23:僕の中の女神


「シモン。お主の中には女神のカスが入り込んでいる」

「…………え?」

「占って進ぜよう」

「今のって占いなの…ですか?」

「まさかー」

「………」


 占い師…樹里様の言葉は、いきなり理解できない。

 隣でリンも首を傾げている。

 ただでさえややこしいのに、今さら占いごっこはやめてほしい。


「じゅ、樹里様! ……か、カスとは何でしょうか?」

「カイはキャラ変わってない? ボクはあのうさん臭い占い師だよ?」

「…い、命の恩人だ!」


 急に敬語を使い始めたりする不安定なカイは確かに気味が悪いけど、樹里様に今さらタメ口で話せるわけがない。

 アオイ様と樹里様と言ったら、神様みたいな扱いなんだ。

 いや、本当に神様だろ? 全然話が通じないし。



 で。


「女神様を殺した…」

「まぁねー」

「誰も褒めてないだろ」

「えー、褒めてよ。世界を救ってあげたのに」


 ますます理解できない方向に。

 女神様が殺された? 神様って死ぬの?



 さんざんに混乱した結果、分かったこと。



 天聖教の女神様は実在して、アオイ…アオさんと敵対していた。

 そして、樹里様はその女神様の身体を奪い、女神様を滅してしまった。

 今の樹里様の姿は、五十年前まで教会で祀られていた女神様の姿。


「なんかもー、話が大きすぎてついていけないっす」

「俺ももう無理」


 マッキーとカイが完全に脱落した。

 僕も脱落したいができない。だって、自分の話でもあるから。


「二度と復活できないようにしてあげたのにさ、あの女神も案外しぶとくてねー」

「……まさかシモンは女神様ですか?」

「リンちゃん、さすがにそれはないねー」


 ないだろ。リンもすました顔で何言い出すんだ。


 ただし。

 実態は似たようなものだったのかも知れない。


 アオさんと樹里様の説明によれば、女神様と呼ばれていたのは「宇宙生命体」だという。

 樹里様が説明しながら「お空の彼方ねー」と教えてくれた。見えたのは天井だったけど。


「あ…あの空に光ってる星から来たってこと!?」

「そうだよー、とぉーくかーがやくよー…」

「やめろ樹里。著作権違反になる」

「チョサクケン?」


 アオさんと樹里様の会話はいろいろ意味不明だったが、いろいろ衝撃的なものだ。

 まず、僕たちのいるこの星は円いらしい。

 僕とカイはそこで驚いたが、マッキーは微妙、リンはうなづく。

 天聖教は認めていないので、ロダ村ではあり得ない理解だけど、ザワート大公国の学校では教えているそうだ。

 ただし、その円い僕たちの住む星の外側に誰かがいるとは教えられていない。


「お父様。……女神様がおおぜい住む星があるのですか?」

「それはない。あんなのが何匹もいたら人類滅亡だ」

「何匹って」


 天聖教が拝んでいた女神様は、いくつもの星を渡ってその星の人類を弄んだ邪悪な者だとアオさんは言い切った。

 樹里様が身体を奪った時に、そういう記憶が頭に流れ込んできたという。ということは、つまり――。


「アオさんと樹里様も、女神様と同じことができるってことか」

「やらねーけど」

「アオイは面倒くさがりで困っちゃうよねー」


 面倒臭いで済ませていい話なんだろうかと思うけど。


 まぁ、実際には他の星に行くのはそれほど簡単ではないようだ。

 数千年単位で力を貯めないといけない上に、転移した先に人類がいるとは限らない。運悪く何もない星に転移した場合、短距離の転移魔法で移動するしかないが、実際には隣の星に行くだけでもけっこうな時間がかかる。

