この世界に友人はいません
「私は異世界人です」
告白を聞いた王子の眉がピクリと上がった。
「冗談……ではないのだな」
「はい」
「異世界というのは? 近隣諸国とは違うのだな」
「全く違います。世界の法則すら異なる別の世界のことです」
「それは神や天使が住む天界とは別のものなのか?」
「天界でもないですし、悪魔がいる地獄でもないですね。あくまで普通に人間が住んでいる別の世界のことです」
正直に話すと、王子が頭を抱えた。
「海の向こうでもないのだな」
「海は海でも次元の海ですね。天に浮かぶ月よりも太陽よりも遠い場所です」
「次元の海……」
次元の概念は流石に言葉で簡単には伝えようがない。
なるべく分かりやすい表現を考えたが、これくらいしか思いつかなかった。
「てっきり兄上か、叔父貴……辺境伯あたりに雇われている工作員だと思って鞍替えを薦めるつもりだったのだが……」
「兄上ということは王太子……第一王子ですか?」
「ああ。本来の王位継承者。兄上が病臥で伏せることなどなければ、私や弟が王位継承権なるものに振り回されることはなかった」
「本当に残念です」
何が残念なのかは分からないが、とりあえず言うだけは言っておく。
状況からすると、王太子が病気で余命僅かなので、代わりとして第二王子と第三王子に次期国王の話が回ってきたのだろう。
まだ王太子は存命中だというのに、そういう話が出てくるのは割と問題な気もするが、隣国との関係など、それだけ状況は逼迫しているのだろう。
「それで、その異世界人が何の用でここに来たんだ?」
「ですから人違いです。私は本来ここに来るべき人間ではありませんでした」
「いや、その人違いというのがよく分からないのだが……本来喚ばれるはずの人間は何のためにここへ来るはずだったんだ?」
「さあ、なんでしょうね?」
「えっ?」
「えっ?」
ここで一度会話が完全に途切れた。
正直、この件は誰にも分からないのだから答えようがない。
流石に会話が止まったままだと何も進まないので、こちらから話を切り出す。
「人違いで呼ばれたので何も聞いていないんですよ。私は本来この世界でやるべき役割を何も知りません」
「では、何の目的があって私や弟に接触した? 元々喚ばれる人物の代わりに動いていたのではないのか?」
「殿下と会ったのは完全に偶然ですね。夜に寝ようとしたら、窓から誰かが人に追われている光景が見えたので、助けに入ったら、それがたまたま殿下でした」
「それだけ?」
「それだけですが何か?」
「すまん、頭が痛くなってきた。つまり、私を助けたのは打算や何かの計画というわけではなくて、単におせっかいでしかないと」
「はい」
王子の顔が「何かを追求してやろう」という顔から、どんどんと呆れたような顔へと変わっていく。
だが実際、単なるおせっかいだったのでどうしようもない。
「逆に言うと私でなくとも助けたということか」
「はい。相手が悪人ならばその場で突き出すことも考えましたが、それ以外は助けるつもりでした」
「メリットもないのに人を助けるのか」
「人を助けるのに理由が必要ですか?」
「それが自らを危険に晒す行為だったとしても?」
「危険は回避できます。みんな助かるのが一番です」
王子はここで大きくため息を付いた。
「では弟に接触したのは?」
「逆です。中庭の壁の亀裂やら食堂の予算の不正流用やら調べていたら、会長の方から接触がありましたので学校側に予算の見直しを頼みました。それだけの関係です」
「では従姉妹は?」
「何故か突っかかってきたので学校の平和のためにやっているんだと言ったら協力者になってくれました」
それを聞いた王子は机に突っ伏して、そのまま動かなくなった。
笑いを堪えているような呆れているようなすごい顔になっている。
「うちの従姉妹はアホなのか?」
「残念ながら失礼を承知で申し上げると頭で考えるより先に身体が動くタイプかと。決して悪い人間ではないと思うのですが」
「確かに悪人でもないし、能力も高いのは知っているが……」
個人的には嫌いではない。
