15:エンストア商会、所属が増えてしまった
「シモン。よろしく」
「ハハハハ、聞きしに勝るボロさだよー!」
「世話になるぜ兄弟!」
「カイと兄弟になった記憶はない」
「まぁそう言うな兄弟!」
僕たちがタイゾウダンジョンの冒険者ライセンスを受け取って、たった半月ほど。まだ新人、というか僕自身はまともにダンジョンに入ってすらいない。
そんな、たった半月のうちに二度も置き去り事件が発生。
しかも両方ともスプレム商会の組合所属冒険者が引き起こしていた。
一度目は、巻き添えにされた僕を含めて全員が新人だったが、二度目は何年も所属する中堅冒険者が起こしたので、スプレム商会には重い処分が言い渡された。
代表の交代、職員の再研修、そして所属冒険者の無期限ダンジョン探索禁止措置。
無期限と言っても、当事者以外の所属冒険者に研修させた上で、いずれは解除されるらしいが、下手すれば次の新人募集まで禁止になるという話だ。
あ、もちろん二人を置き去りにした三名は追放処分。
ライセンス取得が世界一難しいタイゾウダンジョンで、追放処分になる冒険者はそれほど珍しくはないらしいが、同じ冒険者が何度も巻き込まれるのは普通じゃない。
「お前ら、今から余所を探して来い!」
「アオ師匠の元で、俺は筋肉を磨く!」
「ハハハハ、これはこれでいいんじゃなーい!?」
「アオ先生、シモン、……よろしく」
で。
スプレム商会所属といっても入ったばかりの新人、しかも被害者のカイとリンに責任はない。管理事務所の判断で、二人には特別に組合移籍が許可された。
すると何を思ったのか、二人はエンストア商会への移籍を申し出たのだ。
二人は僕の友だちだが、だからといってうちに所属しても組合らしいことは何も期待できないので、他を選ぶよう説得する側にまわった。
「えーと、三人いるのはなぜ?」
そう。
さらに問題なのは、なぜか移籍希望者が三人いたことだった。
「あーしの名はマキワっす。マッキーって呼んでくれっす! 昨日追加で登録した新人っすよー」
「追加?」
「ナカジの替わりだぜ、兄弟」
「あ、ああなるほど」
カイとリンの間に立ち、知り合いのように会話に混じっていた女。
リンとおなじくらいの長身で、下半身は冒険者がよく着る作業服だが、ビキニの水着みたいな薄着で一瞬目のやり場に困った。すぐ慣れたけど。
なぜ慣れたって?
まぁ…、彼女の露出がエロ方向じゃなく、カイの同類だったからな。
胸のふくらみはそれだけじゃないんだろうけど、腹筋も割れているし、何より…。
「俺が言うのも何だが、マッキーはどこに出しても恥ずかしくない筋肉だぜ!」
「カイも仕上がってるっす!」
女カイ…と言う前に二人でポーズを取って、互いを褒め始めた。
というか、二人とも明らかに僕とリンを誘っている。
挙動不審なリンに笑いがこみ上げてくるけど、僕はこんなことで流されないぞ。
「バカかお前ら。さっさと帰れ」
「師匠! 今日からここが俺たちの家だぜ!!」
「ボロい我が家だよー!」
「ケンカ売ってるだろ、さっきから」
アオさんにケンカ売る度胸はすごいと思う。
あれ、僕もたいして変わらないか。
「おう! そう言えば俺の本名はイカイタだぜ。呼びにくいからカイで頼む」
「本名なんざ、どうでもいい」
「師匠ぅぅ!」
マジどうでもいい。そこはアオさんに同意だ。
僕のロダ村情報並みに要らないだろ。
マッキーは要するにキャンセル待ち二番で、そのうち空くからとスプレム商会に滞在していたらしい。
というか、二番も拾ってもらえたんだな。
僕を置き去りにした事件で追放されたのは二人だけど、そもそも僕自身が予定に無かった五十一人目だから、いつも通りの五十名に人数を合わせるなら一人しか拾わなくとも不思議ではなかった。
どうやら自分は完全な人数外のようだ。
「マッキーの素性は分かったが、あえて聞くけど、わざわざここに来たのはなぜだ?」
「あーしはカイの勧めで来たよー」
「おう! マッキーが移るならここしかない!」
いや、ここだけはないの間違いだろ。
「あの……、ここは…」
「あー」
頑張って――親切心から――追い返そうとした僕の目論見は、リンがエンストア商会唯一の自慢のあれを発見してしまい、水泡に帰す。
トイレだから? ほっとけ。
「うおおお! これでふんばり放題!!」
「カイ、お前女にモテた試しがないだろ」
「なぜ分かった、兄弟!」
…………。
リンとマッキーが引きつった笑顔で、なぜか僕を見ていた。
なぜだよ、言いたいことがあるなら本人に言ってやれよ。
ある意味、カイの叫びは妨害工作そのものだったが、しかし水洗トイレの魅力はそれすらも上回ってしまった。
みんな、そんなに共同便所が嫌なのか。
まぁ、嫌だろうな。僕は嫌だ。
「リンです。シモンとアオ先生にお世話になりたくて来ました。実家のことは…、今は秘密です。ごめんなさい」
「構わねえぜ! リンはいい奴だ! 俺が保証する!」
「あーしも! リンはかわいい子だよ!」
「お前らに保証されたってなぁ」
今さらのようにリンも自己紹介をしてしまった。
僕も知る限り、リンがいい奴なのは知ってるし、とんでもない美人で脚が長くて胸がはち切れそうなのも知ってる。
何より、新人なのに魔法が使えるだけでも頼りになる。
だから……、僕自身は彼女がうちに入ってくれるなら嬉しい。ついでみたいで悪いが、カイとマッキーも。
ともかく、エンストア商会の組合所属者は一気に四人に増えてしまった。
なので最初にやることは、寝床の確保。
何しろ僕はその辺の床に寝ていたのだ。マッキーは何か大丈夫そうな気がするけど、大貴族様のリンにそれは無理だろう。
というか、今からでも考え直すのが一番無難な選択だと思う。しつこい?
