第2話:強きをくじきたいからこそひねくれてしまうのかもしれない

*ある日とつぜん




 人が変わる瞬間しゅんかんはいつだって唐突とうとつに見える。




 昨日話した話題によって。

 またはずいぶん昔のやり取りで。





 何度も何度もくり返していくうちに頭の中では「おりたい」と分かっていても、思う通りに動けない。




 そして周りは「動け」と命令してくる。




 嫌になる。

 およげ!たい焼きくん?




 ふん。

 くり返してしまうが嫌になっちゃうよ。








 済役留瑛すみやくさついは今日も報告書とにらめっこしている。





〝よこしま〟と呼ばれる謎の生命体たちが『人間の依頼いらい』で人間を始末しまつしようとしている。





 この前穴刀あなーとと名乗っていた〝よこしま〟から標的ひょうてきを守ったが〝よこしま〟たち生命体は完全に仕事として人間や他の生き物と共存きょうぞんしている。




 穴刀あなーとが他の仲間と連絡していたところから推測すいそくすると、あの場にまだ〝よこしま〟がいたのかもしれない。




「めずらしいな。留瑛さつい調査資料ちょうさしりょうを調べてるなんて」




 声をかけた男性は梓橋光凛あずさばしきやるだった。

 年齢ねんれい済役すみやくのひとつ上で20歳。




 マイワンワーズメンバーでいちばん多く話す人物だ。




治安維持ちあんいじのためとはいえ今まで〝よこしま〟からねらわれた人間の保護がなかったのに今回は頼まれたのは理由があるのかな?と思ったからさ」





 勘違かんちがいされやすいがマイワンワーズの活動と治安維持ちあんいじたの上層部じょうそうぶの考えは別だった。





 かといってマイワンワーズは組織そしきの犬じゃない。




 マイワンワーズが独立どくりつするにはまだやることが多すぎた。




 だからこそ重い腰をあげて調べる。

 また人間社会からしいたげられている者たちが減るように願いながら。





 梓橋光凛あずさばしきやるはそんな済役すみやくを心配してきたのかからかいにきたのかわからない。

 彼は資料を音読する済役すみやくにまた声をかける。






「〝よこしま〟たちの動きは依頼者いらいしゃからもれないように封印術ふういんじゅつが仕込まれている。 それがなぜか術が解かれた一部の情報がリークされて済役すみやくや俺たちマイワンワーズに伝わっている。 もしかしたら次は罠があるかもしれない」





 光凛きやるうたがいはもっともだった。

 それでも済役すみやくの意思は変わらない。

 開いた資料をもとの本だなに戻して彼の目を見て言いはなった。





「俺が人を助けたのは仕事だとか自分の気持ちを優先したわけじゃない」





 梓橋光凛あずさばしきやるはパンとコーヒーを済役すみやくにさしだす。





「今回は俺も手伝うよ。 歳下ばかりにいろいろと押し付けるのは嫌だって上層部には言ってるんだけど『まだはやい』ってガキあつかい。 成人が18歳に引き上げられたけどぶっちゃけ20歳でもそれ以上でも、大人な判断をもってる人ってあまりいない気がしない?」





 というわけで梓橋光凛あずさばしきやるを付け加えて済役すみやくたちは外で休憩をとることにした。





 梓橋光凛あずさばしきやるのやわらかい付き合い方は荒れる毎日を送る済役すみやくにとっていやしになっている。





「ありがとう。 俺としたことが気張ってたなんて」




 たがいに肩を組みながら笑って書庫しょこから出ていった。






 一方〝よこしま〟たちは穴刀あなーとが前回の仕事に失敗したので別の依頼へと逃げていた。




「お次はいじめられっ子か。 人間は自分を被害者ひがいしゃポジションにおいて他の人間をつぶすのが好きなみにく連中れんちゅうだ」






 それなのに前回邪魔じゃましてきた坊主ぼうずも依頼があったとはいえしっかりターゲットを守っていた。






 なぜそこまで違うグループの人間を。

 どうせ俺たちと同じ金が目的なのかもしれないが。

 穴刀あなーとは心の中で人間と同じ目的で生きていることに髪の毛がさかだつようないらだちを覚える。





「ここでへこんでいる場合ではない」




 是助げせーわか。

 カメラかまえてずっと穴刀あなーとの失敗をくりかえし見せつけてきたくせに。口調でごまかしているんだよなあ。

しめった性格を。






幸刃にせーばから連絡がある。 ここから抜けると」





「それ前から聞いてた。 報酬ほうしゅうは俺たちに支払い続けるから依頼をよこせって。 ここ数ヶ月は電話でもめてる」





穴刀あなーと。 俺たちの目的は競合相手きょうごうあいてを減らすこと。 まずは人間を少しずつ減らしてもうけることを優先する。 幸刃にせーばのガラの悪さは知ってるよな?」





