25:親の年齢は不詳にしておけ


 リンがアオさんと樹里様…ではなくマリさんの年齢を聞くという暴挙に出てしまい、訓練場の空気が凍りつく。

 いや、普通に考えて父親の年齢も知らないっておかしいんだが、ここは普通の親子じゃないわけで。


「リンちゃん、女の子に年齢聞いちゃダメって教わらなかった?」

「だ、だって……、私のお、お義母様だから」


 その瞬間、目の錯覚を疑うようにマリさんの姿が消えた。

 見事な転移で…。


「リンちゃんかわいいわー。ボクってお義母さんなの?」

「は、はい。だってお父様の…」

「ヤっバいわー、アオイがお父様ってだけで笑えるのにー」


 マリさんは後ろからリンを羽交い締めにして、滅茶苦茶に抱きしめた。

 あのリンがおろおろして、時々僕の方を向いて助けを求めている。

 でも悪い。僕では助けられない。



 で。


「俺が……何歳だったかな。まぁ千年は生きてるだろうな」

「はーい。ボクは……、分かんないや」

「三千年以上だろ」

「えー」


 ……………。


 二人って人間だっけ?


「師匠って神だった!?」

「神様だよねー? 人間そんなに生きられないよ!?」


 カイとマッキーが騒ぐ。

 僕も賛成。千年が単位になるって、ご神木だって滅多にそんな長寿じゃないのに。


「アオイって、昔はオーリンって呼ばれてたんだよー」

「「オ、オーリン!!!?」」


 今度はたぶん、当事者以外全員が叫んだと思う。

 何だよそれ。

 オーリンって、七百年前に大帝国を築いたっていう伝説の魔王だぜ? その名前を言うと子どもが泣き止むって言われる恐怖の大王だぜ?


「同姓同名の別人って可能性はある」

「それは無理だよねー。だって、女神は魔王を倒せってお告げしてたんだから」

「あー…」


 そうだった。

 あまりに現実感がないので忘れていたが、天聖教が敵視していたのは魔王オーリンだった。

 それなのに、女神様がアオさんを倒そうとしたという話を聞かされた。

 つまり………、アオさんが魔王だった。


「まぁどうでもいい話だ。さっさと練習しろ」


 どうでもいいのか?


 …………………。


 どうでもいいか。



 こうして、伝説の講習会は続いた。

 伝説というか、定期的に訓練場を借りることになったし、僕たち四人にとってはただの組合の講習だけど。


「師匠! なんかわかってきた気がするぜ!」

「あーしも! もしかして、うちの師匠ってすごい!?」

「お前らの師匠がすごくないはずあるかよ…」


 カイとマッキーは、身体強化のコツがわかってきたようではしゃいでいる。

 それをボノさんが呆れたように眺めている。


 なお、ボノさん自身も普通にアオさんに指導されていた。

 アオさんに魔力を流されて、普通にのけぞっていた。


「シモンは覚えが悪いな」

「う…」

「アオイの言うことなんて気にしなくていいよー」

「大丈夫。シモン、頑張って」

「なんだ、この人気者は」


 アオさんに冷やかされながら、僕も二つの課題をこなす。

 一つは、自分の体内の魔力を知る。

 もう一つは、筋肉の一本一本を感じる。


 体内の魔力は、正体がわかったし、ありかも突き止めた。

 自分の脳内にこびりついた、女神の悪意の残滓。

 僕はそれを完全に把握して、コントロールしろと命じられているが、本当にそんなことできるのかと思う。


 筋肉は……、冗談だと思った。

 だけど、カイとマッキーが何かをつかんだと言うので、慌てて頑張っている。

 さすがに一本一本は無理じゃないかと思うが、何度もアオさんに魔力を流されてるうちに多少は感覚をつかんだ気がする。


「ア、アオさんが……本気だ」


 副代表のセンバさんは、マリさんに何度もビリビリされてひっくり返りながら呻いている。

 体内に魔力を流し込まれるなんて、僕たちが最初にやってもらった基礎中の基礎なのに…と疑問だったが、実はこれをやっているのはエンストア商会だけだった。

 なぜかって?

 流れてるってはっきり感じられるほどの魔力を流し込める人がいないから、らしい。


 なお、体内に魔力を流すと肩こりが治ったり、筋肉痛が和らぐと言われている。

 貴族の中では、実際にそういう治療をしている家もあるそうだが、本当なのか怪しいと思う。


「んがぁあ」

「なあにー? 代表さんがそんな声出しちゃダメだよー」

「マ、マリ様、それは無茶…」


 デンバさんが意地悪されて、のけぞって痙攣している。見た目が既にヤバいが、あれで筋肉痛が和らぐわけない。きっと歩くのもきついと思う。




 楽しい楽しい講習は、阿鼻叫喚のうちに終わった。

 まさか、いかついオッサン三人が阿鼻叫喚するとは思わなかったけど。

 なんだかんだ、マリさんがいるとアオさんも張り切るようだし、マリさんはとっても楽しそうだった。


 そして。

 魔法に関しては間違いなく僕たちの大エース、リンはどうなったかって?


 どうなったのかは分からない。

 途中からマリさんが一対一で教え込んでいたし。


 ただ、きっと頼れる魔法使いになったんだと思う。

 最後の挨拶の時、リンは満面の笑みで頭を下げていた。

 ものすごい美人同士が笑いながらじゃれている姿は、夢を見ているようだった。

 というか、リンとマリさんって三千歳離れてるのに姉妹みたい――――。


「シモンは今、余計なことを考えたねー」


 今さらのように空間魔法の実演をされ、僕は頭を抑えたのだった。

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