24:伝説の講習会
「アオさん、そ、そ、そ、そっ!」
「ボクの名前はそそそかい?」
「し、ししし失礼しました! 樹里様!!」
「今度はしししかと思った。それと、今はマリだからねー」
「ははっ、マリ様! 今日も一段とお美しい!!!」
エンストア商会は、またも講習会を開くことになった。
今度は自分の商会のみなので貼り紙も出していないが、せっかくなので訓練場を借りたら、なぜかダンジョン管理事務所の代表たちが勢揃い。
ガチガチになって口も回ってないのが、あの強面のデンバ代表だ。
副代表センバさん、そしてボノさんも顔が強ばっているし、お美しいって今褒めるところじゃないような…。
「なんだお前ら。俺には気安いくせに」
「し、し、失礼しましたアオ…」
今度はセンバさんが名前を言いかけて固まった。
たぶん今、アオイ様って呼ぼうとしたんだと思う。
その瞬間の殺気だけは、僕にも感じられた。
伝説の二人、タイゾウダンジョンをあっという間に攻略して支配下に置いた最強の「姉妹」。
実際には姉妹ではなく夫婦で、そして目の前にいるアオさんと樹里様――偽名はマリらしい――だということは、世界の最高機密に属する。
僕たちはまぁ、正体を知る前に気安く接してしまったせいで、まだわりと平静だけど、事務所の人たちにとっては衝撃だったようだ。
「お父様、笑ってください」
「……今はホーリーだぞ、リン」
「仮面被ってません」
「…………」
そんなアオさんを注意するリンは、最初から上着を脱いで顔も隠していないので、ただのスタイル抜群の美人になっている。
アオさんよりずっと背が高いので、彼女が叱ると妙に迫力もある。
まぁ…、アオさんはわざわざあの姿に変身しているだけで、背丈なんてどうでもいいけど。
「お、お父…」
「おいボノ! ………聞かなかったことにしろ」
「は、はい!!」
「お父様、怖い声出さないで」
「お、おう……、だから俺はホーリーだから…」
なお、事務所上層部はリンが元摂政左大臣の娘だということは知っていたが、父親が誰なのかは知らなかった模様。
リン本人も知らなかったんだし仕方ないけど、あの置き去り事件でリンの身に何かあったら…と、強面双子が今さらのようにブルブル震えた模様。
もっとも。
占い師に化けた樹里様がああやって助けに行ったわけで、きっとリンの身の安全は確保していたはず。
何しろ今だって、アオさんの隠しきれない親バカ臭を僕たちは生温かく眺めているのだ。
で。
わざわざ訓練場を借りて、さらに樹…ではなくマリさんまで参加するのは、もちろん魔法を教わるためだ。
既に僕たち四人は、アオさんから指導を受けている。
その指導自体も、体内魔力をもたない僕とカイでも魔法を使えるようにする内容で、他の組合ではやらないらしい。
「じゃあ最初に、いつものやつやるぞ。今日はマッキーとリンはあっちで」
「はーい、あっちだよー。こっちだけど」
「えーと、今はマリ先生、よろしくっす」
「マッキーはいい子ねー」
いつものやつ。それは魔力を流し込んでもらい、体内での流れを確認するものだ。
普段はアオさんがやっているが、今日は半分をマリさんが担当。
なぜかって?
