公爵別邸へ

 猫の使い魔の本体、まだ逮捕に繋がる証拠が出てこない学長と教授、第二王子を襲っていた追跡者達。追跡者が言っていた「例の場所」


 まだ解決してない問題は山程あるが、もうどうでも良くなった。


 王子の言うように、残り2日は何もせずに通り過ぎることにしよう。


 そういえば学食の予算問題は解決したが、寮の賄いの予算問題は解決したのだろうか?


 そう考えながら寮に帰るためのショートカットである裏路地を歩いていると、何者かが追跡してくる気配に気付いた。


 ふと振り返ると、フード付きマントを着た2人組が何やら指差しながら、物陰から出てくるところだった。


「これが報復か……出来れば暴力はなしにしたかったが、仕方がないか」


 階段がある場所では転倒すると相手が大怪我、最悪は死ぬことになりかねにないので、前後がなるべく広い坂道に出る。

 ここならば周囲に迷惑をかける必要がない。


「敵は相変わらず二体……周囲には他の敵の反応はなし……まだ日も出ており、少し通りに出れば人通りもかなりあるというのに見境なしか、こいつら」


 目を瞑って周囲の気配を悟る。

 こちらでも敵の反応は2体以外になし。


 つまり、速やかにこいつら二体を目撃者なしのまま戦闘不能にすれば勝負はそれだけで終わる。


 体格はそれほどでもなく、筋力もそれほどあるようには見えない。


 重心を崩さないような足取りからして、潜伏などの工作は得意そうだが、それ以外のジャンルは苦手なのだろう。

 意にそぐわないお仕事を押し付けられてはご苦労様とねぎらいたくなる。


 一般人と比べると隙はあまりないようが、それでも武術の達人と比べると棒立ちと大差がない。


 この手のタイプは隠れられる前に先行で潰してしまえばどうということはない。


「エクセル・ワード・パワーポイント……お前はやりすぎた」


 片方の男が口を開いた。

 

「大人しく我々に同行すれば危害は加えない」

「同行とというのはどこに?」

「それは着いてのお楽しみだ」


 気を張っていたのが馬鹿らしくなってきた。


 いきなり攻撃を仕掛けてくることを想定していたが、これならば、戦闘をしなくても口だけで立ち回れそうだ。

 目を開けてフード付きマントの2人の男を見る。


「そうですね。抵抗はしません。大人しく同行しますので、案内をお願いします。どのようにゲストをもてなしていただけるのか楽しみです」

「えっ?」

「いや、抵抗しないのか?」


 男達は自分で「抵抗するな」と言いながら、こちらが「抵抗しない」と宣言すると何故か狼狽え始めた。

 自分で付いてこいと言っておきながら快諾すると狼狽えるとか意味がわからない。

 本当に苦手分野の仕事を無理矢理押しつけられたのだなと同情したくなる。


「大人しくついていくなら危害を加えないんですよね。ならば抵抗する意味はないですよね。付いていきますよ」

「えっ、でも」

「早く案内してください。時間が勿体ないので。それに着いたらお楽しみが待っているんですよね? お楽しみとはなんですか? エンタメデュエルですか? 魚も泳ぐ戦国風呂ですか?」

「どこかへ連れて行かれたら、何をされるか不安とかそういうのはないのか?」

「いや、そういう話は良いので早く案内してください。抵抗はしませんので」


 良かった。これならば戦闘をすることなく平和裏に解決できそうだ。

 世の中、暴力的な解決など無意味だぞ。


 男達2人は顔を見合わせて何やら話した後に、こちらに背を向けて歩き始めた。

 

「案内する。付いてこい」

 

 男2人が歩き出したので、その後ろを腕組みしながら付いていく。

 

「もし叫び声をあげたり、魔法を使えば抵抗したとみなすぞ」

「そんなことはしないので案内を」


 男達は何故か狭い建物の隙間をカニ歩きで必死で歩き始めた。

 案の定蜘蛛の巣を頭に付けて悲惨なことになっている。

 意味がわからない。


「そんな細い道を通らなくても大通りに出たら歩きやすいですよ」

「いや、大通りを歩けとか……」

「そんな変な体勢にならないと歩けないルートなんて体力がない私がついて行けないんですけど。もっと歩きやすい道を通ってもらわないと困ります」

「それは抵抗か?」

「いえ、だからちゃんと付いていきますって。人に見られないように移動したいならば、せめて馬車を用意してください」


 男達が舌打ちするのが聞こえた。


「馬車か何か用意していないのですか?」

「あるわけがないだろう!」

「馬車を出す予算もないと。ちょっと作戦がちょっと杜撰すぎませんか? 抵抗すること前提、勝てること前提、無抵抗の相手を運ぶこと前提とか、仮定の話が多すぎます。もっと計画はちゃんと練って」

