9:うちの会長、実はすごかった?



 訓練場での講習会に参加してみたら、おかしな仮面を被ってうちの会長が現れた。

 何この状況。


「う、うむ、余計なおしゃべりはいけないぞ、シ、シモン」


 不規則発言する僕に、ボノさんが厳しく指導する。笑ってるけど。


「シモン」


 今度はリンに迫られる。

 のしかかられるような姿勢で美人に迫られるとドキドキするぜ。顔見たことないが。


「あの人は…?」

「あ、ああ。うちの…、エンストア商会の会長だと思う」

「そう……なの」


 何も分かってないカイがきょとんとして、しかしすぐに気を取りなおして組手から体術の訓練を始める。

 そして、すぐに分かった。

 アオさん、人間じゃないだろ。


 アオさんはカイを挑発するように両手を広げて仁王立ち、どこからでも攻めろとつぶやく。

 カイは容赦なくその身体を殴り、蹴る。


「いってえ!」

「そんなヘボいパンチじゃ、蚊も殺せねぇなあ」

「何を!」


 カイは怒ったが、結局手足が痺れて終了。

 アオさんの身体は、どんなに殴られても蹴られてもビクともしなかった。



「くっ…」

「体重が乗ってない。いくら強化しようが、質量のない攻撃ははね返される」

「は、はい」


 大の字になって倒れたカイに代わって、今度はリンの出番。

 その時にちょっとしたざわつきがあったのだが、あえて触れないでおく。

 …………。

 すごかったんだ。

 フード付きのローブを脱いだら、立派な黒い革の防具を着け、口の辺りも防具で覆った女の子が現れた。

 顔の下半分が隠れていても、隠しようがないほどの超絶美人。その上、皮鎧の一部がはち切れそうで……、とにかくすごかった。


「蹴りは重心に注意しろ。絶対に相手から目を離すな」

「はい!」

「飛び跳ねるな。地面から足を離せば威力が落ちる」

「は、はい!」


 で。


 最初はともかく、そんな邪念も吹き飛ぶぐらいにリンはすごかった。

 細い身体なのに、蹴りの威力はカイと同等以上だし、動きも早い。

 どうやら魔法での身体強化を使っているらしい。マジですごい奴だった。


「全身を同じように強化するんじゃない。こうなるぞ」

「はああっ!?」


 それだけすごい攻撃なのに、アオさんには何一つ効いてる気配がない。

 リンは金属製の籠手を着けて、まさかの肉弾戦に挑んだが、アオさんは余裕でその拳を受け止め、容赦なく喉輪を突いた。

 背は高いが細身の身体が訓練場の壁に叩きつけられ、ボノさんも慌て出す。


「吹き飛ばされた時点で負けだが、反撃の手順を考えろ。黙って衝突するな」

「は、はい…」


 カイの時より激しい衝突で、リンが壁のシミになりそうな勢いだったが、訓練場の壁には衝撃を吸収する魔法が使われているらしく無事だった。

 というか、あれだけ一方的にやられてまだ立ち上がるって、もしかしてリンはけっこうな戦闘狂なのでは?

 気のせいかも知れないが、さっきより楽しそうだし。


「ここまでだ。ゆっくり休め」

「あ、ありがとうございました」


 結局、もう一度喉輪を押されかけたところで終了。

 さすがに二度目はフリだけで、叩きつけはしなかった。

 アオさんに頭を下げて、こちらにふらふらと歩いて来たリンは、まさかの大の字に倒れ込む。

 ハアハアと激しく呼吸すると、盛り上がった部分がぷるんぷるん揺れて目のやり場に困るが、当人は気にする余裕もないようだ。


 一方でアオさんは平然と立っている。

 これが物置で干からびたパンを食ってる人なのか?




