家庭のプチ罪

ちびまるフォイ

お互いしか見えないふたり

「うちでもプチ罪をしようと思うの」


「なにそれ」


「テレビでやってたのよ。

 今、夫婦の間で罪を決めるのがはやってるって」


「ふーーん。勝手にすればいいよ」


夫はそんなことよりもテレビの野球中継のほうが大事だった。

翌日。仕事から帰ってきた。


「ただいま。今日もつかれたよ……」


「ちょっと」


「なに? 早く風呂はいりたいんだけど」


「靴下ぬぎっぱなし! プチ罪よ!」


「はぁ?」


夫は昨日の話なんかすっかり忘れていた。


「靴下ぬぎっぱなしの罪は、

 300円の罰金もしくは30分の懲役」


「な……まさか昨日のプチ罪ってこれか!?」


「というわけで、30分待ってもらいます」


「えええ!?」


夫はクローゼットに押し込められ、

風呂にも入れず自分の加齢臭と向き合う地獄の時間を過ごした。


30分後。


「どう? 少しは反省した?」


「ああわかったよ。悪かった。

 今度から脱いだ靴下はちゃんと洗濯機にいれるよ」


「なお、靴下を裏表かえしたままいれると

 プチ罪になるから気をつけて」


「それもあるのかよ!」


すでにプチ罪の数はゆうに100を超えていた。

それだけ妻が夫に対する改善は多いのだろう。


風呂からあがってからもプチ罪は止まらない。


「濡れたままの足で歩くのはプチ罪!」


「トイレの便座あげっぱなし! プチ罪!」


「見てないテレビをつけっぱにするのは罪!」


「子供の話を聞かない! プチ罪!!」


もろもろが合計されて罰金1万円とクローゼット懲役2時間となった。

これには夫もさすがに限界。


「おい、俺ばっかり不公平じゃないか?」


「それだけあなたに改善すべき点があるのよ」


「君だって完璧じゃないだろう?」


「だったらあなたもプチ罪を決めればいいじゃない」


「よーーし、もし君が違反したらプチ罪だからな」


「ええもちろん。そうしてお互いに改善をして

 より良い家族を作れるのが理想ね」


夫はプチ罪が書かれた「家庭法律全書」に項目を書き足した。

その内容に妻はキレた。


「ちょっと! なんなのよこれは!」


「見ての通りプチ罪だ。

 それに君はすでに違反しようとしている」


「どれよ!?」


「キーキー高い声でわめきちらすのはプチ罪だ。

 冷静で理論的な会話ができなくなるだろう」


「それもう私自身の否定じゃない!」


「はいプチ罪ぃ~~。罰金150円もしくは懲役5分」


「こんなのむちゃくちゃよ!」


「これからは、俺が帰ってきたとき

 玄関にいないのはプチ罪だからな」


「なんでよ!」


「家庭に金を入れている夫が帰ってきて、

 それを感謝もせず当たり前に過ごす。

 そんな雑な扱い、プチ罪に決まってるだろ」


「はあ!?」


「あと、必ず俺が飯を食うときは

 作りたて以外を提供するのはプチ罪だから」


「なんで、あなただけ自分がいい思いをするために

 プチ罪を勝手に作ってるのよ!」


「お互いを改善しようと言い出したのは君じゃないか!」


「私のほうだけ偏ってておかしいじゃない!

 なんで私の方だけ、罪じゃなくてあなたの理想ばかりなのよ!」


「君だってそうじゃないか!

 靴下を脱ぎ捨てるなとか罪にしてるだろう!?」


「それはあなたが悪いことをしているからじゃない!

 私はなんの悪いこともしてないのに、

 今以上の要求をプチ罪にされるなんて理不尽よ!」


「こっちだって毎日仕事がんばって帰ってきて、

 今以上の要求をプチ罪にされてるんだよ!

 俺の安息の地はいったいどこにあるんだ!」


「なによ!!」

「なんだよ!!」


夫婦はお互いでにらみあった。


かつてはお互いの顔を見つめては

好きだよとか愛しているとか言い合っていたその距離感。


今では鼻先がぶつかれは一触触発となるほど

お互いがお互いを憎み合っていた。


「あなたがそんなに自分勝手な人だと思わなかった!」


「君がこんなに身勝手でわがままだと思わなかったよ!」


「ああもういいわ。別れましょう」


「ああもちろん!

 こんなヒステリック自己中なんかごめんだ!」


「私もこんなモラハラ時代錯誤男なんかに

 大事な人生の時間を取られたくないわ!!」


「離婚よ!」

「離婚だ!!」


ふたりが大きな声をそろえて叫んだ。

そのやかましさに別室で寝ていた子供が寝ぼけてやってきた。


漏れ聞こえていた一部の会話を聞いて、子供はふたりに尋ねた。



「ねえ、りこんって、プチ罪になるの?」



二人は仲良くクローゼット懲役3時間となり、

その狭苦しい監獄で離婚の取り消しを決めた。

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