6:裏切り

「明かりがいらないのは助かる」

「ジメジメしてるなぁ」


 臨時パーティを組んだ五人は、事務所で無事にダンジョンに入る許可をとって、自力で扉の向こうに入った。

 僕たちは研修を終えたばかりの新人なので、制約は厳しい。

 必ず五人以上で行動すること、そして二層には降りないこと、運悪く魔物に出くわした時は戦わずに逃げること。

 ひょろ長男のナカジはぶつぶつ文句を言っていた。


「いいか、俺がリーダーだ、遅れるなよ、特にお前」

「お前じゃなくシモンだし、お前こそリーダーなんて形だけじゃねーか」

「やかましい! リーダーはリーダーだ、行くぞ!」


 地中のはずなのに明るい謎の通路で、不毛なやり取り。先が思いやられるが、どうせ見物だけだと気を取りなおす。

 こいつらと組むのは今だけだし。



「シモン、なかなかいい筋肉をしている!」

「ダンジョン内で大声出すなって言われただろ、カイ」

「ははは、シモンは心配性だな!」

「一階は魔物も出ないのに、臆病者がうつりそうですよまったく」


 ダンジョン探索は、にぎやかだった。

 自称リーダーのひょろ長出っ歯はナカジ。勝手に先に進んで行く、冒険者の鏡のような勝手な奴だ。

 簡易な鎧とつばのついた帽子のような兜をつけて、腰には長い剣を下げている。

 ダンジョンの通路は天井も高いので、長い剣でも問題なく振り回せるが、このひょろい身体で戦えるんだろうか。


 筋肉マッチョのカイは、五人の中で一番背が高い。そしてさっきから、僕の肩や脇腹を触りまくって気持ち悪い。まぁバカだけど悪意はなさそう。

 なお、今は一応金属鎧をつけているが、胸の辺りしか護っていないのでビキニ水着姿みたいで気持ち悪い。うむ、気持ち悪いを連呼してしまうが、悪い奴じゃない気がする。たぶん。


 そのカイの陰に隠れながら臆病風がどうとかほざくのが、ビヤ樽のセンゼー。腹回りに合わせた特注の鎧らしい。頼まれても身につけたくない。

 こんな見た目でも、厳しい審査を突破しているわけで、ものすごいスピードで走り回るビヤ樽が……、見れるんだろうか。


 そして――――――。

 無言で歩くのがリン。

 ひょろ長ナカジと同じくらい背が高いから男だと思っていたのに、声を聞いたら女だったのでびっくりした。

 ………それだけかって?

 真っ黒な厚手の革のローブを着て、名前以外何もしゃべらないし、顔も見えないのにどう説明しろと。



 ダンジョン一階は、中央の広場のような場所から、これも渦巻き状に通路が続く。

 魔物は出ないとはいえ、方向感覚が狂う。

 地図を眺めながら慎重に見学したいのに、ナカジはバカみたいに早足なので、気がつくと自分の現在位置が分からなくなる。


「もう安全地帯か。俺様にかかればこんなダンジョンなんて楽勝だぜ」


 そうして、一度も魔物に遭っていないのに勝ち誇るナカジ。

 こいつとだけは二度と組まないと固く誓う僕だった。



 僕としては、ここで引き返す気だった。

 魔物の出ない一階をぐるぐるまわっても、あとは同じ景色の繰り返しだ。そして、魔物が出ないなら金にもならない。

 カイとリンも同意したが、ナカジとゼンセーはまだ帰らないとほざく。

 結局、次の安全地帯までという約束で、渋々つき合うことになった。


 その先の通路は、はっきり言って一階なのでなんの変哲もない。

 最初は物珍しかった景色にもすっかり飽きて、僕はカイと話しながら歩いた。

 ナカジとゼンセーとは話したくもないし、リンは相変わらず一言も発しないので、消去法でこうなった。


 四人はスプレム商会所属だという。組合からは、しばらくは一緒に行動するよう伝えられているので、無口なリンも参加しているという事情のようだ。

 僕が女性なら、こんなメンバーで入るのは嫌だ。彼女が無口なのも仕方ない気がしてきた。

 僕自身も……、不審者みたいな出で立ちだし、ゼンセーより背が低いし。



 盛り上がることもなく会話を交わすうちに、いつの間にか二人の姿が消えていた。

 慌てて後を追うと、通路で立ち止まって興奮気味な姿を発見。

 なんだろう、とても嫌な予感がする。


「隠し通路だぜ! 俺が見つけたんだ」

「ダンジョンはこれがないと始まりませんよ」


 ナカジとゼンセーが指差した場所は、壁に線が引いたようになっている。

 ナカジが無理矢理開けてみると、その先にも通路があった。

 こんな見え見えの隠し通路なんて、むしろ罠を疑うべきだと思う。まぁどうせ一階だし、隠し通路はこんな感じだと教えてくれてるのかも知れない。

 どうせ何もないだろうと、安易に中に入ってしまった。


「行き止まりかよ」

「いや、きっとまだどこかに隠されていますよ」


 しばらく進んだ先にちょっとした広さの部屋があって、通路は途切れていた。

 もちろん、お宝もない。

 あんな誰でも見つけられる隠し通路に、何かあったらびっくりする……と。



 悪寒がした。



「な、何かいる!?」

「や、ヤバいですよ」


 さっきまで何もいなかったはずの部屋の入口に、いつの間にか現れていた。

 それは人の姿に似て、真っ赤な肌の巨体。


「オ、オーガなのか」


 カイがつぶやいたように、講習で聞いた魔物の中ではオーガというのに似ている。

 そして、講習ではこうも聞いた。

 オーガは十五階以上で初めて現れ、獰猛で人間すら食べる非常に危険な魔物だと。


「に…逃げるぞ」

「あ、ああ仕方ありませんね」


 真っ青な顔のナカジ、既に股の辺りが濡れているゼンセー。さすがにこの状況では全員一致、逃げるしかない。

 さっき使い方を教わったばかりの脱出装置を使う。

 まさか初日に使う羽目になるとは。相変わらずロダ村のシモンは不幸を呼ぶらしい。



 躊躇する余裕はないので、各自が脱出装置を取り出して使う。

 最初にカイ、次にリン、ゼンセーと続いた。

 使い慣れていないリュックに戸惑いながらも、僕も無事に脱出装置を見つけた。あとはボタンを押すだけだな………と。


「な、ない! なんでだよ!!」


 まさかのナカジが、カバンの中味をぶちまけて騒いでいた。


「お、おい、さっさと探せ!」

「うるさい! 俺に指図するな!」


 さっき受け取って、自分の組合にすら戻っていないのになくすはずはない。仕方ないのでギリギリまで見守ろうとするが、既にオーガはのっそりと部屋に入って来た。

 もう何歩か進めば、攻撃が届きそうだ。

 もう時間切れだ――――――――。


「お、お前が死ね!」


 よそ見をした瞬間、僕が手にしていた脱出装置をナカジが奪い、そのまま使って消えた。

 マジかよ。

 いけ好かない奴だと思ってはいたが、ここまでするのか。



 慌てて後ずさりする。

 オーガは動きが遅いので、いったん距離をとれたが、部屋は行き止まりだしオーガの後ろに行かないと脱出できない。

 僕の不幸も、いくら何でもやりすぎじゃないか。

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