26:悪霊と仲良くなれるか?


 僕たちの所属するエンストア商会の恐るべき秘密が明かされて、一週間が経った。


「占って進ぜよう」

「結構だ。というか、まだその格好…」

「本当の姿を見せろと言うのかい?」

「いや…そうじゃなくて」


 組合の中身はいろいろ変わった。

 マリ…ではなく樹里様は普通に顔を出して、アオさんに代わって魔法の指導をするようになった。怪しい占い師の格好のままだけど。

 まぁ、本当の姿を見せられたら困る。女神級の美女だし。

 というか、二人のあの偽名に何の意味があったんだろう。途中からアオさんをアオイって呼んでたぞ。


「フォオオオオオオーーーーーー!!」

「キタキタキターーー!!」

「お前らどっか行け」


 カイとマッキーは、伝説の二人に指導を受けて身体強化を完全に覚えた模様。

 いちいちやかましいのは、どうにかしてほしい。


「お、お父様、これでいいですか?」

「やるなぁリン。お前には才能がある」

「だってよー。シモンは困ったねぇ?」

「べ、別に困ってないから」


 親子の再会を果たしたリンは、父と「義母」の指導を受けて次々に新しい魔法を覚えているようだ。

 今は手のひらの上に炎を作る訓練。それだけでもすごいけど、炎の上半分だけ、斜めにずれたように燃えている。

 これは単に魔法で炎を操るのではなく、同時に空間をずらしている。

 ずらす…というのは、樹里様の指先だけなくなったり、僕が拳骨で殴られたあれだ。うむ、殴られたの僕だけって酷くないか?


 あの時は、正直あり得ないと思った。

 すっぱり切断されたとしか見えない腕の断面なんて、二度と見たくない。


「もうちょっと安定しないとダメだな。自分の身体が真っ二つになる」

「その場にいたら、くっつけてあげるよー」

「…が、頑張ります」


 なんか怖い話してるんだが。

 人体真っ二つなんて勘弁してほしい。


 なお、いわゆる炎魔法の使い手はそこまで珍しくない。

 女神が教えた通りにすればいいので、魔力をもつ者が最初に習うようだ。

 一方で、空間を把握する能力は、無自覚に使っている人はいるが本当の意味で使いこなしている人はせいぜい二十人程度だと、樹里様が言っていた。

 その二十人の中に、アオさんと樹里様、リンの母親のレン様が含まれる。ついでに、アオさんには他に二人の妻がいて、どちらも使えるという。


 空間の把握は、空間を切断したり転移できるだけでなく、たとえばダンジョンの中を把握して地図を作ったりもできる。

 そのレベルまで行けば、ダンジョン内の好きな場所へ転移できるというので、リンだけでなく僕たち三人も習っているが、今のところまるで理解できない。

 音や光の認知能力を上げたり、重力を操ったり、空間の把握のためには先に覚えることが大量にある。

 身体強化しかできない僕には遠い道のり。でも無理ではないと言われたら、やるしかないだろう。


 リンだけ先に進んでいるのも、彼女が幼い頃から魔法を習っていたからだ。

 たった一ヶ月習っただけの僕が羨んでも仕方ない。


「まぁとりあえずお前はレンに追いつけ」

「お母様に…」

「お義母様にも追いつこうねー」

「無理です」

「即答!?」


 お母様とお義母様をどうやって聞き分けてるのか謎だ。

 樹里様に追いつくのは…、無理だよな。

 リンの母親のレン様でも難しい気がするけど、まぁリンには頑張って欲しい。


 ちなみに樹里様の話では、レン様一人でもタイゾウダンジョン最深部まで攻略できる。つまり、ここで活動する全冒険者が束になっても勝てない強さだ。

 で。

 アオさんと樹里様は、自分たち以外で最強の人類がレン様だと知った上で、ギリギリ攻略できる難度で造り直したのだ。

 その結果、冒険者は未だに二十二階までしか進めていない。


 アオさんと樹里様の実力は……、考えても無駄だと思う。


「じゃあシモン、始めろ」

「は、はい」


 僕だけに課せられた訓練は、体内にあるという前女神の力を知って、悪霊憑きの刀を使いこなすこと。

 前女神様の力は、その正体を知ったので、どこにあるかは分かった。以前からもやもやしたものがある脳の中だ。

 もちろん、その力で魔法が使えるわけじゃない。取り除けば脳がやられて僕は死ぬ。

 樹里様の話では、脳の一部になっているから、もしかしたら何か使い道があるのでは…と言うけど、僕自身にできることはなさそうだ。


「刃先に魔力を通せ」

「はい」

「通ってないぞ」

「はい」


 一応、僕も外部の魔力を使った身体強化は少しだけできるようになった。

 するとアオさんは、その魔力を刀に通せと無茶を言う。


「シモン、頑張って」

「あ、ああ」

「リンは甘やかすな」


 いや、甘やかしてるのはアンタだろと言いたくなったが、振りが崩れるので邪念を払う。

 アオさんは元からリンには甘かったけど、今は過保護にも程がある状態。

 まぁ、僕たちにも十分過保護なんだが。


「終われ。すぐに鞘に収めろ。あと二十秒で死ぬ」

「ギリギリ過ぎるだろ、アオさん」

「ギリギリを攻める男だろ、お前は」

「適当なこと言わないでくれ」


 結局、呪われた刀を使った訓練は三十分近く続いた。

 最初に渡された時は、十分で呪われて死ぬと言われたが、徐々に時間は延びている。一応、それが僕の成長らしい。


 ちなみに、他の三人はこの刀をまったく使えない。

 リンですら三十秒で気絶する。


「そのうち兄弟も、呪われた魔剣を操る男として有名になりそうだぜ」

「ま、まだだっ! お、俺には闇が足りないっ」

「マッキー、僕は俺って言わないから。あとカイ、剣じゃなくて刀」

「細かいこと気にするな兄弟」

「そうよー。シモンはきっと悪い男に豹変するのよー」

「悪いのか…」


 カイとマッキーがからかうのは、いわく付きとはいえ、悪霊憑きの刀が圧倒的な性能だからでもある。

 カイは小型の盾と剣、マッキーは短剣のみで、二人とも金属製の籠手を装備する。

 すべて二階のガラクタから掘り出した中古品だが、樹里様が強化魔法をかけてあるので、性能的には最高級レベルだ。

 リンの装備にはアオさんも何か細工したようで、三人ともタイゾウダンジョンに潜る冒険者では一番高価な装備を身につけることになる。


「シモン。その刀と仲良さそう」


 いやいや、リンは何言ってんの。悪霊と仲良くしたいわけないよね?



――――――――――――――――――――――――――――――――



※次からアオさんと樹里の話が続きます。

 そのうち29話は欠番になりますのでご容赦ください(ここで公開するとバンされる内容)。

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