06 幕引き


「襲撃を未然に防げなかったか」


 国王の口が重い。


 いつもは派手な雰囲気の国王執務室も、空気が重く沈んでいる。今は、国王と私の二人きりで、少し緊張を緩めている状況なのに。



「申し訳ありません」


 私は、襲撃を防ぐ責任者ではないが、国王を危険にさらした責は負わねばならない。



「いや、アルテミスを責めているわけではない」


 国王に届いた報告では……


 救護室の少し硬いベッドで横たわる伯爵は、命に関わるキズではなかったが、口を閉ざしたまま、何も答えないそうだ。


 投獄された男爵は、何も記憶がないと、喚き散らしているそうだ。


 そして、狂った護衛兵や貴族たちも投獄されたが、会場での記憶はないそうだ。


 不思議なのは、公爵と聖女に、ケガひとつないという事だ。まるで、襲撃内容を知っているかのように、会場から逃げ出せていた。



「集団を魅了したことから、犯人はS級魔導士だと思われます」


「しかし、会場の中にS級魔導士はいませんし、そんな膨大な魔力も感じませんでした」


 私の考えを国王へ報告する。



「ただ、集団が魅了される直前、私には、耳障りな高音が聞こえました」


「耳障りな高音? 聞こえなかったな」


 現場にいた近衛兵にも聞いたが、私以外には聞こえない高音だった。


「それが引き金になる『深層魅了』だと思われます」


「深層魅了? 聞かない言葉だな」


「何らかの方法で、自分自身が認識できない深層へ、魅了魔法を隠しておき、引き金によって発動させる禁呪であります」


 そう、「禁呪」である。


 クーデターや集団テロなどの組織的大規模犯罪に使われる恐れがあるため、一般には知られていない技術である。一説には、異世界から来た技術だと言われている。


「隠すための何らかの方法とは?」


「不明です。今後は、そこに焦点を当てて捜査することに致します。まずは、伯爵と男爵を尋問する許可をください」


「分かった、許可する。くれぐれも、危険のない範囲で行なうのだぞ」


 国王の心遣いが、身に染みる。



  国王とは、王立学園の高等部の同級生だ。


 私は友好国からの留学生であり、何も分からない私を気にかけてくれ、卒業後の王宮メイドの職を世話してくれたのも、彼だった。


 二年前、彼も流行り病にかかってしまった時、私が闇属性魔法で治癒したことから、私たちの距離は急速に縮まった。


 彼は、十九歳という若さで国王という地位に就き、激務をサポートして欲しいと、私を専属メイドとしてスカウトした。


 専属メイドは、通常のメイドのように生活をサポートするのではなく、特殊な仕事を担当する、いわば便利屋だ。


 友好国で、中等部まで執行聖女になるために修行したが、まさか、メイドになるとは思っていなかった。


 彼のスカウトが無ければ、今頃は、友好国からもらった聖女の称号で、諸国の教会や聖堂をめぐって、布教活動をしていただろう。


 ◇


「コンコン」国王執務室の扉がノックされ、近衛兵が入ってきた。


「国王陛下に緊急の報告です。救護室で治療中の伯爵様と、投獄中の男爵が、息を引き取りました」


「!……」


 犯人へと、つながる糸が切れた。


「詳細は調査中ですが、刺客の仕業だと思われます」


 やられた……王宮に忍び込んだ犯人は、よほどの大物だ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る