 いやというほど。

 かといって好きになにかやれるほど熱中できるものがあの野生児やせいじにあるとは思えない。





 だから仕事ととしての組み合わせは最悪だ。

 戦闘せんとうは強いが。






 是助げせーわ最低限さいていげんの報告をしたとばかりにイスにすわり写真を見せた。





大口おおぐちれいか。 今回のターゲットだ。 かわいそうに人間のいじめの標的ひょうてきだ。そして俺たちにもマークされる。 今回もマイワンワーズがやってくる可能性もあるし陽動ようどうはたのんだぜリーダー! 」





 こういう時だけリーダーあつかいか。

 治安維持組織ちあんいじそしきのひとりとはいえ穴刀あなーとが人間に負けたことがよほどくやしいらしい。





 へんなプライドは共有きょうゆうされているから人間に〝よこしま〟と名付けられ満更まんざらでもない自分たちが嫌になる。






 まあいい。

 是助げせーわ撮影技術さつえいぎじゅつがあれば充分おつりはくるしな。





 穴刀あなーとが今回はサポートにまわり、是助げせーわがメインとなる。






 無事に終わればいいが。









 マイワンワーズたちはさっそく裏情報うらじょうほうとして〝よこしま〟たちのリークされていた情報から人助けへとむかう。






 休憩後に依頼があり、ある女子生徒を探していた。

 くわしくはせるがいじめ問題による悩みをかかえているらしく学校か生徒かはわからないようにマイワンワーズに依頼があった。






〝よこしま〟の狙いはいじめ加害者ではなく被害者。

 情報を手に入れた俺たちは先回りして学校や近隣住民きんりんじゅうみんにことを大きくしないよう慎重しんちょうに聞き込みをした。






「飛び込み愛?」





 どの時代でもうわさ好きな人たちはいる。

 ダメ元で学校付近に住む女性たちから話を聞いてみたら変わった言葉を聞くことが出来た。





「そうなのよお。 ほら偏見へんけんかも知れないからあんまり言いたくないんだけど、今って生きづらいじゃない? 家庭環境が悪いってある中学生カップルが学校やSNS?でいいふらして授業妨害じゅぎょうぼうがい。 なんども屋上へのぼっては二人で死のうとしてるみたいなの」






「しかも学校ってねえ…。 これも大きな声で言えないけど親身になって話を聞いてくれる場所ではないじゃない? おばちゃんたちも何度も子供たちを育てている時にはほーんとに嫌な目にあったものよお。 だからドラマチックに死にたいのかしら。 いじめがあるって話だけど男の子がいじめられてる彼女をひとりで守っているって。 こんな内容はフィクションだけにしてほしいわあ」





 その後に女性たちは「私たちに出来ることは憶測おくそくをあなたたちのような善人ぜんにんに伝えることだけ」といいながら罪悪感ざいあくかんがまじったため息がこばれていた。






 梓橋光凛あずさばしきやるは商品券を女性たちにわたした。





「いろいろと考えていただきながら情報ありがとうございます。 その商品券があれば無料で出来たてのパンを食べられます。 期限きげんも来年までですからゆっくりと楽しんでいただけると幸いです」






 二人はいそいで学校へと向かう。

 端末たんまつを使ってマイワンワーズのコネがある教師へと連絡した。





報酬ほうしゅうは振り込んでおいた。 例の発狂はっきょうカップルを説得せっとくする。 俺たちの入居許可にゅうきょきょかだけスムーズに頼む」






 梓橋光凛あずさばしきやるの仕事人として見せる一面いちめんは女の子にモテる顔だけじゃない。






「じゃ、助けるか!」






 言うはたゆすい。

 それでもやるんだ。

〝よこしま〟や他の人間たちに二人のカップルが送る日常を邪魔じゃまさせないために。









 俺たちは問題を解決してくれる人間と特別に許可されて学校内をめぐる。





 おそらく例のカップルはまた死のうとしているのかもしれない。





「気を悪くしたらすまない。 留瑛さついはたしか過去に友をなくしていたっけ。 いくら接点せってんがないとはいえつらい現実をつきつけられるかもしれない。 それでもいいのか?」