「つ、強すぎ…」
「樹…」
「リンちゃんは名前間違えたねー?」
「ぅはああっ」
無理矢理外から流し込まれる魔力は、冬に戸を開けようと金具に触ったらビリッとくるようなあの感覚がしばらく続くので、実はけっこうキツい。
その上、アオさんが入ってくるような奇妙な感じもある。
だから、女性には女性の方がいろいろいいんじゃないかと思う。
「お前らもやるか?」
「ひ、ひぃい」
ただ、マリさんにされた女子二人はへたり込んでしまい、ついでにオッサン三人も腰が抜けたように座り込んだ。
マリさんは、魔法だけで言えばアオさんより上らしいから、手加減しても威力がすごそう。
というか、なんで代表たちが倒れるんだよ。
「じゃあ次は見本だ。じゅ…マリにやってもらう」
「なんか今、ボクの名前が違った気がするんだけど」
「気のせいだ」
最初から既に滅茶苦茶なのに、伝説の二人はマイペース。というより、とっても仲良しなのがだだ漏れでキツい。
アオさんが樹里様の尻に敷かれているのは…、当然だな。そこに驚きはない。
「ふーん。まぁアオイには後でいろいろするとして、みんなに覚えてほしいのは、まず空間把握だね。たとえば…、離れた場所を直接つなげばどうなるかな?」
「……転移、でしょうか」
「そうだねー、リンちゃんは賢いよ」
そういいながら、マリさんはなでなでする。
と言っても、マリさんとリンは離れた場所にいるのだが、リンがいきなり軽い悲鳴を上げた。
「こんなこともできちゃうねー」
「す、すげー!」
リンの頭の上で、五本の指先だけが動いている。
そして―――、マリさんの右手の指先だけ消えているのだ。ヤバい、ちょっとグロい…。
「いてっ!?」
「グロいとか思ったね? シモン」
突然背後から殴られ、慌てて振り向くと拳骨が宙に浮いていた。
「転移もただの移動手段じゃなく、攻撃に使える」
「攻撃にもいろいろあるよー」
そこで、事前に用意してあった角材をアオさんが立てる。
角材は普通に柱に使うようなやつで、何をするのかと思ったが、次の瞬間に絶句した。
「空間はつなげるし、切れるんだー」
「これぐらいはできるようになれ」
「師匠、無茶言わないでくれ…」
マリさんが何となく指差すと、柱が中央で真っ二つに割れた。その部分の空間を切り離したという。
要するに、さっき腕の一部を切り離して拳骨で殴ったのと同じだけど、切り離した断面をつながなければこうなる。
何の音もしないのが怖い。
僕たちだけじゃなく、デンバさんたちまで本気でビビっている。
「もう一つ、こういう使い方もあるよ」
「……もしかして次元収納でしょうか!!?」
「ボノちゃん、声大きいよー」
「はっ。す、すみません!!」
マリさんは、訓練場に向かう途中の屋台で買った肉巻きパンの袋を取り出して、そこに折れた柱を押し込んだ。
袋といっても、手が汚れないように茶色の紙を折り曲げただけで、肉巻きパンすら収納できないはずなのに、太い柱は消えてしまう。
そんなゴミを、マリさんはマッキーに投げた。
「えっ? えっ?」
「出ろ出ろ~って唱えるんだよー」
「は、はい。で、出ろ~…って、出た!?」
マッキーが言われたとおり、怪しげな声でつぶやきながら指を突っ込むと、明らかに袋の口より大きな柱が飛び出してくる。
アオさんが「呪文なんて嘘だぞ」とつぶやくのも聞こえたけど、あり得なさすぎて大騒ぎに。
「ママママリ様! こ、この魔道具をお譲りいただけませんか!」
「えー? こんなのゴミ箱にぽいだよー」
見た目はまさしくゴミ。そんな紙袋をデンバさんは貴族向けのオークションに出すとか言い出した。
マリさんは呆れた顔でマッキーから紙袋を受け取ると、そんな代表の前でぱっと燃やしてしまう。
その瞬間のデンバさんの表情は…、申し訳ないけど笑いをこらえきれなかった。
「君はこんな汁まみれのゴミを売るのかい? さすがに引くわー」
