのかしら?」


 瀕死の娘に、私の声は聞こえないだろう。



 は! 偽聖女が動きだした。


 なんと、拘束していたヒモをちぎり、立ち上がった。


「お前は、潰したゴミ虫の数を覚えているのか?」


 瀕死の娘バフォメットが、ハッキリと声を出した。



 十歳の少女のはずだが、顔が悪魔のような形相、白目が赤く、血の色に変わっている。


「魔王は、潰した人間の数を数えていたか?」


 さらに、声は続いた。性別の分からない異様な声に変わっている。



(コイツは危険だ)


 私の意識が、警鐘を鳴らしている。


「これは便利な薬だ……弱っちい身体を、本来の姿に戻してくれる」


 身体増強剤で、娘は悪魔のような姿へと異形化した。

 ヤギの顔、頭には角、さらに尻尾……これは幻覚か?


「お前は、封印された魔王か? いや、違うな……」


 もっと邪悪な存在だ。



「私は、異世界からの転生者だ」


 異世界人か!


「異世界の技術で、この世界でハーレムを作る」


 娘の欲望が渦巻く。異形なのに、人間としての意識が残っている。いや、逆に私にとってはチャンスだ。



 殴りかかってきた。早い!


 拳を目で追えなかった。異世界人の、殴る前に腕を少し引くクセから予測し、紙一重でよけるのが精一杯だった。


「ドン!」パンチに遅れて衝撃波が来た。


 音速を超えたパンチだ。衝撃波で、私のホホが歪み、メイドプリムが飛ばされる。


 洗っても落ちなかった薄く赤黒いシミが見えた。


「そうだ、私には背負っているものがある。私がやらなければ、誰がやる」



「元気二百%、リミッター解除」


 体中の、骨がきしみ、筋肉が熱く痛い。


 異形が、殴りかかってきた。

 遅い! 悪魔の腕をひねり、肩関節を壊した。


「あぁぁ」


 悪魔が痛みで悲鳴を上げ、恐怖におびえる顔になった。


 いける! アゴ先に大技の回し蹴りを当てて、脳震盪を起こさせる。

 風圧で私のメイド服が破けた。


「……ヒロインでもないモブキャラに、この私が押されるだと」


 先ほどまでの悪魔の姿が、老婆へと変わっている。コイツの正体か?



「痛みが強く長いほど、貴女の罪は浄化され、天界へと導かれます」


 偽聖女だった老婆の足元で、六芒星が輝く。


「これは、ゴルン・ノヴァ!」


 老婆は、この輝きの正体を知っているようだ。しかし、あらがうが、抜け出せない。


 体中の骨が砕け、断末魔も上げられないまま、肉の塊へと変化していく。



 最後の祈り「お幸せに」を……いや、唱えるのは、止めだ。


 肉の塊が痛みで痙攣している……もはや人間の形ではない。



「地獄へ堕ちろ!」



 コイツには、禁呪とされている「終焉の祈り」を捧げた。


 魔法陣から黒い触手が伸び、肉の塊を暗い地の底へと引きずりこんでいった。



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