4:ダンジョン内講習と教会訪問

「今日は一階の案内だ。何をするにもここに来るから、ちゃんと覚えておけ」


 講習二日目は、いよいよタイゾウダンジョンに入る。

 早くも親睦を深めたらしい新人たちが、騒ぎ立てながら門をくぐって行く。

 そして僕は、今日も呪われた装備をつけて一人っきりだ。

 アオさんが着ているのと似た感じの作業服に、一部だけ金属製の防具、そしてそり刃の刀。防具も刀の鞘も傷だらけだ。

 余所の冒険者も、組合から借りてる人が多いけど、ここまで傷だらけなのは僕だけ。


 今朝、出掛けようとした時は使い慣れた装備だったのに、アオさんに一言「ゴミだな」とつぶやかれたショックがまだ抜けていない。

 僕はあれで鳥やウサギを狩って、ちょっとは名の知れたロダ村のシモンだったのに。



 それにしても、みんな背が高くて強そうな奴ばかり。

 五十人もいるのに、僕より小さいのは誰もいない。地元の講習を受けた時、僕は真ん中ぐらいだったはずだが、いくら何でもデカすぎだろう。


 もちろん、それはタイゾウダンジョンに潜る冒険者が、それだけのエリートだからだ。

 ライセンスを取るには事前講習と試験が課せられ、一定の水準を超える必要がある。そして厳しい条件をクリアしても、ダンジョン十四階に一年間潜らないとライセンスを剥奪される。他ではあり得ないほど厳しい条件。

 その代わり、自主的にライセンスを返上して地元に帰った人たちは、ライセンスを持っていたというだけで尊敬の対象になる。

 一応、僕もそこまではたどり着けたんだけど、いきなり自信をなくしている。


「ではダンジョンについて解説する。事前講習で聞いてると思うが復習からだ」

「もう知ってるからさっさと終わらせろよ」

「終わらせたら、お前たちに許可が下りなくなるがいいか?」

「ちぇ、かったりー」


 ガラも悪いんだよな。

 僕も敬語も使えないクソガキだが、デカくて強くてガラ悪いってヤバい。


 まぁ…、事務所の人たちはもっとおっかない見た目だけど。



 タイゾウダンジョンの構造は、どういうわけか螺旋状になっている…らしい。

 扉を抜けた先の一階は、ダンジョンの地図では中央になっていて、そこから右回りに階層が続く。

 ただ、平面になっているわけではなく、だんだん地下へ潜っていく…だろうと言われている。

 あやふやな説明なのは、このダンジョンが未踏破なためだ。


「現在、最高到達点は二十二階だ。最低でも二十七階まではあるが、恐らくそんな規模ではない」

「どういうことだ?」

「我々の組合にダンジョンの経営が託された時、三桁だと伝えられたらしい」

「ひゃ、百階!?」


 ボノさんの説明は、噂としては聞いていたが冗談だと思っていた。

 しかし、五十年前にコンビニ商会と直接交渉したエーコー商会の当時の代表が、記録に書き残しているという。


 そして、最高到達点が「たった」二十二階という問題。

 それは十階から先の魔物がいきなり凶悪な強さになるためだ。


「アンタはどこまで行ってる」

「俺か? 二十二階だ」


 不躾な質問に、脅しのような声色でボノさんが返す。

 最高到達者の一人だと分かって、その男は首をすくめた。


「冒険者が最初に躓く関門は九階のボスだ。あれは魔物…ではないと言われている」

「なんだよそれ」

「まあいい。今話しても忘れるだろ。詳しいことは各組合で聞け」


 そこに誰かが合いの手を入れる。


「ただしエンストア商会は除く」


 新人たちは爆笑、僕も苦笑い。

 だが。


「ん? 除かないぞ?」

「え?」


 ボノさんはニヤリと笑いながら、僕につぶやいた。



 その後もダンジョン一階での講習は続いた。


「このダンジョンには安全地帯というものがある。そこに留まっていれば魔物に襲われることはない。また安全地帯には水場とトイレも用意されている」

「トイレ?」

「街の共同便所よりきれいだぞ。もよおしたらダンジョンに潜るってのもありだ」


 ボノさんの冗談に笑い声があがった。

 もっとも、それは冗談ではなかったらしい。

 安全地帯は一階にもあるので、トイレだけ使って帰る冒険者は珍しくない模様。


「一階は、ただ抜けるだけならなんの問題もない。一応この階にも安全地帯はあるが、普通は魔物なんて出ないからな」

「普通…というのは、出る時もあるのか?」

「ほう、いい質問だ。君は…」

「ジュウケンだ。俺様の名前を覚えておけ」


 ボノさんに対して偉そうに口をきく奴は、昨日僕に突っかかってきた一人だった。

 ただの新人のくせに自信満々だな。

 どう考えたって、ボノさんの方が強いと思う。


「このダンジョンでは、階層によって現れる魔物は決まっている。しかし、たまに本来の階層ではない場で遭遇することはある。非常に珍しいケースだが、過去には一階に十階の魔物が出た」

「ふん、十階なんてただのウサギだろう? 俺の敵じゃない」

「さっき言ったように、十階から魔物は凶暴化する。自信があるのは構わないが、ダンジョンでは簡単に人は死ぬ。とりあえず、勝手な行動は慎んだ方がいいぞ、とアドバイスしておく」


 冒険者の行動は、他の冒険者や街に迷惑をかけなければ自由だとボノさんがつぶやき、自信過剰男はニヤリと笑った。

 いや、他にも似たような反応はあちこちにある。

 冒険者は自分勝手で、そして自信家だ。

 アオさんがボソッとつぶやいた言葉の意味がよく分かった。




 二日目の講習が終わり、一人でダンジョンを出た僕は教会に行くことにした。

 というか、教会は事務所の正面に立っている。

 不思議なとんがり屋根の建物は、目立つので集合場所にもよく使われるぐらいだ。


 当然、ここにあることは最初に事務所に行った時から知っていたし、ダンジョンに入るライセンスがもらえたことに感謝を捧げるつもりだった。

 だけど昨日は屋台の誘惑に負けてしまった。

 肉巻きパンの匂いに勝てなかったんだ。


 ――――懺悔しよう。


「こ、こんにちは…」


 教会の扉は開け放たれているので、一応挨拶して入ったが無人だった。

 入口横には受付があり、奥には長椅子が並ぶ広間。

 中央奥には女神像。

 台座の上に立つ像は、ロダ村の教会と同じ姿だけど、ここの像は大きい。等身大、僕より背が高い気がする。

 そして………びっくりするくらい………、すごく言いたくないが、エロい。

 薄い衣を羽織っているけど、胸元の深い谷間、そして下の方はなんだか見えてしまいそう。石像なのに。

 村の男が最初に欲情する相手だと言われていたのを、今さらのように思い出した。


 ――――――おっと。


 思わずムラムラしそうになるのを抑えて、膝をついて拝む。

 膝をつくと、下半身がさらに見えそうで困る…って、余計なこと考えるな自分。ただの石じゃないか。


 ダンジョンのライセンスがもらえたのは、女神様のおかげですと、拝む。

 アオさんのおかげ?

 アオさんに会えたのは、きっと女神様のおかげだ。



 結局、拝んで外に出るまで誰もいないままだった。

 受付にも誰もいない。

 治療院を兼ねているって聞いたが、頼りにしていいのか怪しいな。

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