殿下のスピーチ

 校門を入ってすぐの場所に人だかりが出来ている。

 

 理由は講堂から出て来た何人もの兵士が巨大な山羊の頭を運んでいたためだ。

 登校してきた生徒達は学校に居るはずがない兵士達、そして醜悪さしか感じられない山羊の頭という異様な光景に興味を奪われて、教室に行くこともなくただ様子を伺っていた。


「やはり凄いですね第二王子は!」


 若干わざとらしさはあるが、叫ぶような大声を出すと、正体不明の兵士や山羊についての説明を求めていた群衆の興味がこちらに向いた。


「生徒会と組んで、学校の地下から繋がる下水道に拠点を作っていた邪教教団の拠点を壊滅。そいつ等が喚びだした悪魔も倒してしまうなんて!」


 チラリと反応を伺うと、まだ反応は半信半疑。

 正体不明の誰かが適当な話を喋り始めた程度の反応だ。まだ仕掛けるには早い。

 

「あいつが生徒会と?」


 少し待っている他、遠巻きに見守っていた生徒の1人が食い付いた。

 これを良い機会として押し切ることにする。


「おおっと、噂をすればその殿下が出て来たぞ! 激しい戦闘が有ったからか衣服のあちこちにその痕跡が見られるっ! これはあの殿下も兵士と一緒にあの悪魔と交戦をしていたのか?」


 戦闘ではなくて単に下水道を歩いていて汚れただけだが、そんな話はする必要がない。しなくてもいい。


 ただ、良くも悪くも有名人が姿を現したことで風向きが変わってきた。


「その後ろから現れたのは生徒会副会長だーっ! 彼女の実力は皆さん御存知だと思われますが、その実力を買っての登用なのでしょうか? この采配を行った生徒会長の慧眼が光ります。流石会長!」

「会長が?」

「会長が殿下に助けを求めた?」

「いや、逆だろう。優秀な会長にダメな第二王子が助けを求めたんだ!」

「流石会長!」


 群衆……否、観衆がこちらの煽りへ次々と食いついていく。

 第二王子は流石に嫌われすぎだろうと思いながらも扇動を続ける。


「おい、これは何の騒ぎなんだ?」


 その話題の人物が観衆の中から飛び出してきたので、こちらも同じように飛び出す。


「会長、こちらです!」

「エクセル? 何故ここに?」

「皆さん、この件を解決に導いた生徒会長へ拍手を!」


 会長の反応は無視して、観衆達へ呼び掛けると、割れんばかりの拍手と歓声が轟いた。

 そのまま腕を引いて第二王子と副会長が待つ場所へ連れて行く。


 第二王子の部下達も手慣れたもので、いつの間にか演説台をどこからか調達してきていた。

 その壇上へ第二王子、生徒会長、カトレアの順に立たせる。

 

「兄様、これは一体……」

「見ての通りだ。明日に予定されていた隣国からの視察を狙った破壊活動が計画されていたが、こちらのエクセルと副会長の働きによって事前に阻止することが出来た」

「これはカトレア、君が?」


 自分の名前は出なかったが、特に問題ない。


「この件は、実は殿下が秘密裏に調査されておりました。ようやく奴らの拠点が学校の地下にあると分かったのですが、学内で発生する事件に生徒会が気付いていないというのも後で問題に繋がりかねませんので、緊急に監査の目的で参加いただきました。ですので会長もその方向で話を合わせていただけないかと」

「なる程、そう言うことか。それならば私も話を合わせよう。まずはこの混乱を収めたい」


 王子とカトレアからは「お前は何を言っているんだ」というジェスチャーを送ってくるが、見えないフリをした。


「では、観衆の皆さんにお二人が握手するところを見せていただけますか? パフォーマンスです!」

「いや、握手ってなぁ」

「兄様、ここは演技だけでも」

「まあ演技だけだぞ」


 2人とも口ではそう言っているが、顔は笑顔だ。

 どちらも兄弟を大切に思っているのだから普段から仲良くすれば良いのに。これだからツンデレは困る。

 男のツンデレはもう流行らないぞ。


「あぁーっと! 共に学校を愛する兄弟がここで握手だ。世間では流れている不仲という噂を払拭する仲の良さ、兄弟愛を見せてくれたーっ」

 

 2人が握手すると観衆から割れんばかりの拍手が飛んでくる。

 

「これで、殿下が裏でも世間から浪費だの夜遊びだのそしりを受けながらも地道な情報収集を行っていた甲斐があるというものです!」


 王子の浪費についても適当な嘘を言うと、またも観衆が湧き上がる。

 

「そうだったのか」

「確かに王位継承権を持つ王族がそんなことをするはずないよな」

「私達はとんでもない不敬を……」

 

 もはや何を言っても大盛り上がりだ。

 あとは予算の話を盛り込むだけだ。


「邪悪なる邪教の教団は、そんな清廉潔白な殿下に罪を被せるべく、学校の予算の横領などで確保した予算を王子の浪費に責任をなすりつけてい疑惑もあります。こちらの件についても現在調査中ですが近いうちに解決させることを第二王子、生徒会、風紀委員会、学校職員一同、国家安全保障局、消防局、下水管理局、その他諸々から誓います。それでは、それらの団体を代表して、第二王子こと殿下からの一言がございます。みなさま盛大な拍手でお迎えください。それでは!」

