私は異世界から来ました
シャワーを浴びて下水の臭いを落としてから食堂にやってきた。
食材がない問題は解決したものの、だからと言って突然に食材が生えてきて全て解決とはいかないので、この日は疑似肉ハンバーガーで乗り切るしかない。
泣いても笑ってもこの食堂で働けるのは残り2日だ。
その間にやれることはやりきってしまおう。
作業内容はひたすら大豆油の絞り滓からハンバーグを作るだけという、料理というより工場での手作業に近い。
ただ、焼き上げたハンバーグを葉物野菜やピクルス、ケチャップ代わりの煮詰めたトマトソースと一緒にパンに挟むと見慣れたハンバーガーの形になるのはなかなか面白い。
「食堂の方はいいよ。注文されてる弁当の方を頼む」
芋おばちゃんに注文表を渡されて確認すると、生徒会に渡す分だけにしては随分と数が多い。
「朝から兵士達が随分ここにやってきていただろう。あいつらの分なんだってさ」
「それでこの数か」
さすがに作り置きの分では足りないので、ハンバーグを捏ねるところから始めていると、早くもアイリスがやってきた。
「エクセルさん、お弁当を取りに来たんですけど」
「ええ、少し待ってくださいね。すぐに焼き上げてしまいますので」
「はい。では少しそこで待っていますね」
流石にあまり待たせることは出来ないので、調理を進めて完成したハンバーガーを規定数バスケットに詰めていく。
念のため注文との数の違いがないことを確認する。
指さし確認ヨシっ!
「こちら数は揃っています。念の為に確認してくださいね」
そう説明するとアイリスは数を数えていき、バスケットの中からハンバーガーを1つ取り出した。
「1人分多いですね」
何を見てヨシと言ったんですか状態だったのかと念のため確認するが、注文票とは相違ない。
「注文票では合っているはずですけど」
「ロータスさんが昨日から登校してきていないのでその分かもしれません」
それならば数が合わないのも道理だ。
ロータスは屈強なお兄さん達にハイエースされていってそれっきりだ。
流石に解放はされないと思うが、今後はどうするのだろう?
「ところでアイリスさんの分は含まれているのですか?」
「私の分?」
アイリスは少し考えて手を叩いた。
「確かに私の分がないですね。食堂で食べるつもりだったのでここの数には入っていません」
「でも、弁当を届けた後に話をしていたら、あなたが食事する時間がなくなるでしょう。なら、これはあなたの分です」
アイリスが取り出したハンバーガーを詰め直して持たせる。
「私が頂いても良いのでしょうか?」
「大丈夫ですよ。あそこにあなたを嫌う人は居ませんよ。さあ、行ってきなさい」
「エクセルさんはどうするんですか?」
「私はまだ厨房がしばらく忙しいので、時間をズラして食べるので私に無理につき合わなくても大丈夫ですよ」
「分かりました。夕食こそは一緒に食べましょうね」
そう言うとアイリスはハンバーガーが詰まったバスケットを持って走り去っていった。
「さて、協力していただいた兵士さん達の分20人前も作らないとな」
肉体労働だと腹も減るだろうと肉の量は生徒のものより多めにサービスしておく。
どの道、食材を余らせても仕方がない。
そこからしばらくはひたすら疑似肉を作ったり、焼いたりする地味な作業が続いた。
一心不乱にフライパンを振っていると、いつの間に客足は途絶えていた。
どうやら昼食の時間は終わったらしい。
この日の料理はハンバーガーなので洗う皿の数も少なくて済む。
3人がかりで手分けするとすぐに終了した。
流石に疲れたので椅子へ座り込む。
「それでは明日の仕込みですが……どうします?」
「どうしようかねぇ、予算もないし」
豆おばちゃんと頭を悩ませる。
大豆油の絞り滓は安価なためにまだ量の余裕はあるが、他の食材を買う予算はない。
勝手に魔物の餌を食材として注文されていた件については解決したものの、だからと言って急に予算や魔物へ与えた食材が生えてくるわけもない。
朝にマントの集団が持ち出した肉の塊については、まだ魔物に提供こそされてはいなかったが、流石に下水道内に持ち込まれた時点で衛生的にアウトなので処分している。
実に勿体ない。
豆おばちゃんと水増し出来るスープやシチューなどはどうだろうとメニューについて話していると、芋おばちゃんが血相を変えて手に皮袋を持って厨房へ走って戻ってきた。
「何なんです、その袋は?」
「あの兵士さん達が食事の代金と言って渡してくれたんだが、ちょっと見てくれよ」
芋おばちゃんがテーブルの上に袋の中身をぶちまけた。
それは20人前のハンバーガーには明らかに多すぎる金額の金貨と銀貨の山。
そして一枚の手紙だった。
手紙には、
これは兵士20人分の昼食代である。
2日分なので明日の式典警護の兵士の分も作るように。
浪費癖のある男が豪遊しただけなので金の出所は気にするな。
民が腹いっぱい食えるように国を維持するのが王としての責務である。
シンプルに必要最低限の内容が箇条書きにされていた。
内容については120点を出したいところだ。
こういうのをさらりと出せるあたり、やはり第二王子が王になるべきではないかと思う。
第三王子が宰相なり何なりのポジションに付いてサポートすれば、良い国になるのではないだろうか。
「殿下から昼食代ってことなんだけど、どうするんだいこれ?」
「折角のご好意ですのでありがたく頂戴致しましょう。これだけあれば何日分の食材を買えそうですか?」
「1ヶ月は十分持つね。明日からは通常メニューに戻せるよ」
本当に朗報だ。
せっかくなので、王子の偉功が多くの人に伝わるように手紙は食堂の目立つところに張り出しておく。
「それよりも、学校の事務員からの聞き取りに参考人として参加しろと言われているんだが」
「例の食材横領の件ですね。知っていることを全部話してもらえればそれで済むと思います。あとは、食堂側から出した注文表の控えみたいなものがあればなお良いと思いますね」
「なら、こちらの帳簿とメニューの記録だね。これなら何日に何を注文したのかハッキリ記録されている」
記録についてはそれで良さそうだ。
かくして芋おばちゃんと一緒に学校側の事務員への聞き取りの参考人として参加することになった。
◆ ◆ ◆
「ありがとうございます。こちらについては数日預からせていただいてよろしいでしょうか?」
「ああ。私らが不正をしてないって証明されるならそれでいいよ」
芋おばちゃんが第二王子が連れてきた次官に書類を渡した時点で参考人聴取については完了だ。
食堂側はむしろ被害者側なのだから、それ以上突っ込まれるわけがないのは当然の話なのだが。
「じゃあ私は食堂に戻って明日の仕込みをするよ」
「なら私も」
「いえ、エクセルさんは殿下よりここに残るように言付けを預かっております」
「えっ?」
王子が用事とは何だろう?
