22:伝説の美人「姉妹」
「うるせぇぞ、お前ら」
「し、師匠が女になった!!」
「女じゃねぇって言ってるだろ!」
おっさんのアオさんが、突然美女に変身してしまった。
背丈は変わらないけど、薄汚い作業服が真っ赤なドレスに。
すんごい胸のふくらみ、そして切れ長の潤んだ瞳。口調はそのまんまだけど、声も女性になって、なのに当人は否定する。
何これ、もう既に頭がパンクしそうだ。
「というかお前も正体さらせ! 樹里」
「はぁ、仕方ないわねー」
「…………」
そして、占い師も変身…というか、フードをとった。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って! アオイ様と樹里様!? え? えっ!?」
「………まさか…」
「まぁそういうことだ。とりあえず…、リン」
「はい」
初めて見た占い師の素顔は…、アオさん?、に比べて少し童顔で、だけど身体はリンがもっと豊満になった感じのアンバランス。
ドレスとも違う、足元まで垂れる服。幅広の帯が腰の辺りに巻かれた、あまり見たことのない衣装を身につけている。
近づくのもためらわれるほどの二人が並んで、だけどそれ以上に問題だったのはその名前だった。
アオイと樹里。
ヤバい。僕ですらその名を知っている。そしてまさか…。
「俺がお前の父親だ」
「はい」
「レンちゃんも呼んだわよー」
「え…」
今さらのように、リンが父親の本当の姿…とか言っていたのを思い出す。
しかし口を挟む間もなく、今度は奥からもう一人、黒いスーツ姿の女性が現れた。
「リン。……元気そうね」
「お母様…」
「お、お母様!?」
今度はカイが叫んだ。
頼むからこれ以上情報を増やさないでくれ…。
「お父様は…お母様?」
「違うと言ってるだろ、リン。だからお前にこの姿は見せなかったんだ」
「どうかな? 違わないかもよ?」
「ややこしくするな、樹里」
「そうですお姉様。アオイ様は私たちの大事な方ですから」
…………。
リン以外の三人が絶句するしかなかった、エンストア商会の真実。
まとめると次のようになる。
リンの父はアオさん。
リンの母はレンさ…様。うむ、レン様はザワート大公国の摂政左大臣だった御方。貴族なんてちゃちなもんじゃなく、僕らの国でも畏れ…知られる大貴族様だ。
その泣く子も黙る大貴族様が、アオさんの第二夫人。では第一夫人は…といえば、それが占い師に化けていた樹里…様だった。
占い師は樹里、アオさんの本当の名前はアオイ、しかもアオさんの見た目は超絶美女。
そこまで知ったら、摂政様が第二夫人になるのも分かる。
アオイと樹里って、要するにタイゾウダンジョンを支配下においたコンビニ商会の二人じゃないか!!
あの、国を滅ぼす魔獣すら一撃で滅ぼすと言われた伝説の二人、あらゆる国の王が跪いて敬意を示したという二人だ!
