第3話 五目ごはんとナスの味噌汁

「どうもー、野人太郎です。野人太郎の原人ライフはじまりまーす!ウホウホ」


カチカチッ


 パソコンの前に座って、もう10時間が経っていた。最初はただの暇つぶしで始めた動画投稿。しかし、投稿したコンテンツがキャンプ関連だったこともあり、キャンプブームと外出自粛で家にこもる人々が増えたことが幸いしたのか、気づけばチャンネル登録者数は数万人に達していた。動画を投稿するたびに増える登録者数と再生回数、そして何より視聴者から寄せられる応援コメントが、その時期の自分にとって何よりの癒しとなっていた。


 チャンネル登録者数が5万人を超えたころ、そこそこの広告収入が入るようになり、キャンプギアを提供してくれる企業も現れ始めた。エントリーシートに自分を偽って書くことが馬鹿らしくなり、ユーチューバーとして活動する決意を固めた。


「熱っ、熱っ!でもうめー、ウホウホ!」


 焼きたての山女魚を頭からかじる自分の映像を見ていると、急に空腹を感じた。


―そういえば、作業を始めてから何も食べてなかったな。


 動画編集をしていると、誰にも会いたくなくなる。それは、宅配の人とのわずかな受け渡しの時間さえも煩わしく感じるほどだった。画面に向かい続けるうちに、外の世界との接触がだんだんと面倒に思えてくる。


―自分で編集するのも、そろそろ限界かな…。


 ユーチューバーとして本格的に活動することを決意し、動画編集を学び、10万円近くする編集ソフトを使って作業をしていた。コンテンツのクオリティーが上がるにつれて、登録者数や再生回数も増えていったが、10万人まであと少しというところで伸び悩んでいた。


―外注して、投稿数を増やすか…。


 デスクを離れて冷蔵庫を開ける。中には、ミネラルウォーターのペットボトルが数本と、溶けるチーズが少しだけ入っているだけだった。


 ふーっと小さくため息をつき、クローゼットを開ける。そこには所狭しと詰め込まれたキャンプ用品がぎっしりだ。それをかき分けながら、フリーズドライの食品を探す。見つかったのは五目ごはんとナスの味噌汁。キッチンに戻り、キャンプ用のケトルでお湯を沸かした。フリーズドライ食品にお湯を注ぎながら、ふと考えた。


―なんでこんなもん食べないといけないんだ?


 最近は案件でキャンプ場に行くことが多く、地元食材のPRやキャンプ場が提供する料理や食材のプロモーションを行うため、食べるものも事前に決まっている。


 五目ごはんの袋を開け、乱暴にスプーンでかき混ぜて口に入れた。


「熱っ!あ、でもうま!」


 さっきまで見ていた自分の動画と同じリアクションを取ってしまい、少し腹が立った。五目ごはんは、インスタントとは思えないほど具材の食感がしっかりしていて、ふっくらとしたご飯には出汁がよく染み込み、噛むほどに米の甘みが口いっぱいに広がる。


 次に味噌汁をひとくちすすると、こちらも出汁がしっかり効いていて美味しい。柔らかく、しっかりと出汁が染み込んだナスも絶品だった。


「あー、キャンプ行きてぇ」


 —そうだ!今やってる動画の投稿が終わったら、キャンプに行こう。自分が純粋に楽しむための、案件じゃないキャンプに。


 残りの味噌汁を飲み干すと、久しぶりにワクワクして、心の底から楽しい気持ちが湧き上がってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る