 気をつかってくれるのはいい。

 それでも俺は同じあやまちをくりかえすつもりない。






「〝よこしま〟も関わっている以上はなにかある。 光凛きやるが手伝ってくれるとは思わなかったから一緒に行動してくれるだけ感謝してる」






 屋上近くへすすむと二人の中学生男女がメガホンで何かをさけんでいる。





「この学校はいじめを隠蔽いんぺいしてます。 しかも自分たちが食うためだと開き直ってまで。 お前らはそうやっていつまでもいすにはりつけられて勉強して見て見ぬふりで幸せだと思ってるのかよ」





 彼女らしき女の子はずっとさけぶ男の子の手をにぎっている。






 そして黒い影がやってきた。

〝よこしま〟か。

 しかも二人。

 やはり他に仲間がいたか!





「へえ。 マイワンワーズもちゃんとかぎまわっていたのか。 穴刀あなーと復讐ふくしゅうの時だ」





 するとまっさきに二人へとびかかる光凛きやるが見えた。





 穴刀あなーとかたなをおさえつけてもう一体の〝よこしま〟の首をつかむ。





「細い身体かと思っていたがよく見るときたえられている。 しかも常人よりもはるかに」





観察眼かんさつがんが素晴らしいのはいいね。 あの二人のうちどちらかを殺そうとしてなきゃ一緒に行動したいくらいだ。 もっともその場合カメラは没収ぼっしゅうさせてもらうが」





 穴刀あなーとがいつのまにか光凛きやるを振り切り俺へと攻撃する。





「あんたとの戦いは後回しだ」






 後は頼む。

 光凛きやるがもうひとりの〝よこしま〟と戦っている間に屋上へ向かった二人の中学生男女を追っていった。






 追ってくる穴刀あなーと三日月蹴みかづきげりをおみまいしてひるませていく。






「俺たちはプロ、または有段者ゆうだんしゃだ。 分かったらさっさとひけ!」






 おおかた〝よこしま〟は中学生男女の未来を知っている。

 いや、さっしている。





 なおさら止めねば。

 屋上へ向かう俺の足はとまらず中学生男女を探す。






 すると中学生男女は肩を抱き合いさくを壊して飛び降りようとしていた。






「俺もちょっと前までは壁やガラスを割ってた学生だったんだぜ」






 突然とつぜんの声におどろいたのか二人はこちらをふりむいた。






教師きょうし? いや、大学生? これから死ぬ俺たちになんのようだ」






 現実は残酷だ。

 前は人を救えた。

 でも今度ばかりは冷や汗が出る。






「まずさ。 数え切れない理不尽りふじんを口に出してくれ。 その方がはやいから」






 女の子は男の子の胸に顔をうずめる。

 男の子はだまって女の子をなで、俺には強めの口調で全てを打ち明けた。






「何でもかんでもうばってくるくせに金だ幸せだぁ? 何人の友が死んだと思ってる? 俺はもううばうやつらになにもしない。彼女だけははなさないと決めたんだ。 お前たちなんかにわかるものか!」





 はやくも俺は過去と向き合う必要があった。






 かつての友は自宅マンションから飛びおりた。

 俺はその時も彼を目の前まで助けられそうだと過信かしんしていたから説得せっとくが下手すぎた。






 止めてほしいかどうかはわからない。

 でも大事なのは自分の話ではなく俺の言葉を友の言葉に変えて伝えればよかったんだ。





 変な説教せっきょう自己啓発じこけいはつ影響えいきょうされて借り物で強めの言葉で責めることをするべきではなかった!





 今回も助けられないのか!





 もうひとりの〝よこしま〟はカメラをかまえていた。

 悪趣味あくしゅみな〝よこしま〟だ。




「おれは人間じゃないからマスコミだのなんだの悪口を言うなよ? 標的の死亡確認までが仕事だ」





 ランカークラスの光凛きやるをふりきっただと?

