どう公表するべきか

 3日目の朝がやってきた。


 残り滞在時間は今日を含めて3日。

 いや、最終日は退去日なのだから、実質今日明日の2日間で勝負を決める必要がある。


 この日も朝日が昇る前に着替えて寮を出発した。


 流石に予定が詰まっており、朝食を準備している余裕がない。

 寮のみんなには悪いが、ショボい朝食で我慢してもらいたい。


 日の出直後でまだ薄暗く、朝靄の立ち込める通用門近くの木の上で待っていると、一台の荷車がやってきた。


 そこには大きな荷物が積まれており、業者と門番が2人がかりで荷を運んでいたので、その隙を縫って校内へと忍び込み、茂みの中へ身を隠す。


 業者は食料倉庫へ荷物を運び込み、空の荷車を運んで校舎の外へ出て行った。


 さて、調査開始だ。


 食料倉庫の中へ入るとすぐにド真ん中に吊された巨大な肉の塊が視界に飛び込んできた。

 

 食堂では注文していないが、学校の予算としては計上されている食材。

 こいつが食堂の予算不足のからくりだ。


 学校の事務が食堂からの注文にこの肉を割り込ませていることは確定だ。

 これを買っているから予算はどんどんなくなっていくし、食堂に予算も回らない。


「この肉さえあればしばらくは充実した昼食が……」


 つい肉を確保したい衝動に駆られるが、ここで肉に手を付けるわけにはいかない。


 倉庫を一度出てから、食堂近くの茂みに潜伏をしていると、フード付きのマントをまとったを男が荷車を押して現れた。

 フードを深く被っているのと、夜明け直後でまだ薄暗い状況では顔までは確認出来なかった。


 男は食料倉庫の前へ荷車を止めて倉庫の中へと入っていった。

 少ししてから、重そうな肉の塊を抱えて外に出て来た。大きな肉の塊を荷車へ雑に積み込む。


「ふぅ、この仕事も今日までか」


 聞き覚えのない声だったので胸をなで下ろす。


 もしこれが会長や庶務ならばぶちのめすにしても2秒くらいは躊躇するところだった。


 男は荷車を講堂の方へと押していく。


「一応地下には王子が集めてきた戦力とカトレアが待っているはずだが……」

 

 少し遅れて気付かれないように男の後を尾行する。


 講堂の前には別のフード付きマントを身にまとった男が待っていた。

 2人で荷台から肉の塊を下ろして、そのままフラフラしながら講堂の中へ入っていく。


(まあ当然協力者もいるよな)


 地下には王子が呼んできた戦力がいるはずなので、あとは一網打尽だろうと堂々と地下へと降りていくと、突然武装した男達に取り囲まれた。

 全員鎧を身に着けており、剣を持っている。

 騎士……ではない、兵士か。


「動くな!」


 兵士のうちの1人が剣をこちらへと突きつけた。


「はい、動きませんが」

「学生か? いや、見た目ではわからんな。こちらに付いてきてもらおう」

「もしかしてこの先に殿下がおられますか?」

「話す必要はない」


 兵士に促されて歩いていくと、例のキマイラがいた部屋へと案内された。


「おお、エクセル、今頃になってきたか」

「殿下もカトレアさんも、もういらしていましたか」

「当然だ。日が登る前から待機していた」

「なるほど」


 第二王子と親しげに話していると、連行してきた兵士が視線をこちらと王子との間で右往左往していた。


「あの、この者は……?」

「確かに怪しいが、私の仲間だ。少なくとも敵ではない。剣を下ろせ」

「申し訳ございませんでした」

「いや、気にするな。お前が職務に忠実である証拠だ。本当に怪しい者が入り込まないよう、持ち場に戻って引き続き警戒を続けろ」

「はい!」


 兵士は素早く敬礼すると、部屋を飛び出していった。

 再び出入口を見張るつもりなのだろう。足音が廊下に消えると、静寂が戻った。


「それで首尾の方は?」

「キマイラ討伐には成功した。あいつが鎖で拘束されていたのが功を奏して、軽傷が数名出ただけだ」

「それでも数名は出たのですか?」

「やはり魔法攻撃がな。だが、早めにここで戦力を揃えた状態で戦うことが出来て良かった。もし最小限の護衛しかいない状況でかつ不意打ちされていたら大惨事になるところだった」