「う…、そ、それだけ貴重なものなので」
「自分で作りなよー」
「そんな無茶な…」
マリさんが言うには、ダンジョン内にある転移装置や、冒険者が持っている脱出装置などは、空間を操ることさえできれば再現可能。
できれば、だけど。
脱出装置はタイゾウダンジョンの謎アイテムとして有名で、外に持ち出せるので方々で研究されているが、再現できたという話はない。
というか、目の前で製造工程を見た感想を言うなら、マリさんは何も特別なことはしていない。ただ紙袋に転移門を作っただけだと思う。
再現できないのは、マリさんのような魔力がないからだ。
「ダンジョン内で使えるやつなら、宝箱に入ってるよ」
「本当ですか!?」
「本当だよねー、アオイ」
「お前も名前間違えたぞ」
「えー、なんだっけ。コーギー?」
「知らねぇよ、ダリ」
「あー、またボクの名前間違えたねー」
ものすごく大事な話が痴話喧嘩でうやむやになっていく。
この二人にとっては、大事じゃないんだろうけど。
なお、宝箱に入っているという次元収納は、背負えるタイプ。九階のボスなら百体は余裕で入る模様。
それを聞いて管理事務所の三人も、もちろん僕たちも色めき立ったが、すぐに鎮まった。
仕方ないだろう。
次元収納が入った宝箱は、最低で四十五階から。
五十年で二十二階しか攻略できていないというのに。
「もう少し魔物を弱くできませんでしょうか」
「直球で頼んで来たねー」
副会長のセンバさんの申し出に、マリさんは呆れるように笑った。
もちろん、申し出は却下。
理由は、攻略可能な人間はいるから。それを聞いた三人は呆然としていた。
「簡単に手に入ったらまずいだろ? どうせ悪いことに使われるだけだ」
一応、アオ…ホーリーさんがフォローを入れていた。
すごいな。マリさん相手だとまるで常識人のようだ。
「このダンジョンの深くまで行くようなのは、人間を捨てたような奴だ。その辺の人間が当たり前のように身体強化して魔法使ったら、世の中おしまいだぞ」
「た、確かに…」
「すげー、師匠がまともなこと言ってる!」
「師匠呼びはアウトなのー?」
「セーフ、セーフです!」
どんな会話も滅茶苦茶にするマリさん。この場で思ったことを口にしてしまうカイにも呆れる。ホーリーさんの名言が台無しだ。
人間を捨てる…か。
タイゾウダンジョンでは、ダンジョン内でしか使えない次元収納の他にも、強大な魔法攻撃を使える魔道具や身体能力を大きく上げる魔道具などが用意されているという。
それらの力が外で使えたら危険なので、ダンジョン内のみの使用に制限している…と、ボノさんがものすごい表情でメモっている。
「あの…初耳です」
「あれ? シキちゃんに言わなかった?」
ボノさんは首を振った。どうやら僕たちはダンジョンの秘密を知ってしまった。
知っても役に立たないが。
攻撃力を上げる魔道具は、三十六階のボスを倒さないと手に入らない。
たぶん、ダンジョンを作った二人にとっては、三十六階を攻略する強さが「普通」の上限なのだ。
実際には二十二階がやっとなのに。
なお、シキという人は、五十年前にエーコー商会の代表だった。要するにダンジョン経営の管理組合の創立者だ。
今は百歳、もちろん隠居しているが元気だという。
僕たちへの魔法の講習会だったはずが、いつの間にかタイゾウダンジョンの聞き取り調査の場になった。
デンバさんたち管理事務所の職員三人は、目を輝かせながらダンジョン深部の情報を根掘り葉掘り質問した。
「お前らいい加減にしろ。何でもかんでも知ってたら、つまらないだろ」
「そうだねー、ボクも残りは秘密にしておくよー」
「す、すみません、ホーリー様、マリ様」
さすがに聞きすぎだったようで、アオさんは飽き飽きした表情に。
マリさんはまだ話したかったようにも見えるが、アオさんに従った。
僕たちにとっては、訓練そっちのけで不満…かといえば、そうでもない。