 食べ物は、魔力があれば創造魔法でどうにかできるらしいが、リスクの高すぎる賭けなのは分かる。


 その上、やっと人類のいる星に辿り着いたら滅ぼされるとか。

 一瞬、女神様に同情しそうになって思い直す。

 女神様の煽動で戦争が続き、人々が苦しんだ。今は天聖教でも過去の行いを反省してるんだ。



 こうして僕たちは、女神様について二人に教えてもらった。


 邪悪な「宇宙生命体」女神様とアオさんは敵対し、アオさんは、そんな女神様の邪魔ばかりした。なので女神様は、教会を使って人々を煽動して倒させようとした。

 ところが、女神様の不意を衝いて樹里様が身体を奪い、再生できないよう精神体まで完全に滅ぼした。

 なので女神様そのものは二度と復活しないが、滅亡時に悪意の残滓のようなものがばらまかれ、取り込んだ者は不幸になった――――――って。


「あ、アオさんが探せって言ってた魔力って…」

「クソ女神が残したゴミだ。お前にそれが入っていると分かったから、仕方なくうちで預ったんだ」

「え? あれ? じゃあ、あの時女の人がいたのは…」

「ボクだよー。普通は気づかないけど、ゴミのせいで察知できたんだね」


 ロダ村のシモンの不幸は、元をたどれば目の前の二人のせいだった。

 だけどまぁ…。


「お…お父様。それは取り除けませんか?」

「取れなくはないが、こいつの頭がいかれちまうだろう」

「それでもいいなら仕方ない、ボクが…」

「絶対にやめてくれ!」


 冒険者になれただけじゃなく、この場に僕がいる。

 それが不幸だとは思わない。


「まぁあれだ、シモンはそのゴミとうまくつき合え。バカと何とかは使いようって言うからな」

「アオさん、僕のことバカバカって言ってるけど」

「おう、じゃあバカとバカは使いようだ」

「そっちを変えるのですか、お父様」

「いや、リンは納得しないで」


 今にしてみれば、エンストア商会が冒険者を所属させず、なのに登録番号一番だった理由もはっきり分かる。

 この二人がいるのだから…、つまりコンビニ商会が名前を隠しただけだから、一番なのは当たり前。

 そして――、自分が作ったダンジョンに自分たちが冒険者を送り出すのはただの自作自演だ。


 まぁ、それ以前に面倒臭かったんだと思うけど。

 アオさんがアオイ様だったとしても、組合の建物をゴミ屋敷にしたことも干からびたパンとカビた布団なのも変わらないのだから。





 その後。


 リンは改めて、父親と母親と話し込んでいた。

 傍目には美女が三人集まってるようにしか見えないけど、リンは一応あれでも願いが叶ったんだからいいんだろう。


 なお、アオさんはリンが冒険者になったことは知っていたらしい。

 なので、講習で先生役をかってでたし、いずれは親子の面会はするつもりだった。

 さすがに自分が預るのは予定外だったようだけど、三人の移籍を断わらなかったのは娘がいたから…と、実は結構な親バカだった模様。


 ちなみに、リンとカイが九階に取り残された時も、すぐに気づいて占い師…樹里様に救出を任せた。

 アオさんに任せると、その勢いでスプレム商会ごと更地にしかねなかったと樹里様は笑っていた。笑い事で済むのかは謎だ。


「あの、…じゅ、樹里様! なぜ占い師の真似をしていたんですか!?」

「いいでしょ? 謎多き女って感じ?」

「たしかにー!」


 僕たち三人は、樹里様と雑談。復活したマッキーは、あっという間になじんでいる。


「あの…」

「なぁにー、フードババァが何でも答えてあげるわー」

「す、すみませんでしたっ!!」


 ヤバい、バッチリバレていた。

 女神様を消滅させるほどの人に、僕が隠し事なんてできるわけなかった。

 はぁ…。


「それで…、本当に女神様の身体を奪ったなら、この姿が昔の女神様だったってことに」

「なるでしょ。外の石碑は見た?」

「え?」

「あれはねぇ、ちょうどボクが奪う直前に女神が造らせたやつだから」


 …………。


 なお、朝になって慌てて四人で確認したら、石碑に彫られていた顔は確かに樹里様に似ていた。

 元の女神様と今の女神様に会ったと、ロダ村の教会で言ったら、みんなどんな反応するんだろう。

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