「言うな」

「自分達の裁量で馬車も使えないとか予算少ないんですね。それでいて給料も安いんでしょう? 別の仕事に鞍替えをおすすめしますよ。学校の清掃員はちょうど募集中ですし」


 フードの男達が狭い路地からカニ歩きで出てきたところで、こちらは大通りに飛び出す。


「さあ、案内してください。こちらの方が近道ですよ」

「どうする?」

「どうするも何も、このまま行くしかないだろう!」


 フードの男の片方がヤケクソ気味な大声で叫んだ後に大通りを歩いていく。

 その後ろを淡々とついていくと、通りを歩いている他の人々が何事かと次々に振り返ってこちらを見ている。


「これは何かの羞恥プレイか何か?」

「聞くな!」


 苛立ちを募らせる男達をからかっていると段々と楽しくなってきた。

 

「あっエクセルさん、何をしてるんですか?」


 男達の羞恥プレイを観察しながら歩いていると、庶務と一緒に下校途中のアイリスに遭遇した。


「いえ、この方達が『魚も泳ぐ戦国風呂を味あわせてくれる』と言っているので、面白そうなので見に行くところです」

「そうなんですか、夕食までには帰ってきてくださいね」

「ええ、なるべく早めに帰るようにします」

「おい、その前に変な男は本当に大丈夫なのか?」

「気になるなら、風紀の乱れってことでカトレアさんに連絡すると良いと思いますよ」

「そうだな。ちょっと行ってくる。今日はここまででいいな、アイリス。明日また学校で」

「はい、フッド君もまた明日」


 そう言うと庶務は駆け出していった。

 アイリスを見送って、男達に付いていく。


「おい、勝手に立ち止まって立ち話をするな」

「そうだ、抵抗とみなすぞ」

「はいはい、少々お待ちください」

 

   ◆ ◆ ◆


 オモシロお笑い芸人2人に連れられて来られた先は町の郊外にある豪邸だった。

 家の規模からして、かなりの金持ちだか有力者が付いているのだろう。


 門は固く閉ざされており、中へ入ることは出来なさそうだ。


「場所はここで合っているんですか? 門が閉まっているみたいなんですけど」

「合っているから早く中へ入れ」

「門が閉まっていて入れないんですけど」

「飛び越えたり出来ないのか?」

「出来るわけないでしょう。こちらはただの学生ですよ」


 フードの男達の顔は見えないが、明らかに困惑していることがこちらにも伝わってくる。

 誰だよこいつらに出来ない仕事を割り振った無能上司は。


「ここで待っていろ。門を開けるように頼んでくる」

 

 2人の男達は壁を乗り越えて邸宅の敷地内へと入っていった。


 いちいち門の前で待っているのも無駄なので、適当に周囲を歩いていると、掃除用具を持った使用人らしい老人が歩いていた。


「すみません、この立派なお屋敷はどちら様のご邸宅で?」

「知らないのかい? ここは公爵の別邸だよ。今は公爵様は王都におられるので、お付きの使用人が屋敷の維持をしている」

「なるほど、公爵ね。ありがとうございます」


 つまるところ、公爵家が隣国の勢力と組んで第三王子を祭り上げて自分達が実質トップになろうとしていたわけか。

 ……本当に大丈夫か、この国。

 事態を解決できず時間切れになったら面倒だし、王都にあるという公爵邸を吹き飛ばして全部解決したことにしたい。

 王都がどこにあるのかすら知らないのでそれは出来ないのだが。

 

 先程掃除用具を持った使用人が出入りしたであろう通用口へ行くと、施錠されていなかったので、そこから屋敷の中へ入る。


「ちょっと作業のつもりで出てきたんだろうけど、こういうところがセキュリティの甘さに繋がるんだよな」


 しばらく歩くと、屋敷の裏に豪邸には似つかわしくない粗末な鳥小屋があることに気付いた。

 

「鶏でも飼っているのか? 卵か鶏肉か?」

 