 部屋の端では火が起こされており、キマイラの死骸や汚物などが焼却されていた。


「2人のフードの男については既に捕縛した。あとは軍の方で詳しい調査を進めるだろう。だが、所詮下っ端だ。学長や教授に繋がる証拠は出ないだろう」

「管理責任で追求出来なくもないが、せいぜい反省文を提出させるのが関の山だな。ただ、食堂からの注文を偽装していた事務員についてはこの後に事情徴収を行う予定だ」

「まあ、奴らの野望を1つ潰せただけでも良しとしましょう」


 ともあれ、事務員が捕縛されれば、これで食堂の予算については解決……するはずだ。


「では戻りましょうか」

「ああ、事後処理は私に任せておけ。エクセルもクソ従姉妹もさっさと学校に戻れ」

「ではお言葉に甘えて。エクセル、外に出ましょう」

「そうですね。あと、ここは割と下水の臭いが染み付いてるから、一度シャワーに行った方が良いと思いますよ」

「下水の臭い!?」


 そう言うとカトレアは自分の服の臭いをかぎ始めた。


「ダメだ、長時間ここにいたから鼻がバカになっていてわからん」

「多分外に出ると分かりますよ」

「うう……それは困るな」

 

 その時、視界の隅に何かが映った。

 青白い光で構成された何か……例の猫の使い魔のように見えた。


「殿下、カトレアさん、そこに使い魔がいませんでしたか?」


 下水の先を指差すが、既に使い魔の姿はなかった。

 誰も居なければ強引に追跡して本体を探りたいところだが、今から追いかけるのは無理だろう。


「いや、私は見ていないが」

「本当に見たのか?」

「もしかしたら見間違いかもしれませんが、一瞬だけ使い魔の一部が視界の隅に入った気がしたので」

「本当なら、何者かがこの現場を見張っていたことになる」


 昨日の状況から、あの猫の使い魔を操っていたのはロータスだと思っていたのだが、本体は別人なのだろうか?


「単にキマイラが倒されたという報告が伝わるだけならば良い。私が軍を動かしたという報告もすぐに広まるだろう。だが、生徒会のカトレアがかかわっていると知られれば話は別だ」

「確かに……この件が会長に知られたら私はどうしたら良いのか?」

「いや、ちょっと待ってください」


 前から気になっていたことを確認するチャンスだ。


「なんで殿下と会長は対立しているってことになっているんですか? 殿下は会長を嫌ってはいないんですよね」

「それはもちろん。私は誰よりもあいつを評価しているつもりだ」

「次はカトレアさんに尋ねますが、会長はあなたが学校の危機を知って殿下と協力した事実を知って怒るタイプですか?」

「あの方は他人の努力怒ったりするような人じゃない。ただ、私が第二王子に付いたということを裏切りと思うようなことがあれば……」

「カトレアさんはあくまで学校のために協力したんですよね。それを正直に伝えれば良いと思います」

「な……なるほど」


 思っている以上に簡単な話だった。


 みんな仲が良いのに、コミュ症だらけでお互いの気持ちをうまく伝えられない状態が続いており、それを勘違いした外野が勝手に不仲だの対立だの煽って、そこに何とかその状況を利用できないかと隣国勢力が食いついただけだ。


「今回のキマイラの件を殿下と生徒会の共同作戦であったと発表出来ないですか?」

「共同?」

「作戦?」

「はい。学校の地下で密かに陰謀が進んでいたが、それを事前に察知した殿下が生徒会に協力を仰いで共同作戦を決行。作戦は無事に成功して、凶悪な魔物の討伐に成功した」

「ダメだ」


 王子が両手を交差させてバツの字を作った。


「何故です?」

「それで上がるのは弟の名声ではなくて私の名声だ」

「生徒会の名声も上がりますよ。特に会長なんて何もしていないのに上がるはずです」


 この面倒くさい王子はそこまでして自分を下げつつ会長を上げたいのかと呆れる。

 