「アオさん、二階ってどうなってる?」
「そんなものはない」
「いや、絶対ある」
そこで以前から気になっていた未知の空間へ乗りだすことにした。
そもそもエンストア商会の建物は、板を打ち付けた窓が上下二段ある。つまり二階建なのだが、今まで二階には足を踏み入れたことがない。というか、階段がどこにあるかも分からない。
アオさんに聞いても答えがないので、四人で奥の荷物をかき分けてみると、左端の柱の辺りにハシゴがあった。
その上の天井が空いているから間違いない。
「最初はシモン?」
「ま、まぁそうなるか」
「俺は許可してねぇ」
「アオさんはゴミ屋敷にしたことを反省してくれ」
周囲は埃が積もっていて、数年どころの放置ではなさそう。
生活力がないったって、仮にも商会を名乗ってこれはないだろ。
幸い、ハシゴは腐ってはいなかった。
慎重に昇ってみると、二階があった。
二階だ。
「どうしたシモン」
「あ、ああ…。まあ見れば分かる」
三人も昇ってきて、そしてとりあえず言葉が出ない。
「ここって魔物の巣?」
「はははっ、ちょっとすごすぎ」
二階はそう、喩えるならダンジョン入口のそばにあるゴミ捨て場だ。
冒険者たちが持ち帰ったもののうち、売り物にならないやつが捨てられている場所。二階にはそんな感じで埃まみれの何かがうずたかく積み上がっている。
わりと絶望しかかった時、リンが何かを見つけた。
「シモン、……これって刀?」
「え?」
ゴミの山からリンが引き上げたのは、錆びた刀だった。
「お、ここにも剣があるぞ」
「お宝はっけーん!」
カイとマッキーも武器を見つけた。
どうやらただのゴミの山ではないらしい。ただ…。
「お前ら、それが何か分かってんのか?」
のっそりとやって来たアオさんの声。
そうか、やっぱりそうか。
「怖っ!」
「あ、悪霊…」
二階は要するに、引退したか亡くなった冒険者が置いて行ったもの。僕が着ている服や防具や武器も、すべてこういう形で埋もれていたらしい。
「アオ師匠。なんで師匠が預ってるんだ?」
「預ったわけじゃねぇ」
冒険者は勝手な人種だと、アオさんはつぶやく。
思い当たる節のある僕たちは、少しだけ苦笑いした。
引退する冒険者は、余計な荷物を減らすために武器類は売り払う。
しかし、中には買い取ってもらえないものもある。
破損が酷かったり、不吉なものだ。
「やめる時に使ってた武器は、捨てて行くやつが多い」
「鎧なんかも捨てるのか? 勿体ない」
「鎧を捨てるのは死んだ時だ。身を護れなかった鎧は誰も買わない」
「分かる気がする」
そうした武具や防具などは、結局は山の中に捨てられてしまう。それどころか、裏の墓地に捨てる奴が大半らしい。
アオさんは別に墓守ではないが、仕方なく拾って保管しているという。
「保管…」
こんな呪われた空間の真下で寝泊りしていたのか。
悪霊憑きの刀を使ってる時点で今さらだが。
結局、一階の使わない荷物を二階に上げて、空いた場所を居住スペースに使うことにした。
ちなみに、使わない荷物の中にも呪われてそうな武具や、死んだ冒険者の荷物が普通に混じっていた。
「兄弟、そんなもの着てたのか、すげーな!」
「だ、大丈夫………たぶん」
「シモンって実は大物? 夢に見たりするんじゃない!? 勝手に俺のもの使うなー、とか」
お前らに同情されるのが一番辛いぜ、くそったれ。
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