異世界の友人

 公爵の別宅から持ち出した書類を机の上にぶち撒けると第二王子は笑うやら呆れるやら、何とも言えない微妙な表情をしていた。


「お前は何なんだ? さっきケンカ別れみたいになったよな! もう来るなって言ったよな!」


 王子の気持ちも分かる。

 これも当然の反応だとは分かっている。


 だが、こちらは事件解決のために動いている。

 そのためには王子を頼るしかないのだ。


「何の痴話喧嘩ですか?」

「こいつが私のことを人間扱いしていなかったんだ」


 それを聞いたカトレアが大きなため息をついた。


「今更何を言っているんですか? こいつは最初からそういう失礼なやつですよ!」

「いやそういうやつだとは分かってはいたけどな……分かっていたさ」


 口ではそう言っているが、拒否しているようには見えない。

 むしろ歓迎されているように見える。


「それにしても今回は無茶だぞ。公爵家が怖くないのか?」

「全く」

「公爵家といえば王にも匹敵する権力を持っているのだぞ。極端な話、お前の首を取るためにこの国の軍を全て持ち出すことが出来る」

「それがどうかしましたか?」

「どうかしましたかって……たった1人で軍に勝てるとでも?」

「最初から相手にしないから勝負になりません」


 公爵家など怖くないとはっきりと本心を伝える。


 知らない世界の公爵だか晩酌だか、そんなお山の猿大将が怒った怒らなかったとかどうでもいい。

 重要なのは、期限内に事態を解決することだ。


 王子は椅子に座って書類のしわを伸ばしながら机へ並べていく。


「それで公爵家を相手にして勝つための筋書きは? 何の算段もなくこんなことをしたわけじゃないだろう」

「公爵家とかそんなものは相手にしません。真正面から戦っても被害が広がるだけです。あくまで私達が相手にするのは邪教教団です」

「どういうことだ?」


 王子は首を傾げるが、こちらのプランを説明していないのだから、わからないのは当然だ。

 話を続けることにする。


「学校地下で怪しげな儀式を行っていた邪教集団が公爵の不在を良いことに別邸を乗っ取って拠点化していた事実を掴んだので、それを確保したという筋書きにします。そのシナリオの中では公爵家は留守中の別邸を勝手に使われた被害者ということになります」


 これでストーリーは綺麗に繋がる。

 公爵家の別邸に踏み込んで調査を行える大儀も出来る。


「正気か?」

「もちろん。もし隣国との繋がりの文章が屋敷内から見つかっても、公爵は絶対に自分が関与していることは認めないでしょう」

「まあ当然だな。そんなことを認めれば内乱罪だ。たとえ公爵と言えども無罪で済むわけがない」

「なので別邸を得体のしれない邪教の教団が占領していたと広く公表します。内密に処理しようとすると反発が予想されますが、逆にこの話を公表すれば、公爵家は殿下を批判出来ません。何故なら公爵家も邪教教団とかいうよく分からない組織の被害者ということにした方が都合が良いから」

「だが、調べれば邪教教団なんていないとすぐに分かるだろう」

「でも詳しく調べると公爵が裏で国家転覆のために暗躍していたとバレるでしょう。公爵は絶対にそれを回避するため、こちらのシナリオを採用して自分も被害者だったと主張するしかない」


 王子は指先で額を何度かトントンと叩いて眉に皺を寄せた。


「その理屈ならば、確かにどこのメンツも潰すことはないし公爵家を敵に回すこともなく、実行犯と学校関係者だけを処分することが出来る」

「ならそれでいきましょう」

「だが、公爵家からの報復はあり得るぞ」

「忘れましたか? 明後日には私はもういません。だから、怪しい部分の責任は全部私に被せてください」

「明後日……そうか、あと2日か」

「はい、あと2日です」

「2日しかないので、その間に出来るだけのことはやりますよ。それこそ殿下が一生忘れられないくらいのインパクトを残して」

「もう十分残ってるよ。私の人生の中でこんな変なやつは、後にも先にも現れる気はしない」


 王子は書類の隅を揃えて机の隅に置いた。

 内容の確認は一通り済んだということだろう。


「従姉妹殿は詰所に行って兵士達に先に話を付けてきてくれ。今から公爵別邸に踏み込むと」

「こいつの作戦を採用するんですか? 相手は公爵家ですよ!」

「違うだろう。相手は邪教教団で公爵家は被害者だ」

「あっはい……それで良いのならば」


 カトレアはそう言うと部屋からものすごい勢いで飛び出していった。


「あっ、おい今から書く書類がないと……ってもういないか」


 王子は椅子から乗り出して止めようとするが、カトレアの姿はもうどこにもなかった。


「いませんね」

「二度手間だが私が後で直接行こう」


 王子は椅子に座り直す。


「あんなのを弟はよく御しているな」

「それだけ生徒会長が優秀ってことなんでしょう」

「確かに弟は優秀だ。それに比べて私はなんと未熟なことか。兄上がいるから自分には王位など関係ないし、どこか隣国の令嬢のところへ婿養子に出されるのだからと気楽に考えて、自己鍛錬を怠ってしまった。その結果がこの惨状だよ」


