1:不幸な男、逆転人生の始まり


 不幸を身にまとう男。

 ロダ村のシモンは、そう呼ばれていた。




「やばい、遅れてしまった」


 前夜、ロダ村のシモンは浮かれていた。


 センゴク・ワカハラ連合国の田舎の村で、僕は育てられた。

 両親はいない。村の教会で食事を与えられた捨て子だ。

 だから僕は早く大人になって、自分で稼いで教会に恩を返したいと思っていた。


 身寄りのない人間には、たいして稼げる仕事もない。

 だけど一つだけ知っている。それは冒険者だ。

 ただし冒険者といっても、掃除やドブさらいしかできないのなら意味がない。超難関ダンジョンに潜って、お宝を手にする冒険者になる。

 僕はそのために身体を鍛え、働いてためたわずかな金で講習を受けた。

 使ったことのない剣での模擬戦もどうにか切り抜けた。


 三度目のチャンスだった。


 講習が中止になったり、教会で急病人が出て僕も働かされたり、誰かが僕の邪魔をするように機会を失ってきた。

 二十歳になって、やっと国内での審査をクリアして、ダンジョンのあるザワート大公国への入国が許可された。

 そうして、ようやく辿り着いたザワート大公国の都アオハの街は、まるで僕を歓迎するかのようにまばゆかった。


 明日には世界一のダンジョン、タイゾウダンジョンに入る権利を手に入れられる。

 だから、ロダ村のシモンは浮かれていて、そして疲れがたまっていた。



 寝過ごした。



「汽車? もうとっくに出たぜ」

「そ、そんな…」


 もうダメだ……。

 がらんとしたアオハ駅で僕は呆然と立ち尽くした。



 ザワート大公国の都アオハから山の中の街タイゾウまでは、もちろん歩くこともできるが二日かかる。

 そこで冒険者希望の者は、ほぼ全員が汽車という乗り物を使う。四十年前に開業した世界初の乗り物を使えば、たった三時間で山奥の街に到着するからだ。


 もちろん汽車は無料じゃない。むしろ、すごく高い。

 片道金貨20枚で、これは僕の全財産に近い額だ。というか、僕は借金してやっと工面できた。


 冒険者希望の者が金持ちというわけではなく、みんなギリギリなのに汽車を使う。

 なぜかと言えば、早く着かないとダンジョンに入るライセンスがもらえないからだ。



 元々、冒険者になるのに資格などなかった。


 今でも掃除や荷物持ちの冒険者なら誰でもなれる。

 だけど約五十年前、五つのダンジョンについては、ライセンス制となった。

 それは五つのダンジョンが、とある商会の管理下になったためだ。


 当時、設立されたばかりで従業員が二人だけだったコンビニ商会は、タイゾウダンジョンの管理権を獲得した。

 それも、二人だけでダンジョンを完全攻略し、ダンジョンそのものを制御できる状態に置いた。まさかの人類が、魔物や宝物を生み出すダンジョンのマスターになってしまったのだ。

 二人は信じられないほど強く、しかも美しい姉妹。アオハには二人の銅像が建てられ、冒険者になりたい者は必ず拝めと言われている。

 もちろん僕も、五体投地して拝んだ。

 というか、銅像なのに二人が魅力的過ぎて、ちょっと興奮してしまった。


 それももしかしたら、寝坊の原因だったかも知れない。



 寝坊でダメになるくらいなら、もっと早く出発すればいいって?

 それができるならやっている。

 ザワート大公国への入国審査は厳しく、他国の人間の場合はだいたいギリギリになる。僕は昨日の夕方にアオハに着いたが、もっと遅く着いた人もいたはず。

 いっそ徹夜すれば良かった…と、後悔。


 駅には他の汽車が停まっているが、どれもタイゾウとは逆方向にしか行かないので、諦めて歩き出す。

 どうして僕はいつもうまく行かないんだろう。

 今度こそライセンスに手が届くはずだったのに。


 ライセンスがなくとも入れるダンジョンに行くしかないか?