「いや待て」


 ここで王子にキラーパス。

 だが、王族ならは「急にボールが来たので」などと言い訳することなく、きちんと捌いてくれるだろう。

 こちらが口上した通りに観衆は盛大な拍手で王子を出迎えた。


 一瞬だけ王子がこちらを睨みつけるような目で見てきたので笑顔で返した。


「学校の地下でこのような陰謀が行われていたこと、それに気付けなかった事については謝罪したい。対応が遅れたため、皆に苦労をかけたことを大変申し訳なく思う」

「そんなことはありません!」

「みんな助けられています!」


 あちこちから王子を讃える声が挙がる。

 

「私は皆が知っているとおりにそれ程頭が良いわけでもなく、人を惹きつける才能もない凡庸な男だ。なので、個人の力では出来ないことはすぐに諦める癖が付いていた」

「兄様……」

「だが、私の周りには優秀な人材が多い。生徒会長……私の自慢の弟もその1人だ。私1人の力では出来ないことも、力を合わせれば達成していくことが出来る。それが仲間。それが組織。それが国というものなのだと思う。私はまだまだ未熟の身だ。なので、今後も皆の力を借りることは度々有るだろう。その時は、あの無能はこんな簡単なことも出来ないのかとぼやきながらでも手を貸してくれると嬉しく思う。以上だ」


 割れんばかりの拍手。

 王族としてそれはどうなの? というところもあったが、未だ学生なことを考えれば、将来成長していけば良いだろう。

 アホの子としては素晴らしいスピーチだったと思う。


「最後は生徒会から締めてくれ」


 王子はそう言って壇上を降りていくのを見て、観衆の中から庶務の姿を探す。

 キョロキョロしていると、少し離れた場所にアイリスと一緒に立っているところを見つけた。

 何故アイリスと一緒にいるのかについては不問にしよう。

 

「おいこっちだ。お前も参加だよ」

「俺?」

「この状況で生徒会メンバーが壇上に上がらなくてどうする。空気を読め」

「そう言われたらそうだな」

 

 アイリスに手を振りつつ、庶務を連れて一緒に壇上へ上がる。

 生徒会のメンバーが書紀を除いて全員揃ったことで、再度大きな拍手と歓声が上がる。


「皆の授業前の貴重な時間を奪ってしまって申し訳ない。後の処理は我々で行うから安心して授業……平穏な生活に戻って欲しい。君達の学校生活の安全は我々生徒会が保証しよう。それでは解散!」


 会長が手を叩いてパンと大きく音を鳴らすとと一度大きな拍手が起こった後に生徒達はみんな教室の方へ歩いていった。


「あの壇上に1人知らない人がいたんだけど誰?」

「書記のロータスって人じゃないの?」

「違うと思う。当然のようにロータスのポジションにいるあのエクセルって何なの?」


 聴衆達の声からそんな声が聞こえてきた。

 流石に目立ちすぎてしまったかもしれない。


「しかし、見事に引っ掛けてくれたな」


 壇上から降りたところ、王子が腕を首に絡めて羽交い締めにしてきた。


「私が今までやってきたことを全部無駄にしよって」

「でも、会長と和解出来て良かったでしょう」

「それはそれ、これはこれだ」


 王子が再度締め付けてくる。

 だが、怒っているようには思えない。

 親しい友人に絡むような、そんな感じだ。


「お前もこいつに振り回されて大変だっただろう」

「確かに驚かされたことだらけですが、兄様と話したかったのは本当です。その機会を与えてくれたエクセルには感謝しています」


 会長の方も怒っていないようで安心した。

 

「では、これにて一時解散だ。私はこのまま兵士達と事後処理を続ける。授業が終わったら、事後処理の手伝いをしてもらえると助かる。他の連中は授業に戻れ」

「兄様、では後はお任せいたします」

「ああ、任されろ」


 王子も生徒なんだし、お前も授業に出ろとツッコみたくはなるが、それを言い出すとこちらは生徒ですらないのであえて言わないことにした。


「ただ注意だけはしておいてくれ。魔物の討伐こそ出来たが確保出来たのは下っ端の一部だけだ。まだ工作員は大勢居るだろうし、作戦も完全凍結とは思えない」

「予備の作戦が有るかもと言うことですね」

「報復やヤケクソ気味の直接攻撃をしてくる可能性も有り得る。特にエクセルが目撃したという猫の使い魔の存在は気になる。その魔術師が健在ならばエクセルと従姉妹は報復の対象になりうるだろう」

「そうですね。カトレアさんは十分気をつけてください」

「いや、一番危ないのは何の後ろ盾もないお前だよ。私はなんだかんだで親の……家格という盾がある」


 周囲の視線が自分に集中しているのが気になる。


「相手が真正面から攻めてくるならば、私が一番大丈夫ですよ。それよりも皆さんは気をつけてくださいね」

「その根拠のない自信は何なんだ?」


 話すと長くなるだろうし、別にこの世界の住人に話すような内容ではないので適当に答えることにする。

 

「しがらみがないからでしょう。家の名誉も守るべき家族も何もないので危なくなれば全てを捨てて逃走しますし、どうしようもなくなれば全力で反撃します」

「確かにそういうやつが一番怖くはあるが」

「そういうわけです。危険だと思えば皆さんを頼りに行きますので、よろしくお願いします」

「私を頼るというのは良い判断だ。他の連中も危なくなったら私のところに頼ってこい」


 王子はそういうと任せろと言わんばかりに自らの胸をドンと強く叩いた。

 

「殿下も狙われていることをお忘れずに」

「ああ。もちろん気をつけるつもりだ」

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