16 飄々とした侯爵


「久しぶりね、カイゼル君」


 王宮の応接室で、赤毛のカイゼル侯爵と対峙する。


 応接室は、会議が出来る程度の広さはあるが、天井の高さは執務室程度である。


「まぁ、座って話そうじゃないか」


 二人で、応接セットのイスに座る。侯爵を継いでいる彼が上座だ。



 彼とは高等部時代の同級生だ。国王の悪友でもある。最近は、鼻の下に太いヒゲを生やし始めている。


「若くして侯爵になっただけあって、堂に入っているわね」


 彼は、堂々とした態度だ。中等部の時に、侯爵を受け継いだ。それは、まれなことである。



「いやいや、国王ニニギの懐刀を前にして、ビビッているさ」


 ウソだ。カイゼル侯爵家は、代々、王族の懐刀として暗躍してきている。



「前置きはいらないようね。闇属性の治癒魔法を、コソコソと行なっているのは貴方ね」


「コソコソとは失礼だな。堂々と手順を踏んで、患者さんで効果や安全性を調べているんだ」



「その治験者をリストにまとめ、図書館に保管したわよね……なぜなの?」


「二年前、俺たちは潰されかけたんだぜ。そんな物を手元に置いておくと、危険なんだよ」


「アルテミスが盗んだのか?」


 彼は、図書館から治験者リストが盗まれたことを知っていた。彼の情報網は侮れない……


 もしかして、図書館にいた護衛兵は、彼の変装か?


「燃やされた……」


 私の顔に、悔しがる表情がでてしまった。



「襲撃の時、耳障りな高音を出したのは、貴方ね?」


「まさか、あの犬笛が聞こえる人間がいるとは思わなかったな。残念だが、俺ではない」


「犬笛? あの耳障りな高音のこと?」


「そうだ、気が付いているんだろ、深層魅了の引き金だ」


 護衛兵たちを狂わせる引き金は、あの高音か。



「物的証拠や、証言を集めているの。協力して」


「俺は、命が惜しい。この王国に不満でもあるのか?」


「不満があるのは貴方でしょ。外国を漫遊して、何を探しているの?」


「独身男が、いい女を探しているのさ」


 ウソだ。彼の眉毛がひくひくと震えている。



「執行聖女なら、すぐに悪人を潰せるんだろ?」


「簡単に言わないでよ。だろうじゃダメなの。私が、明確に悪だと認識しないと、執行できないの」


 私は厳しい修行で、人の善悪を見分ける能力を得たが、この王国では、周囲の人たちを納得させる材料が必要だ。


「でも、国王に害なすものは、徹底的に潰します」


「怖いな。強く大きな力に逆らわずに戦うのが、アルテミスの技じゃなかったか?」


「逆らわずじゃなくて、利用するの。倍返しするのよ」


「そのメイドグローブの下、暗器のナックルが隠されているのにか」


 彼は、執行聖女のことを、よく知っている。私の国にも行って、調べたようだ。



「正面から戦いを挑んだチョビ侯爵、腰ぎんちゃくになったピエール侯爵、そして俺は逃げた……」


「外国で面白い魔法陣を見つけた。やるよ」


「試作品だが、異世界の技術らしく、姿を隠せる魔法陣だそうだ」


 水魔法で、ひも状のレンズを作り、体を覆う魔法陣だ。光を拡散させるだけで、完全に隠れることは出来ないだろうが、迷彩効果はありそうだ。



「少年が信じ崇敬した無敵のヒーローが、大人の都合によってあっさりと死んでしまう世界……そんな王国に不満があるから、俺は自分を変えようとしたが……孤独なんだよ」


 彼は逃げていない。少しホッとした。



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