 また王子のネガティブシンキングが始まった。

 これは早く直して欲しいところだ。


「殿下はまだお若いのですから、これから勉強をして知識を身につければ良いではないですか」

「才能の差だよ。同じ努力をしても弟の方がはるかに能力が伸びる。本当に優秀なのはあいつの方だ」

「無知の知という言葉が有ります。自分に何が足りていないと理解している殿下は、小さい世界で自分が万能と勘違いしている井の中の蛙よりも優秀だと言えます。足りないものを研鑽したり、他人に頼ることが出来るのですから」

「なので、お前に残っていて欲しかった。参謀として、相談役として、そして愚痴を聞いてくれる友人として」

「嫁とか妾じゃないんですね」


 それを聞いた王子はあからさまに嫌そうな顔をした。


 本当に側室になれなどと言われても困るし、何か性的なことを強要してきたらその場で死なない程度に戦闘不能になってもらうところだが、そこまで嫌そうな顔をされるのもそれはそれで気に入らない。


「だってお前だぞ。家庭にも親族にも身内にも絶対にこんな変なのを引き入れたくない。正直、今だって会いたくはないし、一秒でも早く出ていってくれと思っている」

「なるほど、それはこちらも同感です」

「会いたくはないが、能力や仕事っぷりについては評価しているし、頼りにしている。視界に入らない一歩後ろを付いてきて欲しい」


 お互いに大笑いした後に握手をした。


「お前はこの世界には友人はいないと言った。だが、私くらいは友人の1人として覚えておいて貰えると嬉しい」

「そういうことならば、友人の1人として覚えておくようにしますよ。えっと……」

「デイヴィッド」

「えっ?」

「私の名前だ。友人の名前として覚えてもらえると嬉しい」

上戸佑うえとたすく。私の名前です。タスクと呼んでください」

「なるほどタスクね。どういう意味なんだ?」

「人を助ける」

「良い名前だ」

「デイヴィッドも他人から愛される人って意味らしいですよ。確かヘブライ語か何かが語源で。聖人のダビデが分かりやすいですね」

「なるほど。ヘブライ語が何か分からんが、父上に感謝だな」

 

 2人で部屋から外に出る。


「さて、今晩は忙しくなるぞ。今日も朝から化け物退治、明日は海外から視察団が来るって言うのに」

「デーブは今まで楽しすぎていたんですよ。生徒会長なんてずっと働き詰めですよ」

「デーブ? それは良い呼び名だ。友人らしい」

「デイヴィットと省略せず呼んだ方が良いでしょうか?」

「いや、愛称で呼び合う方が友人らしい。それでタスクは友人にはどんな愛称で呼ばれていた?」

「男の知り合いだとラビ助ですね」

「本名にかすりもしていないがどこから湧いてきた名前なんだそれは」


   ◆ ◆ ◆


 そこからの捕物はつつがなく執行された。


 暗殺、隠密に特化したフード付きマント集団が、キマイラ討伐のために連れてきた精鋭の兵士達に叶うわけもなく、公爵別邸にいた隣国の工作員あらため邪教教団の教徒達は全員があっさりと捕縛。


 隣国や関係者とのやり取りの書類は全て没収された。


 公爵の別邸への踏み込みだが、町中に怪しげなフード付きマントの男の目撃談が多数残っているために存在がかなり認知されており、公爵の留守中に怪しい連中が別邸を乗っ取ったという嘘に説得力を与えている。


 書類の精査には時間がかかるだろうが、いずれは、この連中とやり取りしていた学長や教授たち関係者も逮捕されるはずだ。


 そして、この公表出来ない書類は隣国への外交を有利にさせるだけではなく、公爵家への強力な武器になる。

 当分は公爵家は第二王子に敵対するようなことは出来ないだろう。


「しかし婚約はどうするんでしょうかね、従兄弟殿は?」

「婚約?」

「そうか、エクセルは知らなかったか。従兄弟殿の婚約相手は公爵令嬢だよ」

「そうなんですか? でも海外のどこかに養子に出されるって聞きましたよ」

「第一王子が病に伏せるまではな。第一王子の健康状態がよろしくないってことで婚約相手が第一王子から従兄弟殿にスライドしてきたんだよ」

「うわぁ、それはお互いに嫌でしょう」


 王子もお下がりみたいで嫌だろうし、公爵令嬢の方も貴族だからある程度覚悟していただろうが、扱いが雑すぎてNoを突きつけたくなる気持ちは分かる。

 ……もしかしてそれを含めて第三王子へ王位継承権を譲るつもりだったのだろうか?