「うちの師匠ヤバすぎー」
「ヤバいで済むような話かよ」
「兄弟! 世の中、深く考えない方がいい時もある!」
さっさと思考を放棄したカイとマッキー。
僕もそうしたい。
「お父様は……、お母様?」
「俺は男だっての!」
「アオイは母親みたいに世話焼きだよー」
「…お母様?」
「だから男だっての!」
目の前のこの不毛なやり取りを無視できれば。
というわけで。
「俺は生まれてからずっと男だ。ただ、ある種の呪いのようなもので、半分女性になってしまったんだ」
「半分…」
「ほとんど女だよー。ボクに言わせれば、女の子に生えてるだけ」
「はっ…」
「お姉様! 娘の前でそれは」
「いいじゃん、リンちゃんはもう大人だよ?」
目の前ではコントが続いているが、精神衛生上とても良くない景色だ。
登場人物、全員超絶美女。
リンが平凡に見えてしまうくらい、樹里様もレン様もとんでもない。そう、アオさんも。
いや、むしろアオさんが一番の美女? なんだろうな、どこか違和感が。
「あの…、し、師匠って似てません? きょ、教会の女神様に」
「当然だよ。今の女神像はアオイがモデルだもん」
「お前にしとけば良かったんだ」
「私じゃ前と一緒だし」
マッキーに言われて気づく。
確かに、教会のあのエロい像そっくりだ。
実物は正直、石像なんて比較にならないほどの破壊力で、中身がアオさんだと分かっても欲情しそうになる。
どうにか我慢できてるのは、目移りして困ってしまうからだし。
で。
天聖教の教会の女神像がなぜアオさん…アオイ様をモデルにしているのか。
樹里様の話によれば、五十数年前にあった、五ヶ国連合軍対ザワート大公国の戦いに起因するらしい。
「あの頃の女神はバカでねー、ボクのアオイを倒せって煽ってたんだ」
「大変な目に遭うところでしたが、アオイ様がすべて解決してくださいました」
僕たちが教えられた歴史では、攻め込んだ連合軍がなぜか突然撤退、そのまま連合軍自体が解散してしまった。
その後、五ヶ国は天聖教を国教としないと決議。タチマ王国にある天聖教本部も、ザワート大公国には一切敵対しないと宣言した。
さらに数年後には、タチマ王国そのものもザワート大公国に併合され、タチマ王家は一貴族になったという。
「お母様、私もそう教わりました」
「仕方ないのよ。アオイ様とお姉様のことは表に出せないから」
今明かされる事実。
五ヶ国連合軍はアオさん一人に倒され、二度と敵対できないよう暗示を与えられて帰ったという。
おかげで、それぞれの軍隊が国王に従わなくなり、戦をやめるしかなくなった。
教会は責任をとらされ、天聖教という名前は変わらないが、中身をアオさんにしてしまった……。
「つまり私たちって師匠を拝んでた!?」
「ガワだけだから心配するな」
別に天聖教にアオさんは関わってない。その代わり、以前は女神が御託宣していたが、無視するようになった…んだと。
なんか嘘が混じってる気がする。樹里様がニヤニヤしてるし。
といっても、教会の話なんて嘘も本当も分かるわけない。
はっきりしてるのは、アオさんの中身が教会にいたら、きっと誰も拝まないってことだけ。
レン様が持ち込んだ食べ物を囲んで、そのまま立食パーティが始まる。
僕とアオさんが干からびたパンを食ってた机を囲んで、伝説の「姉妹」に国の事実上のトップと懇談? もう何がなんだか。
「師匠! し、師匠って呼んでいいのか!?」
「今さら変えるな。それと、俺を女だと言ったら殺す」
「お父様、殺すなんて言ってはいけないです」
「リンちゃん、父親…?、に会えて良かったねー」
「父親…」
「シモン、それ以上言ったらこ…」
「お父様、言ってはいけません」
この場が既に伝説になったような状況だけど、話ははずむ。はずむ?
とりあえず僕たちが最初に質問したのは、二人が本当にコンビニ商会の姉妹なのか、だ。
正直、聞くまでもないことだが、五十年間行方知れずと言われていた姉妹なのだ。信じようとしても頭が拒否してしまう。
状況証拠が揃いすぎてるけど。
講習で見せたあり得ない威力の魔法、あの時点で気づけたはずなんだ。
二十二階攻略メンバーのボノさんが唖然とする威力で攻撃できる人なんて、消去法でも伝説の姉妹しかいない。
まぁ――――。
アオさんが女性って言われてもなぁ。
アオイがアオさんって、隠す気もない名前なのに誰も気づかないのも仕方ないだろ。はぁ…。
「アオさんの魔法、あれが本気じゃなかったんだ」
「当たり前だろ」
「シモンはバカだねー、アオイやボクが本気出したらダンジョンごと更地になるよ」
「う…」
それにしても、あの占い師がまさか…。フードババァと呼んでた人なんだよな? 本当に。
さすがにもう、様付けでしか呼べない。
「樹里様。教えてください、シモンのこと」
「お、忘れてなかった?」
そこでリンが声をあげて、僕は当事者なのに忘れていたことに気づく。
僕の「不幸」の正体。
あまりにびっくりすることだらけ。だけど、占い師が樹里様なら、僕の何かを知っていても不思議じゃないな。
「どうする? アオイから話したい?」
「主犯はお前なんだから責任取れよ、樹里」
僕の話だよな?
主犯?
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