8:希望者のみ(?)の追加講習


 ダンジョン一階で、まさかのオーガに襲撃された。

 どうにか助け出され、事務所での事情聴取も終わり、物置みたいな我が家(?)に戻る頃には、もう夕暮れ時だった。


 助けてくれたことに礼を言いつつ、あの理解不能な出来事について僕はアオさんを問い詰めようとした。

 だけど、僕の身体は限界で、そのまま床で寝てしまった。

 物置から見つけてくれたというカビの生えたふとんのおかげで安眠してしまった。



「シモン。お前はまだ世界の秘密を知るには早い」

「……話が大きくなりすぎだろ。そんな秘密聞きたくもない」


 目が覚めて、改めてアオさんを問いただす。

 研修期間が終わったので、今日からの僕に決まった予定はない。アオさんが答えるまで居座ると叫んだら、呆れた顔で椅子に座った。

 顔は隠れて見えないが。


 アオさんが教えてくれたのは、自分が冒険者だったこと。

 事務所のデンバ、センバ兄弟とは古い知り合いだということ。


「あの二人、兄弟だったのか」

「バカだろお前」


 あの二人に恐れられるようなことはしていないと言うが、きっとそれは嘘だと思う。

 アオさんはいろいろ常識の欠けている人だ。



「刀のことを教えてくれ。あんなおかしな武器は聞いたことがない」

「聞いたこともない? これだから田舎者は」


 昨日、僕に貸してくれた刀には、通信機能がついていた。

 ダンジョン外にまで通信可能という貴重なアイテムで、その辺の店では売っていないお宝だという。


「呪われてるってのは…」

「心配するな。あれは嘘じゃない」

「嘘じゃないから心配するだろ」


 あの刀の名前は、悪霊憑きの刀。高位の魔物が恐れるほどの怨念がまとわりついていて、鞘から抜いて持ち続けると持ち主が衰弱して死に至る…って!?


「なんてもの持たせるんだ!」

「おかげで助かっただろ。お前程度が持てる刀で一番性能いいからな」

「知らずに抜いてたらどうするんだよ」

「その時は隣の石の下だ」


 悪怯れもなく言い放ったアオさんに呆れて、それ以上質問する気も失せた。

 いや、分かってるんだ。

 アオさんに悪気はないし、たぶん五十一名の新人のなかで一番上等な武器を持たされて、そのおかげで助けられた。

 感謝している。

 そして、見直している。

 アオさんが、思ったよりずっと頼りになる人だったことにほっとしている。


 だけど、それで割り切れないだろ。

 呪いの刀を黙って持たされて、ナカジみたいなバカが抜き放って振り回していたら、僕が殺人犯になっていたかも知れないんだ。




 その後。

 気分を変えようと普段着のまま事務所に行くと、先輩冒険者に混じって数人の新人がいた。

 そして、壁の黒板に書かれた文字に気づく。

 希望者のみのダンジョン講習がある。参加無料、昼食代つき。

 僕はダッシュで申し込んだ。


「なんだ、もう帰って来たのか」

「アオさん、ダンジョン講習ってのに申し込んで来た。明日から二日間だ」

「ほう」


 アオさんはただつぶやいただけで、それ以上の反応はなかった。

 まぁ―――――。

 反対しないってことは、やって損はないんだろう。

 だんだん僕も、アオさんのことが分かって来た気がする。




「おう兄弟! 今日もいい筋肉だな!」

「お、お前もな、カイ」


 ダンジョン講習の会場は、タイゾウの街にある冒険者用の訓練場だった。

 訓練場の使い方もついでに教えてくれるし、物置組合所属の僕にはぴったりだ…と思って行ったら、カイとリンがいた。


「シモン。き、昨日は大丈夫…だった?」

「ああ問題ない。心配してくれてありがとう、リン」


 カイは鎧の下が裸で、ムキムキの筋肉を見せつける。僕も筋肉はつけば嬉しいが、別に見せびらかしたくはないので同類にしてほしくない。

 リンは昨日と同じ格好で、相変わらず顔は隠れたまま。ただ、無口かと思ったら少しは話もできそうだ。


「よく来た! 今日と明日でダンジョンでの立ち回り方などを教えてやろう! 俺はボノ、もしかして知ってるか!?」

「はい、知ってます!」

「そうか、それは良かった! 君たちに忘れられると、教官は悲しい!」


 結局、参加者は三人だけ。そしてさんざん世話になったボノさんなので、挨拶も今さら過ぎる。

 しかし、ボノさんが手を振ると、奥の通路から誰かがやって来る。


「紹介しよう! 体術と剣術、魔術の講師、ホーリーだ」


 ボノさんに大声で紹介され、わずかに「うむ」とつぶやいた講師は、まさかの仮面を被っている。

 背丈はボノさんよりかなり低く、リンよりも小さい。

 まぁ、リンは女だけどボノさんやカイと似たような背丈なんだが。

 僕の隣では、カイが何とも言えない表情。考えていることは何となく分かる。



「とりあえず、君たちの鍛え方を確認しよう。一人ずつホーリーに相手してもらえ」


 訓練場は頑丈な造りで、ダンジョン前の広場ぐらいの広さで三つに区切られている。

 僕は使えないが、冒険者の中には魔法を使う者もいるし、人間離れした怪力などで壊れないよう、相当な補強がされているらしい。


「俺からで頼む。それで…教官よぉ、全力で行っていいのか?」


 そんな場所で、向こう側にホーリーさんが立っているのを指差しながら、カイは不敵に笑う。


「出し惜しみするな! ……弱く見られたくないならな」

「へっ、言ってくれるぜ!」


 最初は体術ということで、盛り上がった筋肉を見せつけながらカイはホーリーさんと対峙する。

 頭一つ以上背丈が違うのに大丈夫なんだろうか……と思った僕はバカだった。


「ぐ、ぐぐぐ…」

「バカかお前。魔物と手四つで遊ぶつもりか?」

「ぅぐっ…」


 両手を掴んで力比べし始めるカイ。

 対してホーリーさんは、悪態をつきながら軽々と押し返し、次の瞬間には軽く喉輪を押す。

 すると、それだけでカイの巨体は後ろに吹っ飛ばされた。

 なんだよあの怪力、というか――――――――。


「アオさん、なんで名前違うんだ?」


 考えてみれば背丈も同じだし、何より悪態の付き方がまるっきり一緒。隠す気ないよな?

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