ダンジョンの秘密は、冒険者なら誰だって知りたい。
まして、次元収納とか魔道具とか、手に入れたいお宝の話を聞いたら、やる気も出てくるのは当然だ。
「よし! 俺は三十六階を目指すぜ! 鉱物拾いなんてやってられるか!」
「カイと一緒にやるっす!」
今の冒険者は、鉱物資源を持ち帰ったりして稼いでいるけど、そんなのはオマケでしかない。
カイとマッキーは記録更新を目指すと宣言。
つーか、手をつなぐなよ、仲良し過ぎるだろ。
「私も…挑戦する。シモンは?」
「え? あ、ああ…、四人でやるか」
「おう!」
正直、身体強化が少しできる程度の僕が二十二階なんて夢のまた夢。あんまり現実感がないけど、だからといって鉱物拾いはつまらない。
それにまぁ、この四人はパーティとしては悪くない。僕は脱落しないよう頑張るだけだ。
「マ、マリさん、質問です」
「リンちゃん、何かなー」
そこで大きな身体なのに小さく手を挙げたリン。
マリと呼ばないと酷い目に遭うので、いやいやながらも従っている。正直言えば面白いけど、僕は笑わない。我慢だぜ。
「次元収納と転移は別の魔法だと教わりましたが、そうではなかったのですか?」
「そうではないよねー」
「………はい」
リンはこくんとうなづいた。
そこでマリさんは、この世界の魔法研究の歴史を簡単に話してくれた。
何百年、あるいは千年以上にわたって、魔法は一部の家系だけに伝わるものとされている。リンのように、生まれつき体内魔力をもつ者だけが、魔法を独占しているわけだ。
そして、魔法は基本的にはイメージで発現させる。その際に、教えやすいように考え出されたのが属性というものだった。
炎魔法とか水魔法とかいうあれだ。
しかし実際には、炎だけ生みだしても動かないから、攻撃に使うには炎を移動させなければならない。その移動に使うのは、風だったり重力だったり空間把握だったりする。
だから、発火、燃焼、対象への移動は別々の現象であって、炎魔法などというものは存在しない。
「マリさんの説明はよく分かるが、それならなぜそういう風に練習しないんだ?」
「それはねー、魔法は誰かから与えられたからだよねー? リンちゃん」
「は、はい。魔法は女神様が人間にお与えになったと教えられました。神様に教わった通りにしなければ魔法は使えないと」
「ってことなんだよー。………分かったでしょ、シモンちゃん?」
「………たぶん」
意地悪い声で聞かれると、占い師のフリをしていた時を思い出す。
女神…は、いうまでもなくマリさんが身体を奪って滅ぼしたあの女神だろう。
そして、あの女神は決して人間たちを護っていたのではなく、オモチャにしていただけ。
魔法を与えて人間を強化する目的は――――、早い話がアオさんを倒させるためだった。
だから、人間が魔法を使いこなせないよう、そして魔法を使える者が増えすぎないよう、悪意をもって間違った知識を与えた。
というか、そこまでして倒そうとした相手が目の前にいるってすごいな。滅ぼした相手と話してるのもすごい…って、今さら過ぎた。
「まぁあれだ。そもそもクソ女神に、人間を魔法使いに変える力などない。あんなクソ野郎より前から魔法は使えたぞ」
「アオさん、野郎はさすがにないだろ」
「シモン、細かいことばかり言ってるとハゲるぞ」
いや、ハゲ関係ないだろ。ないよね?
アオさんは一応、この世界で生まれた人類の一人。
女神が本当に女神だったら、そんなアオさんのために人間たちを煽動して、それでも倒せなかったというのは確かにおかしい。
少なくとも、アオさんの力は女神に与えられたものではなかった。
「お父様、マリさん。……何歳なんですか?」
そこでリンが、まさかの爆弾を落としたのだった。
いや、確かに僕もそれ思ったけどさ。
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