ただ、身内にいると色々と足を引っ張られそうだし、面倒ごとを次々と持ってきそうで扱いに困るのは分かる。
ただ、決して悪人ではないし、真面目に色々とやってくれるのは分かるので決して見捨てたくはない。
王子も同じ気持ちだろう。
きっと将来的には成長してくれると信じたい。
「では、もう帰っていいですか?」
「いや待て……本当に何の私達に対して下心もないのか? 取り入って何か地位や利益を得たいとか」
王子がゆっくりと顔を起こしてこちらを見たので正直に答える。
「一切ないですね」
「本当に? 私や弟は王族だぞ。恩を売れば得られるメリットは大きい」
「すみません、明後日には元の世界に帰るので、この世界での権力とかお金とか正直全く意味がありません」
「えっ?」
「だから、私は人違いなので明後日には元の世界に強制送還されます」
「そんな急に帰らないといけないのか?」
「帰らなければというよりも、強制的に帰還させられます。多分抵抗できません」
王子は頭を抑えたまま動かない。
「日程は……なんとか伸ばせないのか?」
「自分の意思ではないんですよ。だから伸ばせません。それにこの世界では私は場違いなので、あまり長期滞在をするつもりもありませんでした」
「場違い? この国に留まろうという意思もないのか?」
「ないですね。元の世界で待っている友人もいるので、友人がいないこの世界に留まる理由はありません」
「友人がいない? お前の中で私はどういう扱いなんだ?」
「不敬を承知で申し上げますが、よろしいでしょうか?」
「散々言いたい放題言っていたお前が何を言ったところで、今更、不敬がどうのと言うつもりはない。怒らないからハッキリと言え。私はお前の本心を知りたい」
流石に失礼だと思ったが、怒らないらしいので、ご希望通りに本心をハッキリ告げることにしよう。
「旅先に行った時に――」
「――そこでたまたま出会っただけの人物か?」
「いえ、旅先で景色を堪能していたら、そこで茂みの中から餌をねだって出てきた野良猫が出てきたとします」
「まあ、そういうこともあるな。海沿いだと野良猫はよく見る」
「殿下はその猫と同じ扱いです」
「待て!」
王子は机を大きくバンと叩いて立ち上がった。
「いや、猫って……猫はないだろう、猫は」
「でも、こちらからするとそういう感覚なんですよ。わずか5日の滞在期間中に偶然出会った現地の生き物。撫でたり餌くらいはあげても良いが、家に連れ帰るほどでもない。その程度の関係」
「私の名前を一度も呼ばないのもそういうことか」
「はい。殿下も会長も……この世界で出会った人物の大半の方の名前を私は知りません。5日間の関係と割り切っていたので、それで十分だと思いました」
「そうか、私は人としてすら見られていなかったのか」
王子は猫扱いが気に入らなかったのか、明後日の方向を向いてしまった。
こちらを一切見ようともしない。
「お前にとってこの国は何なんだ?」
「通りすがりに少し立ち寄っただけの国です」
「なら、誰にも近寄らずにさっさと通り過ぎろ! 何故人にかかわったりした!」
「そうですね。今後、異世界に喚ばれた時は、誰にも近寄らずに観光客に徹して通り過ぎるだけにするようにします」
「ああ。この事件については全てこちらで解決する。その同室のアイリスとやらにも便宜をはかるようにしておく。だから、お前はもう事件に関わるな。この学校にも近付くな」
流石に猫扱いは王子を怒らせてしまったかもしれない。
だが、これくらいで丁度良いのだ。
どうせこの世界には5日間しか滞在できない。
この世界の人間と仲良くなっても、別れが辛くなるだけだ。
どうせ住む世界が違うし、一度別れたらもう今生で会うことはない。
むしろ王子の方から関係を切ってもらった方が、こちらとしても後腐れなく縁を切ることが出来る。
もう辛い別れは簡便だ。
お辞儀をして部屋を出ると、後方からドカンと何かを扉に投げつける音と王子の叫び声が聞こえたが、振り返らずにその場を後にした。
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