 見たところ穴刀あなーとほどの戦闘力は感じなかった。





 やはり人間相手ではないからこそ警戒けいかいすべきだった。





 そして穴刀あなーとが刀を落とさないようにさやの持ち方を変えて不意打ちを食らわせる。





 運良くよけれたからいいものの危なかった。





 そして穴刀あなーとの顔面に一撃を加えた。





「くっ、くそ! またか」





 俺は状況を理解できていない中学生男女の方へむかう。





「くやしいその気持ちをかかえたまま、二人でずっと社会と戦ってきたのかもしれない。 その苦労を他の人に理解りかいされなくても聞いてくれる誰かがいればよかったのかもしれない。 俺が二人のいじめをとめる」





「かっこつけやがって! 部外者ぶがいしゃに出来るわけがない!」






 光凛きやるがカメラをもつ〝よこしま〟をおさえていた。





 まさか読まれていたなんて。

 相変わらずひとりでは誰も助けられないと思い込んでいた俺はさらに二人の言葉に変換するよう考えた。





「目の前にいる化け物のカメラを使えばいじめの全貌ぜんぼうが明らかになる。 全国ネットで配信されても現実は変わらないかもしれない。 それでも二人はどうする? 優しくない世界で生きていくとしたら?」





 二人はさくからはなれて飛び降りをやめてくれた。





 頭で知っているのかもしれない。

 このままでは何も解決にならないかもしれないと。





「俺たちは無策むさくでここで来たわけじゃない。 前々からうわさがあってね。 いじめの確信かくしんにいたる証拠しょうこもありながら身動きがとれなかった。 君たち二人の話やこれからの未来を、信じてもらえなくても聞かせてもらえないかな」






 正しい行動こうどう言動げんどうかはわからない。






 それでも聞くんだ。

 聞いてみる姿勢しせいになるんだ。






穴刀あなーと悪い。 今回は楽だと思ったのに」





「ふん。 そんな日もある。 ずらかるぞ」





 分が悪いと感じたのか〝よこしま〟たちは姿を消した。





「誰も俺たちの話を聞こうとしなかったのに。 れものみたいにするだけで…俺たちはただ…普通の…中学生活を送りたかっただけなのに!」






 男の子は屋上の壁をこぶしで殴った。

 女の子も疲れたのか屋上の床に座り込んでいる。





「実はいじめ解決についても依頼いらいがあってさ。 もちろん今後もそういったことがあるかもしれないから気持ちや力でどうにもならないことは知っておく必要はある。 で・も。 それだけじゃない。 若いうちはたくさん食べないと」





 光凛きやるはどこから持ち出してきたのかまた商品券を二人に手渡てわたした。






「二人がもし気力があるのなら無料でトレーニング付き合うよ。 それにパンもあるし」





 さっきまでくやしそうにしていた男の子と女の子は涙と喜びが一緒になり、光凛きやるにお礼を言っていた。





「「ありがとう、ございます!」」





 俺には何もなしか。

 また伝わらなかったのかな。





 それでも思い上がるよりましだ。

 二人を助けられた。

 自分だけの力ではなく。





留瑛さつい。 かっこよかったぜ。 二人はお前を信じるってさ」




 え?





「正直まだ解決には遠いと思う。 他に困っている人たちが多いのもインターネットで見たから。 でも俺や彼女、そして俺たちの問題は小さくわけるしかない。それと俺たちはあんたと話したい!」





 今日出来ることはした。

 届いたのかどうかは保留ほりゅうにする。




 マイワンワーズとして。

 済役留瑛すみやくさついとして二人を守り続け、社会と戦うことにした。





「ありがとう光凛きやる光凛きやるがいなかったら何も出来なかった」






 光凛きやるは目もしっかり笑いながら俺をなでた。






「誰もひとりで乗り越えろなんていってない。 最終的に自分の絶望を乗り越える場合はひとりというだけで。 今回もこうした助けられた。 俺はそんな留瑛さついを見届けられて幸せだよ」





 俺たちはこぶしを合わせて笑い合う。

 さて、この状況を学校にどう説明しようか。






 それもまたじっくりと処理しょりすることになった。







「人間も一筋縄ひとすじなわではないか。 ほんとやっかいな競合きょうごう相手だ。 そろそろ俺も〝よこしま〟としての仕事をはたすか」




 そして別の思惑おもわくもしずかに動き始めることになる。

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