第2話

【繭】いつでもひとりぼっち。寂しいな。寂しいけれど、前を向いて歩いていかなきゃいけない。生きるって難しい。

【虎徹】毎日を強く生きようとしている繭は素敵だと思う。ひとりぼっちじゃないよ。寂しくなったらここに来たらいい。ここにはきみの味方がいる。遠く離れていて顔も知らなくたって、いつでもきみの幸せを願う人がいるよ。


思いついたことを気ままに書いておけば、誰かが私の言葉に触れてメッセージをくれる。それは私にとって何よりも救いだった。ボンヤリと光を発する無機質なスマホが、私と遠くの誰かをポカポカと温かい線でつないでいる。それは私にとって何よりも心強いことだった。


【虎徹】手をつなごう。暗闇に一人放り出されて心細くて潰れそうな時には、手をつなぐイメージを浮かべてみて。その柔らかくて温かいイメージがきみと僕をつないでくれる。遠く離れていたって関係ない。きみと手をつなごう。

【繭】じっくりと時間をかけてイメージしてみました。それだけでなんだかホッとしました。イメージの中でつないだ手の感触、寂しい時に思い出してみようと思います。


私は虎徹が紡ぐ言葉が好きだった。たった100文字。虎徹はその100文字に不思議な魔法を込める。読んでいるだけで心地よくなったり、ワクワクドキドキと胸が高鳴ったりする。私はいつしか、虎徹が日記をポストするのを待ち遠しく思うようになっていた。


【繭】爆発してしまいそう。本当にいつか楽になるのかな。このままじゃいけない。でも、どうしたらいいのかな。今は毎日が苦しい。きっといつか……

【虎徹】必ず雨は止むし必ず夜は明ける。今をどうにか脱却して高みを目指そうとする繭はすごく強いね。大丈夫。焦りは心の負担になることもあるから焦らずにね。ジタバタせずゆっくりとその時を待ってみるのもアリだと思う。


このサイトが無かったら、私は私の心を支えきれなかったかもしれない。

弱くて醜い心の内を言葉にしてぶちまける。誰かが寄り添ってくれる。その繰り返しで私はどれだけ救われただろうか。あの日倒れ込むようにしてこのサイトに辿り着いて、本当に良かったなぁとしみじみ思う。


【虎徹】きみのことが気になって目が離せない。好きだなって思ってしまった。だけど、きみは僕の気持ちにきっと気付かない。気付くわけがない。だって僕たちは同性だから。想いは風に溶けてフワリとかき消えてしまいそう。

【繭】好きって気持ちはどんな物質よりも綺麗なものだと私は思います。性別とかって、あとからついてくるものであって、「その人だから好き」っていう気持ちが一番最優先。人を好きになるってそういうものなのかも。


リアル世界での困難な日々は続いていく。寂しくなったら『100カラットダイヤリィ』に逃げ込む。そうやってバランスを取りながら私は、砂を噛みしめ足を引きずり息を切らして毎日を歩いていく。

「自分は平気だよ」って顔をして毎日を生きている人たちだって、もしかするとたくさんの悩みを抱えながら必死で生きているのかもしれないな。「平気なんだ」って澄ました顔をしながらも、本当はみんな平気じゃないのかもしれない。私がこのサイトに逃げ込むみたいに、世の中の人もそれぞれの逃げ場所を持っているのかもしれない。そんな風に思ったりもする。


+++


【虎徹】その図書館は高い高い天空にあって、屋上庭園は空とひとつなぎ。僕はいつだってこの場所に寝転がって空を眺めている。空はとても不思議で、遠くにいる誰かと僕をつないでいる。世界はどこまでもつながっているのだ。


虎徹はどんな人なんだろう。どんな顔をしていて、どこにいて、どんな景色を見ているのだろう。

虎徹の目にはどんな空が映っているのだろう。

虎徹のポストに登場したいくつかのキーワード。いつのまにか私の指が、スマホの検索窓にその鍵を放り込んでいた。

「図書館、螺旋階段、空中庭園……」

空中庭園や螺旋階段のある図書館なんて、珍しいんじゃないだろうか。案の定、あまり多くの情報はヒットしなかった。

検索結果とともにいくつかの画像がピックアップされる。都心の屋上、チャペルみたいな建物、そっけないビル、近未来的な真っ白な本棚、誰かが描いたらしい華やかな空中庭園の絵画……表示された膨大な情報。

さまざまな画像の中のひとつに、なぜか私の目はスウッと吸い寄せられた。

白を基調とした、清潔な雰囲気の校舎だった。大きな建物の屋上。青く眩しい空の下、一面を芝生の緑で彩られた庭園。画像には『聖欧外国語大学キャンパス図書館棟』と記されていた。

(虎徹が見ていたのは、この景色なんじゃないかな)

直感。

なんとなくだけど、きっとそうなんだろうと私は確信していた。



+++



どうしてなんだろう。自分の気持ちがうまく説明できない。自分の直感が正しいなんて保証はどこにもないのに。こんな暴走をしたところで、虎徹がその場所にいて私が都合よく出逢えるなんて確証は無いのに。

虎徹の瞳に映る空を見てみたいと思っただけなんだろうか。虎徹の生活圏に踏み込んでみたいと思っているのだろうか。

いや、違う。私は、虎徹に逢ってみたいと思ってしまったんだ。なぜなんだろう。いつも優しいメッセージをくれることへのお礼が言いたいだけなんだろうか。それとも、虎徹の顔や名前を知りたいのだろうか。それとも……。

自分の気持ちが整理できないまま、私は行動を開始する。朝、母が仕事に出たのを確認してから、一度着用したセーラー服を音も立てず静かに脱ぐ。ワードローブの中から、できるだけ大人っぽく見える服を引っ張り出す。モスグリーンのカーディガンにベージュのブラウス、花柄のフレアスカート。この服装なら大丈夫だろうか。

そっと家を出て最寄り駅へと向かう。天気は晴れ。少しだけ追い風が吹いている。駅までの馴染みの道が、見たこともない風景みたいに思えた。なんだか、海を渡る大冒険に出発したような気分に心が沸き立った。

駅に到着。人混みはあまり好きではないけれど仕方ない。最寄り駅から電車を三つ乗り換えて。県境をまたいで、遠い遠い道のり。こんなに遠い場所まで一人で来たのは初めてだった。ちらちらと湧き上がってくる不安感をグッと押し込め、「焦らない。大丈夫」と心の中で呟いてみた。

やっと座れた三つ目の電車内で、私はスマホを取り出し『100カラットダイヤリィ』にアクセスする。

ドキッとした。虎徹のポストが更新されていた。


【虎徹】世界は空でつながっている。好きな人や嫌いな人、別れてしまった人、知らない風景や逢ったこともない人。全部この空でひとつにつながっている。きみは僕と同じ空の下、何を想い悩み苦しみどこを歩いているんだろう。


心臓が高鳴った。もしかすると虎徹は今、あの空中庭園で空を見上げているのかもしれない。



+++

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