 

「婚約解消に決まっているだろう。その件は父上……陛下にも伝えるつもりだ」

 

 カトレアと2人で話しているところに陣頭指揮を取っていたデーブが戻ってきた。


「公爵は今回の件が明るみになっても、影響が大きすぎて潰すのは無理だが、発言権を削ぐことは出来る。そうすれば、公爵家との婚約の政治的メリットはなくなる」

「18歳から婚約者を探し直すとか……有力貴族はどこも埋まっているから、極端に上か下の年齢から選ぶしかないがどうするんだ?」

「それは両親に頑張ってもらおう。将来の国王になる人物の婚約者に誰も名乗りをあげないなんてことはないだろう」

「そうかな……」

「それに公爵令嬢の方がダメージが大きいぞ。親の都合で婚約解消歴有りとかもう貴族社会だと終わりだよ。ざまぁみろ、あのクソ女!」


 デーブがやたら楽しそうにしているが、公爵令嬢とやらはそれほど嫌なやつだったのだろうか?


「公爵令嬢は子供の頃から会長のことが好きで、ずっと従兄弟殿をハズレ扱いしていたんだよ。もう会う度に無能無能って。近くで聞いている私が引くくらいに」

「なるほど、殿下が自分を必要以上に卑下するコンプレックスはそこから」

「いや違うぞ。私は別にあんな女にちょっと悪口を言われたからどうなるような弱い心など持っていない」


 デーブがやたらムキになって言うが、おそらくこれは当たりだろう。

 実際に公爵令嬢に言われたことがそらほどショックだったのか。


「その反動で、ちょっと親切にされただけのこんなのに落ちた」


 カトレアはそう言うとこちらを指差した。


「いや違うぞ。さすがに私もこれはお断りだ」

「『これ』呼ばわりでお断りされていますけど」

「まあ従兄弟殿の気持ちも分かる。これだもんな」


 2人から妙に辛辣な評価が飛んでくる。

 

「公爵令嬢は色恋沙汰以外は親と違ってそれなりに良い娘だったから、可哀想ではあるがな」

「そうなんですか?」

「年下の女子からはお姉さまだの令嬢の見本となるべき人物だの絶賛だぞ。エクセルは知らないのか?」

「いえ、私は何も」


 まあ、一度も会ったこともない人物の人格や評判など今更別にどうでもいい。


「それなら良い解決策が有りますよ」


 人差し指を立てて提案をする。


「会長と公爵令嬢を結婚させて会長を新しい公爵にすれば良いじゃないですか? 公爵家としては王族を家に招き入れることが出来てOK。殿下も公爵という重要ポジションに優秀な弟がやって来てOK。令嬢も好きな相手と結婚できてOK。万事丸く収まります」

「おいやめろ、弟はゴミ捨て場じゃないんだぞ。ゴミを押し付けようとするな」

「ゴミって……公爵令嬢をゴミって……」


 なんだこの国?

 公爵令嬢をゴミ扱いとか本当に大丈夫か?


「そして殿下とカトレアさんが結婚すれば万事解決です」

「たとえ冗談でも止めてくれ」

「毎日こいつと顔を合わせるなんて嫌だぞ」


 似たもの同士なのに流石に嫌い過ぎだろうとは思った。


「だいたいな、こいつも弟狙いだ」

「いやっ……違うぞ……私は会長とそういう仲になりたいとか……」

「ほら見ろ、分かりやすいだろ」


 確かにカトレアの同様っぷりは分かりやすい。

 まあ、会長のライバルは多そうだが、頑張って欲しいと思う。


「そういうエクセルは気になる男子はいないのか?」

「いないですね」


 考えるまででもないので即答する。


「前にも言いましたけどこの世界の人ってみんな旅先で会った野良猫って感覚なので」

「やっぱりこいつ魔女ですよ。まともな人間の精神をしていない」

「ああ、的確に表す言葉だな。こいつは魔女だ。通り魔みたいな魔女だ」

「クソッ魔女狩りかよ」

 

 まあ、この世界の未来は明後日にはいなくなる自分には一切関係ないことだ。

 後はこの世界の人達で好きに決めて欲しい。


「では、私は夕食の時間ですので帰りますね」

「ああ。また明日に学校で会おう」

「はい、学校で」


   ◆ ◆ ◆


 なんとかアイリスと約束した夕食の時間までに寮に戻ってくることが出来た。


 夕食のメニューはトマトスープの煮込みとパン。

 シンプルだがなかなかに美味い。

 豪勢とは言えないが寮のまかないとしては十分だ。


 こちらも周囲から安堵の声が上がってきている。

 本当にこちらも予算が戻ってきて良かった。


「アイリスさん、学校は楽しいですか?」

「はい。友達もいっぱい出来ました。授業は難しいですが、どんどん新しいことを覚えられて楽しいです」

「それは良かった」


 これでアイリスの件も安心して学校に通えるだろう。

 一通りの障害は排除することが出来た。

 やる気になった王子と会長が頑張ってくれるだろうし、さすがにもうおかしな事件は当分は起こらないはずだ。


 あとはまだ捕まっていない学長と教授、それに使い魔を操っていた相手が未解決だが、公爵別邸で見つかった書類の数々から追求していけば、後は時間の問題のはずだ。


 ……何かを忘れている気がするが、まあ何とかなるだろう。


「4日目は平和に終われそうで良かった。あとはもう寝ていよう」

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