「そもそもこの件が公表されれば殿下『だけ』の名声が上がりますが、それは本意ですか? 本来なら生徒会の縄張りである学校内で第二王子が干渉して大活躍とか煽られて、また不和の種にされますよ」

「いや……それはまずいな」

「そして隣国の勢力の名前は出さず……そうですね、邪神教団の陰謀があったということにしましょう」

「なんだそれは?」

「隣国の勢力が関係していたと公表したら外交的にも支障があるでしょう。なので邪神教団。それならば隣国の勢力も『間違っているぞ、それは邪神教団ではなくてうちの仕業だ!』なんてトチ狂ったことを言ってくる可能性はほぼ0になるはずです」

 

 そう言ってキマイラの山羊の頭を指差す。


「あの頭が良いですね。ここにいたのは悪魔ってことにします。あれは燃やさずにトロフィーとして表に出しましょう。何より敵として分かりやすい」

「なんというか、本当にお前すごいな」

「それほどでもない」

「だから褒めてはいないぞ」

 

 やはり無実だった。

 しかもグラットン持ってるのに謙虚にそれほどでもないと言った。

 やはり謙虚堅実をモットーにしている魔女は格が違う。


「予算の使い込みも教団の関与があったことにしましょう。そうすれば自然と使い込みも消えるはずです。バレた瞬間にそいつは邪神の教徒ってことになるので」

「ああもうそれでいい。もうそれで行こう! 私と生徒会で悪の野望を潰えたってことで」

 

 王子はかなりヤケクソ気味だが、案を受け入れてくれた。

 これで更にこちらも動きやすくなるはずだ。


 残り2日でどうしたものかと思ったが、これで光明が見えてきた。


「あとはカトレアさんの方ですが」

「正直、私からは何をどう会長に話せば良いのか分からないのだが」


 カトレアは不安そうに答えた。

 

「ならば3人で会いに行きましょう」

「待て、私は行くとは言っていないぞ」


 王子はよほど会長に会いたくないのか、嫌そうな顔をしている。だが、もちろん無視だ。


「共同作戦をアピールするには殿下と会長が直接会っている場面をなるべく多くの人に見せる必要があります。ですのでお願いします。今回だけで良いので」

「だが」

「学校を隣国勢力から守るためです。よろしくお願いします!」

「あっはい」


 王子は若干アホの子……というより年齢相応に子供な部分が多々あるが、決して頭の回転も性格も悪いわけではない。

 学校のため、多くの人を助けるためと理詰めで説明すれば協力していただけるととは信じていたし、実際にそうなっている。

 

「カトレアさんもそれで良いですね。詳しい話は全部殿下がしてくれるので、都合が悪くなったらコイツに騙されたと言ってください」

「現在進行形でエクセルに騙されている気がするが」

「では私に騙されたということにしておいてください」

「『ください』じゃなくて実際騙されているのだが」

「そうですね。なら、このまま最後まで騙され続けていただけないでしょうか?」


 そう頼み込むと、2人は大きなため息をついた。


「お前、私が何者か覚えているか? 第二王子だぞ。王族だぞ」

「そうですねすごいとおもいます」

「絶対にそう思ってないだろう」


 実際にすごいと思っているのに何が不満なのだろう?

 棒読み気味に言ったことが不満だったのだろうか?

 もう少し分かりやすく説明して欲しい。

 

「私も貴族令嬢なのだが」


 カトレアの言動だけ見るとそうは思えないが、実際そうなのだろう。この国はすごいと思う。

 

「なのでこうしてお二人に協力いただき助かっております。感謝しても仕切れません」


 頭を下げて感謝の気持ち伝えると、2人はまたも大きなため息をついた。

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