27:魔王オーリンがアオイちゃんになった話(閑話)


 この世界には女神がいた。

 円い星の全地域で一様に知られたものではないが、ザワート大公国などが面するニイダ海沿岸諸国など、多くの国では女神信仰が盛んであった。

 中でも天聖教という女神一神教は多くの国々に広まり、今から千年前には天聖教を国教と定める国がいくつも誕生した。


 天聖教の教義は、年長者を敬え、国家や王に忠誠を尽くせ…など極めて保守的で、権力を維持したい支配者層に都合が良かった。

 ただし、それは教義のおまけに過ぎない。

 ごく稀に女神が託宣を下すその内容は、それぞれの国が力を蓄え、その力によって魔王オーリンを倒せというもの。

 権力者層の安定を求めるのは、人類同士が戦乱を始めるとオーリンへの嫌がらせに支障をきたすという勝手な理由でしかなかった。


 そう。

 女神とは形而上の存在ではない。

 別のどこかの星から流れ着いて、人類を煽動して退屈しのぎを続けている悪意の塊であった。



 「魔王」オーリンは、この星に生まれながらも強大な力を持ち、女神に対抗する存在となった。

 女神はそんなオーリンを、天聖教を通して邪悪な者と認定し、「魔王」と呼んで討伐させようとした。

 しかしオーリンにも支持者は多く、何より彼自身の力は圧倒的だった。

 人類に直接干渉できない女神をよそに、オーリンは周辺諸国を傘下に加え、大帝国を築いたのだ。


 だが、オーリンもまた限界を感じていた。

 今の自分では、女神に対抗はできても滅ぼすだけの力はない。

 そこでオーリンがとった行動は、常軌を逸するものだった。

 このままでは頭打ちならば、別の世界の力を取り込んでさらに成長すればいい。そんな無茶苦茶な考えで、オーリンは何年も準備を重ねた上、行き先不明の転移魔法を発動した。

 転移先で新しい力を得る確信もないままの行動に、当時の側近は半ば呆れながらも、魔王らしいと讃えたという。



 魔王が消えた世界では、女神の逆襲が始まった。

 教会を活性化させてオーリンの大帝国を分裂させ、天聖教を国教とする国々を新たに誕生させた。

 そして、オーリンの拠点であったザワート大公国を共通の敵と定め、滅ぼせと託宣を繰り返した。


 もっとも、大帝国は決して悪政を敷いていたわけではなく、人類の煽動はすぐには成功しなかった。

 また天聖教の教会がやたらと金にうるさく、欲望にまみれた集団だったことも、女神にとっては誤算だった。

 ただし教会が欲望にまみれた原因は、女神自身がそういう者だったからである。

 自分を讃える教会への寄進を求め、金を出さない者は地獄に堕ちると託宣しただけでなく、託宣の依り代となる者は必ず若い美少年に限定し、託宣しながらついでに性欲を発散していたのだ。


 オーリンが修行に出て約五百年。

 ようやく女神の煽動が実り、五ヶ国連合軍がザワート大公国へと侵攻した。

 大公国がまさに滅亡の淵にあった時に、偶然にもオーリンは帰還、あっという間に連合軍を全滅させたのである。



 再び女神と魔王が対峙する時代がやって来た。

 アオイと名を変えた元魔王自身もそう覚悟していたが、その対立は突然終わってしまった。

 女神が消滅させられたのだ。


 元魔王オーリンが、異世界の修業先で出逢った仲間。

 あるいは、山林修行の先達。

 鈴木葵を名乗った元魔王が帰還する直前、訶室樹里という大富豪のお嬢様だった幼なじみ。

 五百年間ともにいた相棒は、元魔王が恐れるほどの力をもち、そして――――、執念深かった。


 独りで勝手に帰ったアオイを追って、樹里は無理矢理に世界を渡った。

 そして渡った先で身体を失っていた樹里は、ちょうどいい容器を見つけてしまった。


 不意を衝かれた女神は、一瞬で樹里に身体を奪われた。

 そして樹里は、何の躊躇もなく女神だった者の魂を破壊した。


 それは女神がこの世界にとっての害悪だったからではなく、アオイを独占する上で邪魔、ただそれだけだった。

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