オッチャンは、カブトムシを売っていた!

崔 梨遙(再)

1話完結:1100字

 小学生の頃。



 学校の通学路に、子供相手の物売りのオッチャンが時々現れた。先生は、そういう物売りのオッチャンがいても近寄っちゃダメ! と言っていた。まあ、物売りくらい大丈夫だと思うのだが、先生は生徒のことを心配するのだろう。“知らないオジサンについていっちゃいけない!”みたいなものだ。



 或る日、道端に小学生の人だかりが出来ていた。近寄って覗き込むと、


「カブトムシ! 100円」


と段ボールに書いてあった。めっちゃ大きな虫かごの中には、無数のカブトムシが入っていた。それにしても、100円は安い。オッチャンが自分で幼虫の頃から育てたとか? 何か安く出来るカラクリがあるのだろうか? よく見ると、“かご付200円”とも書いてあった。


 と思ったら、そこで気付いた。カブトムシにしては厚みが足りない。そして漆黒のその姿は……! ゴキブリだ! オッチャン、ゴキブリの頭に接着剤で角をつけて売っている。驚愕の真実! 僕は開いた口が塞がらなかった。小さな虫かごも一緒に売っている。小さな虫かごにゴキブリを入れて売るのか? 売れるのか? 


 僕等高学年は全員それがゴキブリだと気付いていた。それなのに、何故だろう? 誰も“それ、ゴキブリやないか!”とは言えなかった。オッチャンの無言の圧を感じたのだろうか? しかし、低学年の子達が、


「オッチャン、買うわ!」

「俺、2匹!」

「俺、3匹!」


と、買っているのだ。買ってる-! 買ってるよ! おい!


 低学年の男の子達は、買ったカブトムシ? を手の平に乗せて楽しんでいる。おいおい、ゴキブリを手に乗せて喜んでるよ! ゴキブリと戯れてるよ! 誰か言え! 誰か言ってあげてくれ! “それはカブトムシじゃない、ゴキブリだ”と。


 だが、なかなか勇者は現れない。僕が帰ろうかと思った時、声が聞こえた。


「これ、ゴキブリやんけ!」


いた! 勇者がいたのだ。その勇者が誰だったのか? わからなかった。勇者の発言の後、場は静まりかえり、次の瞬間、


「うわー!」


と、大騒ぎになった。手の上に乗せて遊んでいた子達も、カブトムシ……じゃなくてゴキブリを振り払っていた。みんなが騒いでいる間に、オッチャンはスーッと逃げようとした。


「オッチャンが逃げるで! 逃がすな!」


 また勇者の声。低学年の子等が“お金返せ-!”と追いかけて行った。だが、大人の足の速さにかなうわけもなく、金を払った子等は泣き寝入りとなった。



 しかし、被害を最小限にとどめた勇者は偉いと思う。勇者が誰だったのかわからないが、僕はあの時の勇者に会って話をしてみたい。っていうか、ゴキブリに角を付けてカブトムシと行って売るか? その度胸は賞賛に値するかもしれない。







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オッチャンは、カブトムシを売っていた! 崔 梨遙(再) @sairiyousai

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