 一瞬気持ちがゆらぐが、すぐに思い直して、とりあえずタイゾウへ向かうことにした。



 五百年以上前に出現したというダンジョンは、世界に十箇所以上あるという。

 その中で最難関といわれていたタイゾウダンジョンを攻略したコンビニ商会の姉妹は、さらに四箇所を攻略、あわせて五つのダンジョンを支配下にした。

 それ以外のダンジョンは、弱い魔物がいるだけの洞穴だったり、海底にあって攻略不可能だったりするから、冒険者にとって何の魅力もない。


 ライセンス制度は、コンビニ商会と他の大商会、さらにザワート大公国など各ダンジョンの所在国も加わって作られた。

 というより、コンビニ商会の二人はダンジョンの運営に手を出さず、諸国と有力商会の組織に丸投げした。

 その結果、運営組織に加わった国同士は事実上戦争もできなくなり、武力衝突も起こらず平和な世の中になった…と、地元の講習でさんざん聞かされた。


「おい君。途中までなら乗せてやるぞ」

「あ、ありがとう。マジで助かる」


 現実逃避しながら走っていたら、運よく荷馬車に拾ってもらった。

 運転するのはひげ面ハゲ頭だけど、つぎはぎのない服を着たオッサンだった。

 荷車もきれいだから、それなりの商会の車かも知れない。


「君はタイゾウダンジョンに行くのか? ライセンスは?」

「そ、それが…」


 なぜバレたと驚き、すぐに自分の格好を思い出す。

 教会から餞別として贈られた古着の上に革の防具を着け、腰には短剣と弓矢。そんな見た目の奴がこの道を走っていれば、誰だって気づく。

 そしてオッサンはダンジョンの物資もよく運んでいるらしい。だから、僕が出遅れたこともあっさりバレてしまった。


「なあ、もう…行っても無駄か? 僕はどうしても冒険者になりたいんだ」

「そうだねぇ」


 僕のようなただの村人が他国に旅をするなんて許されない。

 そのためにいろんな努力をしたし、こっそり講師に袖の下を渡したりもした。


「まぁ行ってみるがいい。たまに事情があってキャンセルする新人はいるからね」

「わ、分かった!」


 あんまり期待できそうな声じゃなかったが、他に頼るアテもない。

 オッサンに礼を言って、ダンジョン近くの分岐で荷馬車を降りた。




 結局、タイゾウダンジョンの入口に着いたのはその日の夜だった。

 すべて歩くよりはずっと早かったが、もちろん受付は終わっていた。


「どうすりゃいいんだ…」


 初めてやって来たタイゾウダンジョンは、大きな扉の前に広場があり、そこから放射状に幅の広い街路がのびている。

 広場に面して、大きな石造りの建物がある。それがダンジョンを管理する事務所で、冒険者は必ず建物内で手続きをしないと中には入れない。


 タイゾウは、元々はダンジョンの裏の山の名前だ。山そのものは誰も登る者もなく、今も登山道すらないらしい。

 そんな山の中腹にダンジョンが出現したのは五百年前。世界に一斉にダンジョンが出現した時期で、最初に見つかった場所だ。

 ただ、ソデラダンジョンに比べてここは人気がなく、五十年前までは山道がダンジョンの穴まで続いているだけだったという。


 なぜかって?

 タイゾウダンジョンは、世界一危険なダンジョンだったからだ。


 当時のダンジョンは、鍛えてない人は中に入るだけで倒れてしまうほど。魔物の強さも、他のダンジョンとは比べ物にならない強さだった。

 何しろ入口近くで魔物と戦って、そして逃げ切ったと報告しただけで、国によっては勲章が与えられるようなダンジョンだった。

 バカみたいな話だ。


 魔物はそれぞれ檻に入っていて、外に出て来ることは滅多になかったが、バカな侵入者が檻を開けたまま逃げた時は、たった一体の魔物相手に軍が出動した…と、ダンジョン講習で教えられた。

