7:起死回生の悪霊

 一階の隠し通路の先にあった部屋で、いるはずのないオーガに遭遇した。

 そして僕は一人取り残された。

 脱出装置をナカジに奪われ、逃げ道もない。どうする? 絶体絶命だ。


 腰につけた刀を握る。

 こうなったら、死ぬまでは戦うしかない。


 もしかしたら、四人のうちの誰かが助けを呼んでくれるかも知れない。

 とはいえ、助けてくれそうなカイとリンは、ナカジが騒ぎ出す前に脱出した。そして、ナカジはきっと助けを呼ばないはずだ。

 嫌な信頼だが、自信がある。

 あのクソみたいなプライドの塊が、本当のことを言うわけない。


 仕方なく刀を抜く。

 ザワート大公国ではたまに使い手がいると聞いたが、僕は触れるのも初めての反った片刃。見た目は斬れそうだ。

 触ったこともない僕に使いこなせるはずないけど。


「こ、こうやって持つのか?」


 既に攻撃態勢のオーガを前に、こっちは持ち方も分からない。

 ちぇ、これならいつもの短剣と弓の方がまだマシだった。

 ああ、ロダ村のシモンは最後まで不幸だったぜ。


{おい! 何してるんだ、シモン!}

「えっ!?」


 その時、いるはずのないアオさんの声が響く。

 なんだよ、幻聴まで聞こえてきたのか。


{魔物か!?}

「は、はい!」

{種類は?}

「オ、オーガだ」


 しかし、それは幻聴ではなかった。

 矢継ぎ早の質問に答えながら、声の出所を探す。

 それはすぐに分かった。


{とりあえず敵に向かって振り回せ!}

「は、はい!」


 そう、刀から聞こえてくるアオさんの声に合わせて、僕は振った。振り回した。

 もちろん、まるで当たる気がしない。

 オーガは構わず近寄って………来なかった。


「え?」

{いいか、近寄ったら振れ! そいつは悪霊憑きの刀だ}


 えー……。


 軽く脱力しながら、僕は刀をデタラメに振る。

 正直言って、悪霊なんてものはまるで信用できないし、そんなものを持たせたことにも腹が立つ。

 だけど、僕はおかげで生き延びている。


「ちくしょう…、なんで声がするのか後で教えてくれよ!」

{悪いな、一方通行だから何も聞こえん}

「思いっきり聞こえてるじゃねーか!」



 そうして、どれほど刀を振り回しただろうか。


 急に人の声が聞こえて、そしてオーガの後ろから走ってくる音がして……。


「なんでここにいるんだ!?」

「僕に聞かないでくれ」


 無防備なオーガを背後から斬りつけて倒したのは、ボノさんだった。


「大丈夫か、筋肉兄弟!?」

「おかしな呼び方するな、カイ」


 一緒に入って来たのは、こんな僕のことも一応心配してくれるカイ。そして。


「すまなかった」

「気にするな、アンタのせいじゃない」


 リンも来てくれた。

 相変わらずの格好だが、肩で息をしているので急いだのだろう。

 ははは、どうやらこの二人は少しだけ信用して良さそうだな。



 僕はそのまま倒れたらしい。

 人生で一番緊張した数分だった。もう限界だった。




 その後。


 安全地帯で目を覚ました僕は、付き添っていたカイとリンにうながされ、ダンジョンの入口に向かう。

 すると、途中で事務所の職員もやって来て、そのまま事務所に行く。

 事務所一階奥の個室に通されると、そこには残りの二人とボノさん、そしてどこの世紀末かと言いたくなるほどいかついオッサン二人がいた。


「やっと目を覚ましたか。では尋問を始める」

「ま、待ってくれ、俺は…」

「勝手な発言は許可しない。………死にたいのか」


 いかついオッサンは、本気でヤバそうな人だった。


 尋問は、五人の身分と名前の確認、そして五人でダンジョンに入った経緯、ダンジョン内での行動…と、一通りだった。

 ナカジは不規則発言をしては脅され、隣のゼンセーも真っ青な顔。

 別にお前は何もしてないだろう…と思ったが、まさかのボロを出す。


「わ、私は反対したのです。こ、こいつが…、ぼっちのあいつなら捨て駒にできると、その…」

「センセー、てめぇ!」


 要するに、仲間のいない僕ならいざという時に切り捨てられるから誘ったと白状した。

 さすがにここまでクズだと、こっちも苦笑いするしかない。



「そ、そんな! 何かの間違いだ!」

「わ、私は何もしていません! 無関係です!!」


 結果。

 ナカジとゼンセーはライセンス剥奪の上で追放となった。

 研修日に即追放処分は前代未聞らしい。


「正直言えば、研修日に魔物に襲われるのも前代未聞だがな。カイ君、リン君、君たちに罪はないので帰って構わない」

「は、はい」

「ありがとう…ございます」

「シモン君は少し残ってくれ」


 無罪放免の二人に手を振って別れると、部屋の中はいかついオッサン三人だけに。

 なんか怖いんだけど。


 すると、そのいかついオッサン一号――デンバさん――が、大きなため息をついた。

 というか、後の二人もだ。

 何? 僕は何か期待外れだった?


「あの方の預り子を死なせたら、我々もどうしたらいいかと…」

「ほんっとうに良かった…」


 いかついオッサン三人から聞こえたまさかの言葉、というか震えてるし。


「あの…」

「み、皆まで言うな、分かっている、分かっているぞ」


 あの方って誰と聞こうと思ったら、意味不明な言葉で制止したのはいかついオッサン二号――センバさん――だった。

 たぶん間違いなく話が通じてないが、それ以上は何も聞けそうになかった。




 ようやく解放された僕は、屋台のにおいも気にならないほど混乱していた。

 ふらふらと街路を歩き、脇道に折れて組合に帰ると、心配そうな顔でアオさんが迎えに出てくれて――――――いなかった。


「た、ただいま」

「おう」


 いや、その反応おかしいだろ?

 死にかけたんだぜ?

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