21:エンストア商会の秘密を知る


 エンストア商会の所属冒険者四名――シモン、カイ、リン、マッキー――は、タイゾウダンジョンを初めて探索し、九階ボスを倒して帰還した。

 管理事務所でそれを伝え、攻略証を見せると周囲にいた冒険者がざわついた。

 さらに、宝箱の防具と槍を売却すると伝えたら、ざわめきが大きくなった。

 いきなりの攻略証もすごいが、宝箱の装備を使わず売り払うのはあり得ないことだったらしい。


「あの方が本気を出すとこうなるんだな」


 いかつい顔のデンバさんがつぶやいていた。

 あの方っていうのはアオさんだと思うが、本気ってなんだろう。どう考えたって偶然だ。




 そうしてエンストア商会に帰ると、玄関前でアオさんが出迎えてくれた。


「四人揃ってるな。すぐに装備を脱いで整備しろ。それと、水浴びするまで中に入るな、臭いから」

「ひどっ」


 相変わらず口は悪いけど、僕たちを心配してくれていたようだ。

 というか、臭いって言うなよ。リンが困ってるじゃないか。表情が見えなくともはっきり分かるぞ。



 その後。

 アオさんの指示通りに装備を片づけてから、四人で銭湯に出掛けた。


「なんだよこれ、すごすぎ」

「兄弟、まさか入ったことなかったのか?」

「当たり前だ」

「マジかよ、さすがエンストア商会だ」

「さすが…」


 銭湯というのは、冒険者用の共同浴場だ。

 お金さえ払えば誰でも入れて、中では身体を洗って温かいお湯に浸かることができる。

 知らない人と裸で一緒なのか…と思ったが、入ってしまえばどうでもいい。ヤバい、これはヤバい。


「毎日入りたい…」

「入れるだろ。兄弟は金持ちじゃねーか」

「金持ち……なのか?」


 銭湯は銀貨一枚と、けっこう高い。もちろん僕は無一文だったので、今までは縁がなかった。

 カイも新人なのに、なぜ銭湯に入れたとかと聞いて、今さらのように「は除く」の意味を知った。

 他の商会の組合では、組合所属を祝うと称して現金を配るらしい。

 なのでカイとリンは、所属初日には金貨五枚を手にしていた。

 所属になっていないマッキーは自腹だが、二人が多少の援助をしていた…って、なんだこの心温まる話は。

 我がエンストア商会では同じ時期、会長直々に干からびたパンを支給され、庭の井戸で身体を洗っていたってのに。


 まぁそんなひがみ根性も過去の話。今回のダンジョン攻略で僕たちは大金を手に入れたのだ。

 換金したのは九階宝箱の装備品。占い師が金貨五十枚と見込んだ防具と槍は、ちょうど品不足だったらしく六十枚で売れた。

 それを四等分して、各自十五枚。

 アオさんに…というか、所属組合に各自が金貨二枚を支払い、リンは占い師にも払おうと提案したが、本人に拒否された。

 アオさんにも要らないって言われたけど、さすがにそれはおかしいと言って受け取ってもらった。本当は五枚払うつもりだった。


 ちなみに、スプレム商会は月に金貨三枚を納める契約だったという。

 宿代や食費は別に徴収されるので、最低でも毎月金貨十枚は稼ぐ必要があった。


「冒険者って儲かるんだな」

「ああ、予想以上だぜ、兄弟」


 そう。

 今回の宝箱はかなり中身が良かった方だが、九階ボスを倒せば金貨三十枚は確実に手に入る。パーティで人数割りでも、だいたい二度倒せば上納分はクリアできる。

 そして、普通の冒険者はダンジョン内の鉱物資源を掘って、換金する。

 中堅冒険者なら、月に金貨二十枚から三十枚は稼ぐのだ。


 ザワート大公国に実家のあるカイは、稼いで家族に仕送りするらしい。筋肉バカだが立派な奴だ。

 金貨十三枚は、僕がロダ村に帰るだけで消えてしまう。

 稼ぎ続けるには、鉱物採集が必須だが、十階から先に進まなければならないだろうなぁ。


「ごめん、待たせた?」

「マッキー、ふっかーつ!」


 僕たちが風呂を出て街路でのんびり水を飲んでいると、女性二人も現れた。

 胸の周りにしか布がかかってない風呂上がりのマッキーは、いろいろ刺激が強くて困る。もうちょっと人前では肌を隠せと言いたい。

 リンは逆に、いつも通りフードで顔を隠していて暑そう。なぜこうも両極端なのか。


「あーでも、やっと自分の金で銭湯入れた!」

「マッキー危ない、見えるって」

「えー、シモンってむっつり!?」

「むっつり…」

「納得するなよ、リン」


 こそこそ隠れてないんだから、少なくともむっつりではない。声を大にして言う気はないけど。



 そうして、いろんな意味でホカホカになって組合に戻った僕たち四人。


「お前ら、世界の秘密を知る覚悟はあるか?」

「アオさん、またそれか……って?」


 そこで出迎えたのは、組合の玄関前で仁王立ちして、いつかと同じ意味不明な台詞を吐くアオさん。

 隣には、まさかの占い師が立っていた。




「用を足すならさっさと済ませろ。世界の秘密を知る以上、外には出れないからな」

「師匠、了解しました!」

「お花つんできまーす」


 で。


 世界の秘密とやらを聞かされることになった。

 占い師が一緒なのは、リンが頼んだ件が絡んでいるからだろうが、カイとマッキーは冗談半分だと思っているようだ。

 リンは……、既に様子がおかしい。


 僕にも分かる。

 アオさんは、こういう冗談は言わない。

 それに、占い師の様子もさっきまでとまるで違う。

 アオさんと並ぶと、占い師の方が背が高いのが気になってしまうけど。


「では…最初に言っておく。カイ、マッキー、お前らは聞かない選択肢もある。やめておきたいなら食事代を出してやる」

「師匠! 俺たちだけ仲間はずれは嫌だ!」

「そうっす。シモンとリンちゃんは仲間っす」

「そうか」


 アオさんが仰々しく二人に覚悟を求め、そして結界魔法を使う。

 アオさんと占い師が同時に魔法を使ったらしく、結界に覆われた瞬間に外の音がまったく聞こえなくなった。

 僕には想像もつかないが、たぶんものすごく頑丈な結界なんだろう。


「じゃあ準備も終わったし、最初は親子の再会からだよ?」


 そこで占い師が口を開く。

 まるで若い女みたいな口調。というか、親子?


「おい、見せなきゃいけないか?」

「ダメだよ、今さら隠しちゃ。かわいい娘にちゃんと見せてあげて」

「う…」


 アオさんと占い師は、妙に親しげに話す。

 そして、僕は気づいてしまい。リンの方を向く。

 ダンジョンの中でリンの身の上話を話を聞いていたから、目の前の二人の会話に思い当たることがあった。


「仕方ない。いいかお前ら、先に言っておくが俺は男だ。絶対に男だからな!」

「師匠、そんなこと言わなくても分かるぜ!」

「さぁ、本当に分かるかな?」


 僕もカイと同じ。アオさんが男じゃなかったら大変だ。

 しかし。


 大変だった。


「はーい、じゃあアオイちゃんご登場!」

「くっ……」

「ええええっ!!!?」


 占い師の声に合わせて、アオさんの姿が変化した。

 そして――――。


 僕たちの目の前には、とんでもない美女が立っていた。

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