3:講習は針の莚
「疲れた…」
「どうせ座ってただけだろ、お前」
「それが疲れるんだよ、僕はああいうのが苦手だ」
最低限の身なりを整えて、ダンジョン前の事務所に出掛けた僕は、三時間後にぼろい組合に戻った。
控え目に言って、講習は地獄だった。
絶望しかなかった昨日に比べれば、ずっとマシだけど。
講習は三日間。
初日の講習は、タイゾウダンジョン管理事務所の中にある大きな部屋で、ひたすらダンジョンの説明を聞かされた。
部屋に集まったのは、五十一名の新人冒険者で、最初に全員の自己紹介があった。
五十一という人数に少しざわつきがあったが、いかつい顔の講師が「権利の行使があった」と説明したので、いったん静まった。
権利枠のことは僕ですら知っていたので、そういうイレギュラーがあることに反発の声はない…かと言えば――――。
「お前、どんな不正した?」
「ズルしやがったガキめ、さっさと失せろ!」
おっかない顔の奴らに囲まれた。
誰が追加の一名なのか、講師からはなんの説明もなかったのに、すぐに僕だとバレた。
昨日の登録日に見なかった顔なので、隠せなかった。
「ぼ、僕はエンストア商会の代表に拾ってもらった」
「はぁ!? なんだそれ」
「デタラメ言うな!」
僕はロダの村では普通ぐらいの背丈だったけど、ここではみんなデカい奴らばかり。ますます縮こまってしまう。
所属を言ったら、さらに大騒ぎになった。誰一人、エンストア商会の存在を知らなかったからだ。
後で講師に呼ばれて聞かされたが、事務所でも知っている人がほとんどいなかったらしい。
ただ、エンストア商会はダンジョン管理組合設立の書類に名前が載っている。設立時の組合はたった三つで、その筆頭という名門(?)だと、改めて講師からも周知された。
「どうして君を登録させたのか知らないが、冒険者を続けるつもりなら移籍を考えた方がいい」
「そ、そうか…」
不正だのなんだの騒いだ連中も、エンストア商会の組合の現状を聞かされると、蔑みと同情の混じった目に変わった。
そう。
講習の二時間目、組合の説明を聞かされるなかで、講師は何度も何度も繰り返した。
「ただしエンストア商会には除く」と。
組合は所属冒険者の衣食住の便宜を図り、職員や先輩冒険者がアドバイスをくれ、そしてパーティを組んでダンジョンに入る。
しかし、僕の先輩冒険者はいない。衣食住は…、呪われた古着と干からびたパンと硬い床……。
何よりマズいのは、パーティを組めないことだ。
もちろん、同じ組合でなければダメという制約はないが、組合をまたぐことはほとんどないようだ。
「移籍したければ…、まぁ役に立つところを見せるんだな」
講師のボノさんに、真っ先に顔と名前を覚えてもらったけど、それが良かったのか悪かったのか。
冒険者になれば、きっと僕は変われる。
そう思っていた。
そして、辛うじて僕はライセンスをもらえた。
「僕は頑張るんだ。この逆境を乗り越えて、移籍してパーティ組んで攻略してみせる!」
「ほう、ここでそれを叫ぶとはいい度胸だ」
「あ…」
物置のような「は除く」組合で、埃をかぶった箱の向こうから聞こえてくる地獄のつぶやきに、我に返る。
「ぼ、僕は感謝してる! ア、アオさんがいなければ今ごろ…」
「無駄口叩くな。明日からは実地講習だ、ちゃんと準備してさっさと寝ろ」
「は、はい!」
表の屋台で買った肉巻きパンを頬張りながら、直立不動で返事をしたが、アオさんは箱に隠れて顔も見えなかった。
というか、僕の頭の中も肉巻きパンでいっぱいだ。
研修期間は事務所で食費がもらえたので、初めて買った屋台のパン。気のせいだろうが、生まれてから食べたものの中で一番うまい。
毎日これが食えるようになりたい。僕の当面の目標だ。
「あと、一応は教会に行っておけ。クソの役にも立たないが」
「クソの役…」
教会に世話になった僕にとって、それは聞き捨てならない台詞だった。
「僕は教会で育ててもらったんだ!」
「そうか、そりゃ良かったな」
………。
何だよその反応。
天聖教の教会は、昔はロダ村でも嫌われていたらしい。若い男に労働奉仕させ、口を開けばお布施の話ばかりだったと聞かされた。
だけど今は違う。
僕みたいな孤児を育ててくれたし、村の農業に指導員を呼んだり、治療院に医師を迎えたりしている。
星の彼方から見守ってくれる尊き女神様。悪く言ったらどんな目に遭うか分からないのに。
まぁ、どっちにしろ教会には行くつもりだ。
明日の講習の後でいいだろう。
などと希望に満ちたまま僕は眠りについた。
が。
不幸を身にまとう男。
ロダ村のシモンは、健在だった。
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