「俺の正体をバラしやがったガキにはお仕置きだな」

「いや、隠す気なかっただろ!? バカバカ言われて気づかないわけあるかよ」

「やかましい。石の下に行きたくなければ邪念を捨てろ」


 後ろの方から「石の下?」とつぶやく声も聞こえた。

 悪いな。僕とアオさん、二人だけの秘密の呪文なんだ。


「お前はまず魔法の身体強化を覚えろ」

「魔法なんて使えない」

「いや、使える」


 格闘なんて素人な僕の攻撃は、片腕で簡単にかわされる。

 そのたびに身体がぐらついて隙だらけになるが、リンの時と違って何もしてこないのが地味に悲しい。

 タイゾウダンジョンに入るって、こんな大変だったのかよ。


「畜生! ロダ村のシモン、渾身の一撃を受けてみろ…って、痛ええええ!!」

「そんな田舎者のパンチが効くわけあるか」

「田舎は関係ねぇだろ!!」


 アオさんが棒立ちで挑発するので、鳩尾めがけて思いっきりパンチを叩き込んだ。

 僕より少し背が高い程度のアオさんは、体格的には戦いやすい相手。ただしまったく効果はなく、自分の腕が痛むだけ。

 アオさんがアドバイスじゃなく、いつもの軽口なのも地味に傷つく。

 いや、もちろん僕だって自分がバカなこと言ってる自覚はあるけどさ。



「お前ごときが落ち込むな。俺と同じ格好をしろ」

「く、くそ…」


 僕は壁に叩きつけられることもなく、アオさんには魔法の訓練をすると一方的に告げられた。

 何を言ってるのか、わけが分からない。

 僕は向こうで講習を受けた時も、魔法は一切使えないと言われたんだぞ。


 しかし、アオさんは僕の無言の抗議を無視。

 そして、僕の隣にはカイとリンも来て、三人で同じポーズをとらされる。

 どうやらボノさんが二人に勧めたらしい。


「リン。魔法はどうやって使う?」

「え………。その…、身体の中の魔力を手のひらに呼び出して、それから命令を与え…ます」

「ふぅむ」


 三人の中で魔法が使えるのはリンだけ。

 しかし、アオさんは首を傾げる。


「誰に習った?」

「……先生です。家で教えてもらいました」

「そうか。まぁそれは間違いじゃない。元から魔力を持っている奴ならな」


 リンはこくんと頷いた。

 今さらだけど、リンってたぶん貴族だろう。魔法の先生を家に呼べるのもそうだけど、貴族の子は魔法を使えるって村でも聞いてたし。


「ただし、生まれつきで決まったら世の中つまらないと思うだろ?」

「ああ!」


 アオさんの言葉に、すかさず大声で同意したのはカイだ。

 もちろん僕も同意する…けど。


「リンをうらやむことはないぞ。生まれつきというなら、俺はもっととんでもない奴を知っている。リンとお前らの差なんて、髪の毛一本分もないからな」


 アオさんに言い切られて、リンが傷つくんじゃないかと思ったが、むしろリンは嬉しそうにすらみえる。

 今はフードを被ってないから、けっこう表情も読み取れるし。


 ただ、別に僕にとって嬉しい言葉じゃないから。


「アオさん。違いが大したことないといっても、何もないのとあるのは全然違うだろ」

「どうしたシモン。あんまり頭使いすぎると石の下だぞ」


 …そんなに僕を墓地に埋めたいのかよ。

 というか、死者を茶化すなと言いたい。呪われていても、昨日の僕はそのおかげで助かったんだ。


「まぁ無駄話は終わりにする。お前たちが練習するのは、外から魔力を集める方法だ」

「外から?」

「そ、そんなことできないはず」

「貴族向けには教えないからな。お前ら三人はデンバが認めた奴だから話すだけだ」


 貴族…なんだな、やっぱり。

 というかデンバって、事務所のあのおっかない人かよ。僕たちが?



 それからしばらく、三人それぞれにアオさんがアドバイスをして、魔力を集めて使う訓練が始まった。

 カイに対するアドバイスは、筋肉の一本一本を知る、だった。

 耳に入った瞬間に、頭が理解を拒否したが、筋肉は細い糸の集まりみたいなものだから、その糸の動きを感じればいいらしい。

 絶対そんなことできないと思うが、カイは張り切っている。悪い奴に騙されないといいが。


 リンは、魔力を手に集めるイメージを捨てて、身体の周囲の何もないところで魔力を感じる訓練を始めた。

 元々リンは体内に魔力を持っているが、そのせいで外の魔力を認識できない…とアオさんは言っていた。


「アオさんって魔法使えるのか? 全然そんな感じに見えない」

「シモンはかびたパンの刑に処すか」

「い、今だって似たようなもんだろ!」


 しかし、カイとリンもアオさんの魔法を見てみたいというので、渋々といった感じでアオさんは訓練場の中央に立った。

 仮面を被っているのに面倒臭そうな表情まで想像できる。というか、バレてるんだから脱いだらいいのに。


「じゃあ見ておけ。まずはリンと同じやり方だ」


 そうしてアオさんは右手を前にかかげる。

 すると次の瞬間、手のひらの先が真っ赤に光り、訓練場の向こう側の壁まで炎が届いた。


「すげー、これが魔法か」


 僕もそうだがカイも攻撃魔法を見たことがなかったようで、二人ではしゃぐ。

 アオさん、ただのゴミ屋敷の住人じゃなかったぜ。


「す、すごい…」

「さすがだ…」


 同じ魔法を使うリンは、別の意味で呆気にとられていた。

 どうやら自分が使える魔法とは威力がかなり違うらしい。

 そしてもう一人、ボノさんも呆気にとられた表情。ボノさんも驚くのか?


「こんな程度で騒ぐな、だからバカなんだお前らは。……それでだ、次が外の魔力を使った場合だ。さっきと同じ魔法を使う」


 既にアオさんが凄腕魔法使いなのは確定した。

 その上で、今度は何を見せてくれるんだろうとワクワクしていたのだが――――。


「え……」


 あまりの出来事に、リンが一言漏らしただけ。僕の口からは何も声が出なかった。



 さっきとまったく同じ格好で右手を前に突き出したアオさん。

 途端にものすごい閃光が走る。

 一瞬遅れて轟音が響いて、そして…、向こう側の壁には穴が開いた。というか、隣の訓練場も貫通して、遠くの木がバリバリ音を立てて倒れる様子すら見えた。

 訓練場って、確か特別に強化されていたはずなのに…。


「ア、アオ師匠! 俺はアンタに一生着いてくぜ!!」

「やかましい! この程度の魔法、お前らの組合でも使える奴ぐらいいるだろ」


 興奮して抱きつこうとするカイを手で払いながらアオさんがつぶやくと、途端にカイとリンが黙った。

 そこで初めて聞かされた話。

 二人が所属するスプレム商会は、昨日の一件によって処分されるという。


「アオ師匠の組合に移籍したい!」

「「アホか!」」


 そこだけ、僕とアオさんがハモったのは言うまでもない。


 なお、後で二人にエンストア商会の組合施設を見せてやったら、盛大に引きつっていた。

 ついでに隣の「石」も案内したから、二度とうちに所属したいとは言わないはずだ。





「なんだよアオさん、先生やるなら教えてくれたら良かっただろ?」

「あれは別人だ。そう、生き別れの弟だ。俺はそんなに口悪くねぇからな」


 アオさんは何言ってるんだよ。アホの子かよ。

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