19:九階ボスと再会


 朝になった。

 タイゾウダンジョンは、ダンジョンなのに昼と夜がある。人類が掌握して設計し直したダンジョンなので、いろいろ不自由のない親切設計だ。

 どうせなら、もう少し魔物を弱くしてほしいけど。

 百階以上あるのに、五十年かけても四分の一も攻略できないって、いくら何でも難易度高すぎだろう。


「おはよーっす」

「よう兄弟、い、いい朝だな」

「あ、ああ」


 寝ずの番は二組に別れて二度ずつ。フードババァの襲来以外は何も起こらなかったし、二度目の時はリンと大した話もせずに過ごしたが、朝になったらもう一組の様子がおかしい。

 というか、互いに顔を見てるし。

 どうやら筋肉仲間同士、仲良くなったようだ。


「おはよう、シモン」

「ああおはよう、リン」


 こっちもまぁ、別に仲が悪くなったわけじゃない。

 たぶん。



「何これ気持ち悪いー」

「やめろマッキー。ああアメバ様。美しいお姿って言え」

「無理ー」


 五階ボスはアメバという。巨大ナメクジみたいな魔物だ。

 ちなみに、ダンジョン内の魔物はコンビニ商会によってすべて命名されている。事務所にある書類には、未発見の魔物の名前もたくさん書かれているらしい。

 というか、リストにある名前のうち発見済みは半分もない。五十年も経っているのに…。


「迷信だろ、兄弟」

「でも、弱くなったぞ」


 アメバは人間の言葉を理解する。しかも、褒められると弱体化して、中傷されると強くなる…と、これは講習で教えられた。

 冗談としか思えないが、たぶん事実だ。

 この魔物を配置したのは人類なんだから、少なくとも迷信ではない。


「よし潰した」

「マジか兄弟! し、仕方ねぇ、あ、ああアメバ様!」

「きんもー」


 アメバの身体は半透明で、中に二つの黒い球が見えている。

 攻略方法は、その黒い球を同時に破壊すること。

 同時と言っても、ある程度は待ってくれるようだが、カイとマッキーの連携がまずかった。


「やべぇ、復活する。リン!」

「はい。穿て、ダークショット!」


 同時破壊に失敗すると、壊した方の球も復活してしまい、しかも強くなる。

 仕方ないのでリンの攻撃魔法で倒す。

 幸い、正面から二人が攻撃していたので横ががら空きだった。


「よっしゃあ! サンキュー、リン!」

「ごめんなー、あーし、こういうの苦手」

「すごい威力だ。さすがはリン」

「う、ううん、……そうでもない」


 どうにか無事にボスを倒した。

 五階ボスは前後より強いというから、まずは第一関門突破だ。

 なお、見事に攻撃を決めたリンの表情は、たぶん喜んでいないと思う。顔は隠れているけど。


 さっきのダークショットという魔法も、アオさんが教えた。

 実は僕とカイにも教えてくれたが、残念ながら覚えることができなかった魔法。なんか格好いいので、ちょっと悔しかった。

 そして。

 リンは暗黒魔法みたいなのが好きではなさそうで、なのに他の攻撃魔法より適性があったのだ。

 うらやましいんだけど、当人にそう言えないのが辛い。




 その後。

 僕ら四人組は一気にダンジョンを攻略、なんと昼飯時には九階に着いてしまった。

 アオさんに指示された安全地帯に到着して、ほっとしながら軽い食事。


「この間より早いぞ。兄弟とマッキーのおかげだ!」

「リンちゃん強すぎっすよ!」


 すっかり仲良しのカイとマッキーは、はしゃぎながらまずい携帯食を食べている。

 こんなに気を緩めていいのかと思うけど、タイゾウダンジョンの安全地帯は、そこにいる限り安全なのは事実。

 何事にも例外はあると思え? 講習でボノさんにはそう言われたが、今まで安全地帯で魔物に襲われた記録はない。

 まぁ、僕がその例外にあたる可能性は…、ないよな?


