16:出発前夜
「やっと終わったよー」
「おう、マッキーお疲れい!」
エンストア商会に四人の冒険者が所属するようになって三日。
遅れて冒険者になったマッキーも、三日間の講習を終えた。カイとは筋肉仲間という感じで仲良しだ。
まぁ別に、筋肉がダメってことはない。
リンも隠れ筋肉だし、アオさんの指導でも身体を鍛えろと言われてるからな。
「それじゃあ師匠、お願いします!」
「誰が師匠だ、ムズムズする」
夕方にはアオさんに魔法の指導を受ける。
アオさんは師匠と呼ばれるのを嫌がっているが、ムズムズするのは僕たちだ。
「ひいっ! な、慣れないっす」
「このピリッとした感じが癖になる」
「お前らいい加減にしろよ」
外部の魔力を感じて、それを取り込む。
取り込むには、体内を魔力が動き回る状態を知らなければならない。
体内を巡る魔力を探知できれば、そこから身体強化も可能になる…ということらしい。
「次はお前らだ」
「お、おう……」
「ん……」
元々体内に魔力をもっていない僕やカイは、アオさんと手をつないで魔力を流してもらう。
アオさんが送り込む魔力はかなり強く、嫌でも体内を巡る感覚は分かる。
感電したような感じで、何度やられても慣れないが。
「リンはもう大丈夫だな?」
「はい。…ありがとうございます、アオ先生」
体内魔力をもっているリンは、元々ある程度は体内での循環を知っていた。
なので当然覚えも早く、特別扱いで新しい魔法も習っている。
というか、アオさんってリンには妙に親切なんだよな。リンもなんだか嬉しそうだ。
「うおーっ、今ここだ!!」
「あーしもこの辺!」
「お前らは少し黙れ」
カイとマッキーは、身体強化が少し使えるようになったらしい。
マッキーは遅れて参加したが、実は少しだけ体内魔力があるようで、一発で分かったという。
「僕だけまだか…」
「シモン、大丈夫」
リンになぐさめられると、ちょっと気恥ずかしい。
僕もまったく何も成長してないわけじゃない。
体内を魔力が駆け抜ける感覚ははっきり分かるし、もう少しで身体強化はできるはず。
だけど問題は、僕だけにアオさんが課したこと。
ないはずの体内魔力を探せ。
見つかっても使えない魔力って時点で意味不明。
リンが魔法の先生に教わった話では、魔力に質の違いはなく、あれば使えるし、なければ使えない。
アオさんもそれは否定しなかった。
ただし、「お前のもつ魔力は例外だ」、と。
そして。
もしかして…というものは感じている。
何となく頭の中にもやもやしたものを感じる。
それはどう考えてもおかしいけど。
体内だろうが体外だろうが、魔力を頭で制御するから、頭には魔力はたまらないと、これも常識なんだ。
だから――――。
本当にそれが僕の体内魔力なら、使えない例外ってのも分かる気はする。
「食事だけは慣れねぇな!」
「師匠じゃなきゃいけるっす!」
「自分も作れないんだから我慢しろよ、マッキーも。…まさか僕が一番マシだなんてなぁ」
「シモンはすごい」
「リンも無理矢理褒めるな」
魔力の訓練の後は、筋トレしてから夜の食事。
夜の食事なんて普通はしないけど、アオさんは絶対に食べるらしい。
まぁ、夕方に激しい運動するから、食べないと腹が減って眠れなくなるのは間違いない。
で。
アオさんは炊事をしない。
うちの組合の建物には、ちゃんとかまどがあったが物置になっていた。
だから最初の数日は、干からびたパンしか食べる物がなかったのだ。
本当に腹が減っていれば、そんなものでも涙が出るほどうまかったけど、さすがに毎日は耐えられない。
かまどを掘り出して、最初の炊事はアオさんが担当した。
そして、すさまじく苦いだけの謎の鍋物を食べさせられ、僕は地獄を見た。
三人が加わった後も、一度だけアオさんが調理した。
僕はいろいろ理由をつけて干からびたパンを食べ、三人は普通に倒れた。
リンは父親に会ったらしい。
危うくあの世に行きかけたのかと思ったら、生きてるらしい。何それ。
「肉かったぁい!」
「ついでに歯も鍛えろ」
「分かりました、アオ先生」
「………」
金がないので、筋ばかりの肉とクズ野菜のスープしか作れない。
調理担当は僕。ただ切って放り込んで煮ただけなのに、褒められるのはヤバい。
僕の調理なんて、山で狩りをする時にやってた適当なものだ。
どんな屋台の料理よりもまずいという自信がある。
しかし、カイとマッキーは焼く以外何もできない。そしてリンは、たぶん炊事場に立ったことがない。さすが大貴族様だった。
そんな貴族様に褒められると、どんな反応していいのか困る。というか、リンは本気で歯を鍛えようとしてる。思ったより常識が抜けてるのがさらにヤバい。
ということで、いよいよ僕も冒険者デビューになる。
一応、カイとリンを助けに行った時に九階に入ったが、あれは経験には数えられないだろう。
「リン。明日の予定を」
「は、はい、アオ先生。……明日は日の出前に起床、四人で手続き後、一階から順に進みます。予定では五階の安全地帯で一泊、九階入口まで進んで帰ります」
「うむ、全員忘れるな」
「はい!」
アオさんが立てたプランは、思ったよりハードな内容だ。
初めてなのに最大で二泊、しかも誰も先輩がつかないのに、いきなり九階まで降りろという。
さすがに九階ボスまでは行かないけど、つい数日前に酷い目に遭った二人は大丈夫なんだろうか。
「師匠は行かないのか」
「行くわけあるか」
カイがダメ元で聞いたが、予想通りの答えが返ってくる。
いや、カイはまだアオさんをよく知らないから、もしかしたら本気で聞いたのかも知れないな。
「いいかお前ら。この数日でカイは多少の身体強化ができている。リンも外の力を取り込めるようになってきた。シモンは………、まぁなるようになる」
「あ、あーしは!?」
「マッキーはまだ役立たずだ。カイに教えてもらえ」
「はい! 筋肉先輩よろしくっす!」
「おう任せろマッキー!」
魔力を知る訓練を続けたことで、僕たちはそれなりに強くなった。アオさんはそう言いたいんだろうが、僕だけ適当なのは何?
「不安だ…」
「大丈夫。シモンは私が護る」
「それはさすがになぁ」
九階ボスに出会わなければ、そこまでは魔物もあまり強くないとは聞いているけど、不安は不安。
しかし、そう思っているのは僕だけらしい。
何だろう、リンに護られるのも違うよな? 酷い目に遭った女の子を僕が護る方が素直だよな?
……まぁ傍から見れば、僕がリンを護るって方が噴飯物だけどな。
そうして翌日。
ちゃんと寝坊もなく全員が早起きして、ちゃんと荷物も持ってちゃんとアオさんに見送られて、僕たちはちゃんとダンジョン前の事務所へ向かった。
ボノさんに励まされながら手続きを終えて、ダンジョンの中に入った。
「占って進ぜよう」
「結構です」
そこには、まさかの巨体フードババァ占い師が待ち構えていた。
「ねえシモン、こいつって誰?」
僕に聞くなよ、マッキー。
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