 興味が湧いて中を除いてみると、そこには大量の鳩が飼われていた。

 用途としては研究棟と同じく伝書鳩用途だろう。


「なるほど、ここに繋がるのか」


 これで教授、学長、公爵、隣国勢力のラインが綺麗に繋がった。

 後は何か証拠の書類などが手に入ると良いのだが。


 空を見上げると屋敷の上空を青白い鳥が旋回しているのが見えた。


 敷地内は木が多く植えられているので見えにくいが、まあ何とかなるだろう。


 使用人やフード男達の動きを確認しながら、遭遇しないように屋敷の敷地内を散策すると、明らかに大きな窓のある部屋があった。


 窓から中を覗き込むと、威厳の有りそうな中年男が何やら書類の山と格闘していた。

 

 この男が公爵かと一瞬考えたが、掃除用具を持った使用人の1人が、この屋敷には公爵は不在。使用人数名が維持をしているだけと言っていたので公爵ではない。

 ただの中間管理職だろう。


 窓の近くへ身を潜めてしばらく待つと、室内の灯りが消えた。


 窓は施錠されていなかったので、そこから室内へ飛び込み、月明かりで書類の中身を確認する。


 中年男が見ていた書類を見ると、そこには隣国政府との密約の文章のようだった。

 どうやらここが悪のすくつ(なぜかへんかんできない)で間違いないようだ。


「しかし、こんな冴えない中間管理職のおじさまに、こんな重要そうなプロジェクトを任せちゃうなんて大丈夫なんでしょうかね、この国の公爵様ってのは。案の定、見られたらヤバい書類がてんこ盛りだし」

 

 何をどうしてもアウト中のアウトな書類だらけだが、証拠としては一部で良いだろう。

 制服のポケットに10枚ほどの書類を適当にねじ込み、部屋を後にする。


「でも公爵の別邸をそのまま巣窟にするとか、公爵というのはアホなのだろうか? それとも部下の暴走?」


 あちこちを歩いている使用人を回避しながら、また通用口から屋敷の外に出る。

 

 一度正門の方へ戻ってきたが、オモシロお笑い芸人2人はまだ戻ってきてはいなかったが、その代わりにカトレアがウロウロしていた。


「エクセル、無事だったか!」


 カトレアはこちらの姿を確認すると駆け寄ってきた。


「怪しげな連中を引き連れて歩いていると聞いて、またおかしな企みをしているのかと飛んできたのだが」

「えっと、誰の心配を」

「ここは公爵の別邸だろう。公爵令嬢と敵対でもしたことをキッカケに今度は子分を引き連れて公爵家相手に襲撃でも仕掛けるのかと……」

「流石にそれは心外です。やるなら一人でやります」


 ポケットの中から雑にねじ込んだ書類のうち一枚を取り出してカトレアに渡すと、それを読んだカトレアがわなわなと震え始めた。


「なんだこれは……」

「見ての通りこの国の転覆計画の一部みたいですね。王家を公爵家が傀儡にして事実上の隣国の属国化。とんでもないものをみつけてしまったどうしよう」

「確かにどうしようとしか言いようがない。事態が大きすぎて私達の手には余るぞ」


 そんな事態に関わる重要証拠を冴えない中年男が取り扱ってガバガバセキュリティで管理されているあたり、本当にこの国はもうダメなのかもしれない。


「こんな物をどうやって入手した? 公爵家となれば魔術的な結界も完璧のはずだがどうやって突破した?」

「魔術的な結界?」


 少し考えて気付いた。

 恐らくはこの屋敷にも研究棟と同じく魔力持ちを決して通さない、もしくは侵入者を検知するとサイレンなどの音が鳴るような結界が張られていたのだろう。


 もちろん、その結界は魔力を持たない異世界人が入ってくることを想定していない。

 道理で警備体制が異様に甘かったはずだ。


「それは企業秘密です」


 人差し指を立てて口元に持ってくる。


「なんだよ企業秘密って」

「それよりもこの事態は私達だけでは如何ともし難いので殿下……第二王子に取りなして頂けないでしょうか?」

「いつものように勝手に絡みにいけば良いだろう」

「そうもいかないんですよ。ケンカ別れみたいになっちゃったので」

「どうせまた余計なことを言ったんだろう。まあいい、私から話してみる」

「お願いします」


 おかしい。

 あと二日間は何もしないはずだったのに結局かかわってしまった。


 まあ、これで事件の解決へ一歩近付くなら良かったとプラスに考えることにしよう。

 

 

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