「なんだぁ兄弟、仲良くなったなぁ」

「いや、お前がそれ言うのか。カイ」


 リンと並んでまずい携帯食を食べていると、カイのまさかの発言。

 四人組で、うち二人が仲良く食べているから、残る僕たちが一緒にいる。リンも、何を言われたのか分からないという表情だ。顔は見えないけど。


「そんなことより、これからどうする? アオさんの命令通りなら帰ることになるが」

「そうだなぁ」


 今回の攻略は、一応三日間の予定。

 ただ、今からダッシュで戻れば夜までに帰れるかも知れない。帰路はボスと戦わずに済むし。


「四等分すると少ないよねー」

「もう少し魔物を倒しておきたいな!」


 マッキーとカイは、換金できそうなものが少ないのを気にしている。

 冒険者の仕事は、ダンジョンから資源を持ち帰ること。ただし今回は初めてのダンジョンなので、鉱物資源には手を出していないし、魔物との戦いも最低限に留めている。


「九階のボスを見てみたいんだけどー」


 さらにマッキーの注文が続く。

 これはさすがにダメだろう。


「いいんじゃないか? 戦わずに遠目で眺めるぐらいなら。なぁ兄弟!」

「ちょ、ちょっと待て! そんな距離で逃げられるのか?」

「大丈夫だ。なぁ、リンもそう思うだろ?」

「………」


 カイの話によれば、九階のボス部屋前は直線の通路になっていて、その途中に目印の門が立っているという。

 目印まではボスに無視されていたという点は、リンも同意するらしい。


「頼むっす。だって、あーしだけ見たことないしー」

「兄弟も入口を確認すればいい。もしかしたら他のパーティが戦ってるのを見物できるかも知れないぜ! どうだ、いい考えだろう!?」

「うーむ…」


 あのボスと戦うのは無理だ。それはカイもリンも分かっているはず。

 しかも、ついこの間、死にそうになったというのに。


「リンは反対か? そうならそう言ってくれ」

「……分からない」


 首を傾げるリン。

 できれば反対してほしかったが――――。


「占い師さん! ついて来てくれるのか!?」

「いきなりだねぇ」


 仕方ない。

 いざという時は助けてもらう。

 まるで信用できない人だけど、実力だけは間違いないからな。



 そうして僕たちは九階を進んだ。

 途中で出くわした魔物は、正直言ってそんなに強くはない。四人の連携もだんだん取れてきたし、何より僕自身も魔物と戦うことに慣れた。

 いざとなればリンの強力な魔法攻撃もあるし、じゅうぶん対応できる。


「あれがボスだ。マッキー、見えるか?」

「真っ赤だねー」


 さして苦労もなく、ボスが見える位置まで辿り着く。

 僕にとっても、初めて見る景色。

 ボス部屋の中は知っているが、フードババァの転移魔法で直接移動したので途中のことは何も分からない。


「あそこに門みたいなのがあるだろ?」

「あれがボス部屋の入口なのか、リン?」

「うん」


 無言で後をついてきたリンは、分かりやすく元気がない。

 そりゃそうだ。死を覚悟した相手がうろついているわけだし。


 近寄って見ると、目印は扉のない門のような形だ。

 そこだけ大きな段差もあるし、間違って中に入ってしまうことはないと思う。


「なぁカイ。前の時は、あれと戦う予定だったのか?」

「分からん。俺たちは、どこまで潜る予定なのかも聞かされてなかった」

「マジかよ。リンも知らなかったのか?」

「うん」

「ダメダメ先輩っすねー」


 今さらのように、前回二人が取り残された経緯を聞くと、スプレム商会の杜撰さがよく分かった。

 先輩冒険者三人は、新人の指導をするわけでもなく、ただ自分たち三人だけでは頼りないのでカイとリンを連れ回した。

 そして、思ったより魔物を倒せたので、何も考えずにボス部屋に突入。すると予定になかった赤いオーガがいて、まるで歯が立たずに自分たちだけ逃げ出したらしい。


「普通の組合っていうのは、いろいろ攻略のアドバイスしてくれるんだろ?」

「アドバイスなぁ」

「誰も聞いてなかったよー」


 キャンセル待ち二番だったマッキーは、スプレム商会の組合に実費で滞在していた。

 やることもないので所属冒険者の様子を眺めていたらしいが、攻略についてアドバイスを求める者はほとんどいなかったという。

 携帯食や医療品など消耗品が安く買えたり、組合所有の防具や武器を借りたりするが、基本的にはみんな勝手に出掛けて勝手に帰ってくるようだ。


「それなら、うちと大して変わらないなぁ」

「それはないっすよー」

「カビた布団で寝てる奴なんて兄弟しかいない」

「あれは…苦手」

「う…」


 何だよ、いきなり総攻撃かよ。

 まぁ確かに、普通の組合は冒険者に宿と食事も提供している。対してうちは、とりあえず男女二人ずつで寝る場所を作っただけ。

 なお、部屋を片づけていたら、カビてない布団が発見された。何十年も使ってなさそうなやつだったけど、干したらそれなりだったので僕以外が使っている。

 僕の布団も何度も干したので、今はカビていないぞ。シミは残ってるけど。


 そんな感じで無駄話をして、マッキーも満足したようなので引き返すことにした。

 はずだった。


「な、なんか近づいてない!?」

「え!?」


 目を離している隙に、赤い巨人が門の目の前に迫っていた。

 だ、大丈夫だよな!?

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