2:エンストア商会

※酷い名前だって? 気のせいだぜ


――――――――――――



 もらえるはずのないライセンスをもらい、僕はタイゾウダンジョンに入る権利を得た。

 フードの男……アオさんの手紙一つで、新人冒険者登録のルールが崩された。

 僕は嬉しい…というより、何が何だか理解が追いつかなかった。



「背中が痛い…」

「やかましい。無一文で来るバカがいるか。お前、本気でバカだろ」

「バカバカ言うなよ。自分がバカなのは知ってる」


 物置のような建物の中で、僕は床で寝た。

 ライセンスをもらっても金はないから、宿なんて泊まれない。そう言うと、アオさんは呆れた声で泊めてくれた。


 そう。


 アオさんに拾われた僕は、彼の商会が経営する組合所属の冒険者になった。

 朝になってよく見ても、やっぱりぼろい物置のような建物だが、なんとアオさんが代表の組合施設だったのだ。


「そこのパンでも食っておけ。死体処理も面倒だ」

「あ……ありがとう」


 大きな机が一つと椅子が二つ、あとは積み上げられた謎の荷物。

 机の上には干からびたパンが転がっている。

 カビも生えないようなパンに僕はよだれを垂らし、むさぼるように食った。

 そして、少しずつ腹が満たされていくに連れて、自分が置かれた非常識な状況を僕は理解し始めた。



 タイゾウダンジョンに入る冒険者は、十二の商会が経営する組合のどれかに所属すると、事前の講習でも聞かされた。

 しかし実は、十三番目の組合があった。

 それがアオさんの組合、エンストア商会だ。


 エンストア商会はモグリではなく正規の組合、それも登録番号はなんと一番だ。

 ただし、組合としての登録は名ばかりで、今まで冒険者が所属したことはなかったらしい。

 昨日の夜、事務所が大騒ぎになったのは、そんな組合が僕の登録を求める手紙を送ったからだ。

 そしてあっさりライセンスがもらえたのは、今まで五十年間一度も権利を行使しなかったエンストア商会に、優先権があったからだった。


「なぁ、共同便所ってどこにあるんだ?」

「そんなもの使うな、ケツが腫れるぞ」

「………」


 まさかその辺で野糞…と思ったら、アオさんが向こうを指差す。

 ボロい建物の裏にまわってみると、なんと細長いトイレの扉が。


「マ…マジか」


 立派な街でも共同便所が普通なのに、扉付きの個室。

 しかも中を見たら、激臭の壺はなく、穴の下からチョロチョロと水の音が聞こえる。


「何だよあれ、すげーんだけど!」

「あんなもんお前みたいなバカでも思いつくだろう」


 僕はものすごく感動して、このぼろ家で初めて褒められるものを見つけたのに、その感動は伝わらなかった。

 というか、川の上に作ればいいのは誰でも思いつくが、普通は作らない。下流の人に迷惑だからだ。

 ただ…、あの川ってどこに流れてるのかよく分からない。地下に穴掘ってるのか?


「飯食ったらさっさと講習に行って来い。顔ぐらい洗えよ、あんまり臭いと追い出されるからな」

「は、はい」


 口は悪いけど案外世話焼きなアオさん。

 今は色落ちした作業服姿。フードも被ってないので、普通に顔も見える。

 背丈は僕より少し高いくらい、黒い髪が肩口で揃えられたイケメンで、わりと若そうなのに、妙に貫禄あるのが不思議だ。


 ともかく、アオさんの気まぐれで僕は無事に冒険者になれた。

 ヨレヨレだが洗濯された服まで貸してもらい、裏で水浴びしてすぐに着替える。

 水浴びしながら、もしかしてこの水は…と疑ってしまったが、無関係のようだ。ボロいのに水だけは使い放題? なぜ? いや、どうでもいいか。


「これ、アオさんの服なのか?」

「誰かの遺品だ。呪われるぞ」

「え…」


 何それ。

 服とアオさんを交互に見る。冗談だと言ってほしかったが、アオさんは何もしゃべらずに干からびたパンを食っている。


 後で表通りの古着屋を覗いたら、本当に売っていた。遺品を。

 もちろん、単に引退するだけの人が手持ちを売って行く場合も多いらしいけど、このボロい物置にあった服だしなぁ…。


「冒険者が人の死にビビるな。怖いなら今すぐ帰れ」

「ち、違う! い、いきなり言われて驚いただけだ」

「そうか。それならあっちも拝んで行けよ。持ち主もいるだろう」

「あっち? 教会か?」


 アオさんの適当な指差しに呆れながら、とりあえず外に出てそっちの方向に行くと、草ぼうぼうの道があり、その向こう側に…。


「マジかよ。こんなのの近所って…」


 そこにあったのは墓地だった。

 手前に大きな石の供養塔が三つ、その奥にはいびつな石がいくつも並べられている。

 供養塔の一つには、たぶん女神様が彫られている。いびつな石の中にも、似たようなのが彫られているようだ。


「なんでこんな所に建ってるんだ。アオさんっていったいどういう趣味なんだ……」


 ピンポイントで墓地の前。

 そもそも、目の前の道に面しているのは供養塔とアオさんの組合だけ。あとは……、よく見ると遠くにダンジョンの扉が見えるから、一応この道も放射状の街路の一つなんだろうが、今は墓参りぐらいしか通行人もいなさそう。


「ちゃんと拝んだか? 先輩、もうすぐ自分も世話になるって」

「あんなとこに行くわけあるかよ」

「力もないのにたいした自信だな」


 墓守ってわけでもなさそうだし……。


「まぁ、冒険者は自分勝手な生き物だ」

「なんだよ、いきなりジジイみたいなこと言うなよ」


 考えても無駄な気がしたので、アオさんに一言告げて事務所に向かうことにする。

 今日から三日間の講習を受けて、そして最低ランクのライセンスをもらってダンジョンに入る。

 僕は冒険者になれるんだ。余計なことは今は考えないようにしよう。


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