まさか何かの証拠が見つかったのだろうか?
「なら私だけでも戻るよ。あとはこっちに任せてもらえばいい」
「すみません、お願いします」
しばらく椅子に座って待っていると、兵士が1人やってきた。
「こちらにエクセルさんは来ておられますか?」
「はい、私ならここに」
「殿下がお呼びです。こちらへ」
兵士達に案内された先には生徒指導室となっていた。
「この中で殿下がお待ちです」
兵士に礼を言って中に入ると、渋い顔の第二王子が座っていた。
「エクセルか……まあ、そこにかけたまえ」
王子に言われるとおりに椅子に座る。
生徒指導室なので、ちょうど王子に対面の形になった。
「ここならば誰にも聞かれることはないから安心してくれ」
「……これは事件の調査とはまた別件ですね」
最初は事務員から学長に関する情報が出てきたのかと思ったが、どうも違う。
これは自分への聞き取り調査だ。
「それでエクセル……お前は何者だ?」
「私は私です。他に何だと思ったんですか?」
王子は何やら紐で閉じられた書類の束を取り出した。
その書類をわざとらしくパラパラとめくってみせる。
「この学校の五年間の入学記録だ。この中にエクセル、お前の名前はなかった」
証拠は全て上がっているようだ。
流石にハッタリで回避できるような状況ではないようだ。
「不思議に思って成績表も調べてみたが、何故かそちらには記録が残っていた。ただその成績は綺麗に平均値。他の成績に全く影響を与えないように平均値で記録されている」
「珍しい偶然もあるものですね」
「全ての科目で平均値を取るような生徒は成績上位者だ。私や生徒会がその存在を全く知らないというのはありえない」
まあこれは運営の仕事だろう。
他に一切影響を与えないように成績が完全に平均値の生徒の記録を1人割り込ませた。
それならば平均値の値が変わることはない。
だが、その細かすぎる配慮のせいで逆に不自然な存在が産まれてしまったということか。
「お前はここの学生ではないな」
「それは私が退学通知を――」
「わからないのはそこだ」
王子は書類の束を机の上に置くと、睨みつけるような視線を向けてきた。
「工作員が入学や編入の書類を偽装して学校に入るならば分かる。だが、わざわざ退学通知書を用意して学校を辞めていくというのがよく分からない。そのくせ、さも当然のように学生寮の部屋が用意されていて、その退去通知まで出ている。これほどの手間をかけてやっていることがチグハグ過ぎる」
王子が次に出したのは学生寮の退去通知だった。
こちらは完全に初見だが、エクセルという人物に対して2日後の昼に部屋を出ていくように書かれている。
「横領に手を化していた事務員や生徒会書紀のこともあったから、現在この魔法学校に在籍中の全ての生徒と職員の記録を洗ったんだよ。入学通知を誤魔化した工作員だと思われる連中が複数出てきたが、その過程であからさまに不自然すぎるお前の存在が見つかった」
なるほど、これは流石にもはや言い逃れは不可能のようだ。
最終日にアイリスだけに事実を告げてこの世界を去るつもりだったが、ここは計画を変更する必要があるだろう。
「エクセル、お前は何者だ?」
「何者と言われましても」
「何度も私を助けてくれたことから敵ではないことは理解している。だからお前を咎めるつもりもない。ただ、どこの勢力に所属しているのかくらいは知りたい」
また適当に
「雇われ主を裏切れない」
「真実を告げられない」
などと適当なハッタリで誤魔化すかと考えたが、王子の真摯な目を見て止めた。
どうせ滞在期間はあと2日しかないのだ。
この王子ならば全てを打ち明けても良いだろう。
真実を告げることにした。
「私は来るはずの人間の代わりに間違って連れてこられた異世界人です」
「異世界……人?」
「はい、私は異世界から来ました。通りすがりの魔女です」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます