11:ダンジョン管理事務所、激動の日々 中編(閑話・ボノ視点)



「ボノ、この報告書は冗談か? 何もなかったと書かれてるが」

「すみませんデンバさん。本気です」

「うーーーん…」


 エンストア商会が、突然冒険者を所属させた。

 それも、会長直筆の手紙を持たせて。


 管理事務所代表のデンバさんの命令で、俺たち職員は総出でシモンという者の素性を確認したが、はっきり言って何も特別な事実は見つからなかった。

 センゴク・ワカハラ連合国のロダ村生まれ、年齢は二十歳。

 事前講習でも特に目立った点はなく、成績的にはギリギリだったが合格ラインには達していた。


 新人講習の講師を務めている俺は、実際にシモンの様子を観察した。

 やはり普通の若者だ。

 今回の新人は全体的に体格が良かったので、下から二番目ぐらいと小柄だが、事前講習をクリアしただけあってまずまず筋肉もついている。

 と言っても、能力的に秀でている感じはない。大人しい青年だ。


 ただし、彼の装備だけは他と一線を画していた。

 俺は彼の申し込みを受け付けたから、その時の格好は覚えている。古びた質の悪い防具に、安っぽい短剣と弓矢を身につけていた。

 地元の教会が世話をしていたらしいから、あれが元々の装備だったはずだが、二日目のダンジョン内講習の時には全く違った姿になっていた。


 今回の新人の中には、一人だけ貴族の娘が混じっている。

 リンという十八歳の女性で、代表からは彼女の素性には立ち入らないよう通達があったので、かなり高位の貴族だと思われる。

 会ってみると、一見すると女性に思えない立派な体格だ。

 事前に魔法を使うと届け出があった場合のみ、事務所に備え付けられた測定石で大雑把に魔力量を測定するのだが、リンの測定結果は最上位クラスだった。

 その辺で、彼女の出自はほぼ分かってしまうが、あくまで秘密とされている。


 そんなリンの装備は、上着とフードで良く見えないものの、かなりの高級品と思われる。普通の新人の持ち物ではない。

 なのに、シモンの装備はそれ以上である。

 防具も武器も程よく汚れていて、新人にはその価値を見抜けないだろうが、すべて一点物、二十階以上に潜る冒険者が身につけるようなものばかり。

 特に、腰に下げた刀は国宝クラスだろう。


 本当にあのエンストア商会に所属するなら、新人にそれだけの装備を与えても不思議ではない。

 はっきりしているのは、シモンは偶然拾われたのではなく、何か特別なものを持っているということだ。

 何が特別なのかは、まるで分からないのがもどかしい。



 ようやく三日間の講習を終えてほっとしていると、いきなり代表が騒ぎ出した。

 一階にオーガが出たという信じられない知らせ。

 そして、新人が一人取り残されているという。

 聞いた瞬間、誰が取り残されているのか、なぜか想像できた。


 慌てて救出に向かう。

 場所は一階の隠し部屋なので、たいした時間はかからない。先に脱出したという新人二人も同行したが、片方がまさかのリンだったのでさらに肝を冷やした。

 一つ間違えば、大貴族の娘を危険に晒してしまっていた。

 既に講習を終えた冒険者だから、我々が責任を問われるわけではないが、確実に心証を悪くするだろう。


 そうして到着した隠し部屋。

 幸い、シモンはまだ生存していたが、その光景は異様だった。

 オーガはシモンに近づいては離れる。シモンが戦っているのかといえば、ただ刀を振り回しているだけだ。

 左右の握りも逆で、どうやらまったく使いこなせていない。恐らく、鞘から抜いたことすらなかったのだろう。


 ともかく、オーガはこちらに背中を見せたままだったので、あっさり倒すことができた。 そしてシモンに近づいて、違和感の正体を知る。

 この刀は、魔物を寄せ付けない何かをもっている。


 本気で国宝間違いなしの武器を新人に持たせていた。

 唖然としたが、おかげで彼は助かったわけだ。



 その後の処理は、まぁ特に語ることはない。

 主犯二人を追放したが、それはよくあることだ。

 全員が無事だったし、エンストア商会からのお叱りもなかったと、代表は安堵していた。


「ボノ、頼みがある」


 そこで、副代表のセンバさんに呼び出された。

 特別に講習を開けという。

 臨時の講習は珍しくないが、ゲストがいる。ゲスト――――?


「ホーリーさん…」

「よお。ガキが世話になったな」


 アンタかよ!

 いや、貴方様でしたか!

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