12:ダンジョン管理事務所、激動の日々 後編(閑話・ボノ視点)
ダンジョン管理事務所で突然企画された、新人向けの特別講習会。
参加する新人はシモン、リン、カイ。
前日の一階オーガ事件の当事者三名である。
ちなみにこれは意図的なものではない…と、企画したデンバ代表は言っていたが、間違いなく嘘だ。
三人以外に声をかける予定はなく、そもそも他の新人の予定が入ってから突然アナウンスされたのだ。
しかも講師があの人なのだ。
自分が預ったシモンのせいで、危険な目に遭わせてしまったとでも考えているのだろう。
そう。
二十五年前に自分が新人だった頃、俺を指導してくれたのがホーリーという人だった。
シモンを所属させたエンストア商会の代表で、普通はアオさんと呼ばれているが、どういうわけか新人講習ではホーリーという偽名を名乗った。
ホーリー先生の指導はほぼ素手の格闘術のみ。最大五日間で、五日目に訓練場にやって来る新人はほぼいなかった。
なぜかって?
ホーリー先生の講習は厳しかった。最初の数分だけ新人に好きに攻撃させ、その後は身体の使い方を教え込まれる。
五十人の新人が誰一人立ち上がれないほど叩きのめされ、自由参加の二日目には半分以下に減った。
いつも数名は四日目まで残り、朝になっても起き上がれずに断念する。
俺も四日目まで耐えたが、全身の筋肉痛で最終日は無理だった。
そんなホーリー先生は、俺の世代を最後に、現在の副代表のセンバさんに役目を譲った。
その後、格闘術の講習は任意になり、やがて行なわれなくなった。
それは格闘術が役立たないからではない。
武器を持たずとも動けないと、いざという時に身体が対応してくれない。
それは自分自身が二十二階層を戦う中で痛感した。
格闘術の講習がなくなったのは、ホーリー先生のように教えられる人がいなかったためだ。
いくら新人でも、一度に五十人を相手にして、しかも全員の攻撃を受けた上で指導するなど、人間業ではなかった。
「おうボノか。昨日は迷惑をかけた」
「せ、先生! あれは不可抗力です」
「そうか? まぁよろしく頼む」
「は、はい!」
しばらくぶりに会ったホーリー先生は、まさかの仮面姿。
左半分が白、右半分が黒の奇怪な仮面をつけていて、道行く人が目撃したら衛兵がやって来そうな不審者だ。
しかし、それを指摘できない。
何しろあの恐ろしい人だ。代表と副代表からも、くれぐれも失礼のないようにと念を押されているのだ。
喉元まで出かかった「個性的な格好ですね」という台詞を無理矢理引っ込めて、頑張って険しい顔を作った。
時間になり、シモン、カイ、リンの三人がやって来た。
俺は笑わないように頑張って、彼らにホーリー先生を紹介した。
仮面姿の先生が現れた時の微妙な空気に、逃げ出したくなった。
最初に指導を受けるカイのなめた態度を見て、今度は胃が痛くなった。
まぁ、いいだろう。
この空気はすぐに変わる。
「痛ってぇ…」
「まっすぐ正面から来る奴がいるか、バカ」
そうして始まったホーリー先生の指導は、二十年以上経っているのに俺がやられた時とまるで変わっていなかった。
ガタイも良く前途有望な新人のカイに、最初は好きなように攻めさせる。
カイはなかなか良いキックを見せ、拳の威力も悪くなかったが、ホーリー先生は最初の立ち位置から一歩も動かないまま。
時々喉輪を押しただけでカイは吹っ飛ばされ、こんなものかと挑発される繰り返し。
まるっきり昔のままじゃないか……と。
次に指導を受けるリンが呆気にとられているその隣で、シモンがとんでもない台詞をつぶやいた。
「アオさん、なんで名前違うんだ?」
お、お前!! なぜそこに気づいた!?
慌てた俺は、すぐに思い直す。
所属の冒険者が気づかないはずがなかった。
むしろ、バレバレなのにホーリー先生はなぜ仮面姿だったのか。
女性、しかも大貴族の娘のリンに対して、ホーリー先生は一切容赦をしなかった。
リンが魔法を使うことも、恐らくはその素性すら先生は知っているようだったが、カイの時と同じく喉輪で突き飛ばした。
大丈夫なのかと心配したが、リンはむしろ嬉しそうに立ち向かって行く。
二十五年前の自分を思い出しかけて、あまりに絵面が違いすぎることに気づく。
リンがなぜ身体と顔を隠しているのか、よく分かった。
これだけの身体と顔を露出していたら、新人講習は悪い意味で無事に済まなかっただろう。
昔を思い出すような講習はやがて、予想外の方向に変わった。
三人目、いよいよシモンの相手をするホーリー先生。
最初は他の二人と同じで、ただし二人に対するよりも指導は緩く見えた。
それは単に、カイやリンに比べてシモンが非力だからなのは容易に想像がついたが、それならなぜ…と、首を傾げるしかない。
――――――だが。
魔法を使うための講習をすると、ホーリー先生は言い出した。
もちろんホーリー先生が上位の魔法使いであることは俺も知っているが、かつての新人講習で魔法を教えたことはなかったし、自ら魔法を披露した記録もない。
しかも、元から魔法使いのリンだけでなく、シモンとカイにも魔法を教えるという。
その時のホーリー先生のつぶやきを聞いて、ようやく分かった。
体内に魔力を持っていないと断言しておきながら、シモンに命じたのだ。
魔力を探せ、と。
シモンには、魔法に関わる秘密がある。
彼自身も気づいていない、何か重大な秘密が。
いったいホーリー先生は、シモンに何をする気なのだ。
なお、すっかり気を許した三人に乞われ、ホーリー先生が魔法を披露した。
気軽に頼んだ三人が絶句した時、俺も同じく呆気にとられていた。
ホーリー先生が使ったのは、魔法を使う者ならだいたい最初に習う、ただの火焰魔法だったが、軽く放った一撃が訓練場の壁を突き抜けた。
タイゾウダンジョン二十二階を攻略した時のメンバーにも、あれだけの威力を出せる者はいなかった。
全く本気を出していないのに、二十二階の魔物を瞬殺するレベル。
この人が冒険者に加わっていれば、いったいどこまで進めるのだろうか。
「ア、アオ師匠! 俺はアンタに一生着いてくぜ!!」
「やかましい! この程度の魔法、お前らの組合でも使える奴ぐらいいるだろ」
しかも、この無茶苦茶さ。
使える奴なんているわけないだろ、と危うく口にしそうになった。
謎の新人冒険者シモンを、まさかここまで育てる気なのだろうか。
エンストア商会は遠からず、誰もが知る存在になるだろう。
実際には、そんな俺の予想すら超えて行くのだが――――。
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