 コンビニ商会の姉妹は、そんな危険なダンジョンをわずか数日で攻略した。正直、人間とは思えない。


 なおコンビニ商会も、攻略した姉妹も、現在はどこで何をしているのか分からない。

 各ダンジョンは、今もコンビニ商会が本当の管理者になっているし、五十年前の美人姉妹なんだから、どこかで生きてると信じられているけど。


 どうでもいいや。

 五十年前の美人姉妹は、きっとおばあさんだ。



 石畳の立派な街路を歩くと、時々明かりのついた建物内からいいにおいと騒がしい声が聞こえてくる。

 街路にもいくつか屋台が出ていて、腹が減っていたことを思い出す。

 思い出さなくていいのに。

 さっさと事務所に向かおう。


 麓の町とは全く違う雰囲気の街は、コンビニ商会の攻略によって冒険者が集まってできた。

 もっとも、最初の住人は数人しかいなかったらしい。

 立派な石造りの建物が並ぶ街路を見ていると、とても信じられない話だ。


 今歩いている中央街路の両側には、冒険者向けの組合が十二棟、また教会や飲食店や宿、さらにさまざまな店舗が並ぶ。

 別の街路の先には、数千人の観客が入るスタジアム。他にも訓練場などが集まる区画もある。

 冒険者の半数程度は定住しているので住居区画もあり、常に五千人近くが出入りしている…と、講習で聞かされた。



 で。


「はぁ? 受付なんてとっくに終わってるぞ」

「そ、そうか」


 管理事務所に向かい、ダメ元で手続きを頼んだが当然ダメだった。

 もちろん空きもなし。

 荷馬車のオッサンが言ってたように、あとはキャンセル待ちしかない。


「はぁ? キャンセル待ちだ? そんなものあるわけないだろ」


 とりあえず、事務所から一番近い組合に入ってみたが、門前払いだ。

 その後も、三つの組合に入って全滅。


 キャンセル待ちさせてくれない理由は、荷馬車のオッサンから聞いた。


 元々、キャンセル枠はほとんどない。あって一人か二人、それを全組合で分け合うから、実際には一年に一人も取れない枠だ。

 そして、どこの組合にも縁故枠がある。

 受付日に参加できないがライセンスが欲しい人のために、キャンセル枠を権利として持つという。


 結局、十二の組合すべてに断わられた。

 なんと、全滅まで二時間もかからなかった。最短は扉を開けた瞬間に追い出された。

 僕と同じことをする奴はけっこういるらしい。

 だからどの組合も、同情すらしてくれない。


 僕は生涯で一番のチャンスを逃した。




 そこで困ったことがあった。

 僕は今、お金をまったく持っていない。


 元々、お金はギリギリしかなかった。

 なので、とりあえず冒険者登録して、すぐに稼ぎに出るつもりだった。

 しかし冒険者にはなれず、山の中に取り残されてしまった。

 目の前には立派な町が広がっているが、知り合い一人いない。そして、タイゾウでは野宿はダメで、物乞いも許されない…と、講習で聞かされた。

 実際、通りには何人かの監視人がいる。

 街路にはしっかり明かりが灯されているが、既に深夜。宿を取らなければ、問答無用で追い出されてしまうし、二度と街には入れてもらえなくなる。


 宿がないのは、頑張って朝まで起きていればいいが、このままでは飢死しそうだ。

 何か食べられるものはないだろうか。


「はぁ…、せめて狩りができればなぁ」


 短剣と弓矢は持っている。ロダ村では狩りをすることも多かったし、それが一番か。

 狩りをするにも街を出なければならないが、自分から街を出るなら何も咎められない。どうせキャンセル待ちは無理だし、いったん街を離れてしまおう…と。


 何かが見えた。


 小さな生き物。もしかしてウサギじゃないか?

 僕は腰に下げた小さな弓を取り出して、細い路地を進んで行く。



 そこにいたのは、大きなネズミだった。


「ネズミでもいいだろ。食えば一緒だ」


 街中でも野生動物が紛れたなら狩っていいはず。腹が減った僕は、黒い毛に覆われたネズミに狙いを定める。

 するとネズミは逃げたので、後を追う。

 そして――――。


「お前は何をしてるんだ」


 そこには、黒いフードで顔を隠した人間が仁王立ちしていた。

 ああ故郷の母さん、僕は冒険者になれずに犯罪者になってしまったようです。


「た、頼む。何か食わせてくれ。ついでに冒険者にしてほしい!」

「はぁ? バカかお前は」


 とりあえず僕は頼み込むことにした。

 どうせ何も失うものはないんだ。

 この人が何者なのか分からないが、ネズミを逃がすぐらいだから冒険者ではないような気がする? もう自分でも何を言ってるか分からない。


「お前のようなガキは掃いて捨てるほどいるぞ。見たところ、ただのひょろい若造だろ? さっさと国に帰れ」

「ま、待ってくれ! 僕はこれでもロダ村の韋駄天と呼ばれた…」

「何この感じ。アオ…」

「おい黙れ!」


 ………。

 フードの男の後ろに、一瞬だけ別の誰かの姿が見えた。

 そして、女性の声らしいものが聞こえた時、フードの男は異様なほどに慌てていた。


「あの、今の女は…」

「忘れろ」

「いや、しかし」

「………」


 何だか分からないが、これはチャンスなのでは?

 マジで何を焦ってるのか理解できないけど。


 それから、僕はひたすらお願いした。

 何を言ったらいいか分からないから、生まれから何から、賄賂の送り先まで全部しゃべった。


 フードの男は、僕の話にはなんの反応もなかった。

 だけど追い払おうともしない。



 そうして、僕には話すこともなくなった。



「まぁいい。これもお前の運だろう」

「じゃ、じゃあ!」


 フードの男は、後ろの建物に入っていく。

 真っ暗でよく見えないが、それは組合というよりは物置だ。ぼろい平屋だった。


 やがてしばらくして、フードの男が戻った。


「この紙を持って事務所に行ってこい」

「キャンセル待ちならできなかった」

「バカかお前。そんなもん子どもでも知ってるぞ」


 封筒を手にもう一度ダンジョン前の事務所に向かう。

 事務所の人は呆れた顔で僕から封筒を受け取ったが、数分後には奥の部屋が大騒ぎになった。



 そして、どういうわけか僕はダンジョンに入るライセンスをもらえたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る