キマイラ
「食料倉庫からこちらの講堂の方に荷車を引いた轍が残っていました。何故講堂に食料を運ぶ必要があるのかを考えた時、最初に浮かんだのは『何か』の食料として使われているのではないか? という推論です」
「『何か』というのが、地下にいる魔物だと?」
「そう考えるのが自然だと思いました」
講堂の窓を適当に掴んで引っ張るという動作を繰り返していると、1つだけ施錠されていない窓が有り、窓が少しだけ開いた。
「窓が多い建物だとよくあるんですよね、施錠忘れ」
「学校側にはもっと管理を徹底させんといかんな」
「これも作業員が減っている影響だと思いますけどね。なにせ本来10人で回すところを2人で回しているみたいなので」
「こういう管理まで影響が出ているとは酷いな」
窓を全開にして、そこから講堂の中へ入る。
「なんというか、すごいなお前」
「この学校に来てからよく言われます。褒められると照れますね」
「別に褒めているわけではない」
壇上に上がり、そこの床を調べると、やはり思う通りの物が有った。
「それは何なんだ?」
「奈落ですよ。ここで演劇をやるという話を聞いてピンと来ました」
「奈落というのは何だ?」
「演劇などで登場人物が突然出現したり、地面からせり上がるような演出をする時に使う仕組みのことですよ」
壇上の横にある金属製のハンドルを指差した。
「あのハンドルを回すと壇上にある一部の床が下がったり、せり上がったりする仕組みです。完全に下げた状態からだと、舞台裏から壇上へ自由に出入り出来るというわけです」
「でもそれが、何故地下と繋がるんだ?」
「通常の奈落は舞台裏と同じ高さまでしか下がりません。ですが、それが舞台裏よりも下へ下がるとしたら?」
第二王子を連れてハンドルがある場所へ移動する。
「それではお願いします」
「ああ、任せる」
どちらもハンドルに触ろうとしない。
「私は王位継承権二位の第二王子であるが」
「私は非力な女子ですが」
やはりどちらもハンドルに触れようともしない。
これは先にハンドルを掴んだ方が負けだ。
「お願いします、回してくださいよ」
「何故私がそんなことをやらねばならんのだ」
こういう肝心な時に王子の側近2人はいない。
今頃ロータスとよろしく(隣国のスパイに対しての尋問など)やっているのだろうが、こういう力仕事くらいはきちんとこなして欲しい。
「仕方がないですね。おそらくまだ実直に調査をしてくれていそうな、もう1人の協力者を連れてきます」
「そういう相手がいるなら、最初から連れてきておけ」
「分かりました。ただ、その人に会っても喧嘩はしないでくださいね」
◆ ◆ ◆
「待てエクセル! 何故ここに従兄弟殿がいるんだ? こいつは会長の敵だぞ!」
「そういうお前こそ何故エクセルとつるんでいる?」
「あなたこそエクセルの何なんですか?」
校舎の裏で木の棒を持って茂みを突いていたカトレアを肉体労働担当として連れてきたのだが、あれだけ喧嘩をするなと念を押したにもかかわらず、いきなり口喧嘩が始まった。
「まあ落ち着いてください。ここは学校の平和を守るために一時共闘といきましょう」
「いや、こいつと組むのは拒否する」
「私もこのクソ従兄弟とは組みたくはない」
「クソ従姉妹はお互い様だ」
アホの子同士、どうでもいい争いを始めた。
それにしても第二王子の従姉妹ということは、カトレアもそれなりの地位の貴族なのだろうか?
「カトレアさんと殿下はどのような関係なのですか?」
「従兄弟」
「母方の叔父の娘。まあ従姉妹にあたる。こんなのでも辺境伯のご令嬢だ。まあ、幼い頃から三度の飯より鍛錬が好きな百戦錬磨の強者達に囲まれて育ったせいでこんなになったわけだが」
「こんなとは何だ! そちらの方がこんなだろう」
「なるほど。大丈夫かこの国?」
あまりにも良いポジションにろくでもない人材がついていることに、つい本音が口に出た。
「まあ大丈夫ではないな。隣国との関係とも一触即発の危うい状態が続いている。だからこそ弟に国を立て直して貰いたいわけだ」
「そういうところだ! 何でも面倒事を押し付けてくるせいで会長がどれだけ苦心していることか分かっているのか?」
「ならば、お前たちがもっと仕事を引き受けてやれ! 他人を上手く使うのも王としての素質だぞ」
「だから、あの方は王には向いていないと何度言えば!」
「はいはい。だから、この場は協力しましょう。まずは学校を守るため。そして会長を守ることにもなります」
「『はい』は一回!」
「はい」
ダメだ。
自分が仕切らないと物事が何一つ前へ進まない。
なんとか2人をなだめながら口喧嘩を止めさせる。
「カトレアさんは、このハンドルを力いっぱい回してください」
「分かった。これを回せば良いのだな」
カトレアがハンドルを回すと、壇上の床の一部がどんどんと下へ下がっていく。
そしてある程度経ったところで、急に下がる速度がゆっくりになった。
「どうした、遅いぞ?」
「こんな重いハンドルをそんな簡単に回せるか!」
「本当に頼りない従姉妹だな。貸せ!」
王子がハンドルを掴むと、二の腕、そして胸筋が膨れ上がる。
「こんなものは力任せに回せば済む話なんだよ!」
カトレアが回すとゆっくりだった奈落の穴がどんどん開いていく。
本当にこの人はやる気がないだけでやれば何でも出来る人だなと感心する。
床は舞台裏よりも低い位置へと沈んでいき、そして急に止まった。
「ハンドルが回るのはここまでだな。奈落はどうなっている?」
王子はハァハァと息を切らしながら言った。
奈落の様子を見ると、床の一部は舞台裏よりも低い位置まで沈み込み、そこには下へと下る階段が現れていた。
「さて、ここから下には召喚された魔物がいるかもしれないという話ですが? 2人ともどうします?」
「私が行かなくてどうする」
「ハンドルを回したのは私だぞ」
2人とも地下へ降りることに異論はないようだ。
「では3人で行きましょう」
「まあ待て……
カトレアの光の魔法による明かりが灯った。
「地下は暗いのだから灯りは必要だろう」
「ああ、気をつけて進もう」
「2人とも頼りにしています」
◆ ◆ ◆
階段を少し降りると、レンガを積み上げた水路のような場所に出た。
学校地下にある下水道の一部なのだろう。
水路には汚水が流れており、悪臭が漂っている。
「臭いな」
「注意してくださいね。こういう地下に溜まったガスは臭いだけではなくて、吸い込むと人体に影響のあるものもありますので」
「まあ、魔物も、そいつにエサを与えている何者かも生きているんだから大丈夫だろう」
「それは確かに」
王子とカトレアは怖いものなどないと言わんばかりに通路を進んでいく。
こういう行動力についてはたいしたものだと感心せざるを得ない。
しばらく進むと、広い空間が有った。
その中央に鎖で縛られた巨大な生物が存在していた。
そこにいたのは全長10m程の巨大な獣だった。
頭部にはライオンと山羊の2つの頭。
胴体は極端な前傾姿勢を取った人間のようにも見えるが、脚に比べて腕が極端に大きくゴリラのような剛毛に覆われており、指先からは鋭い爪が生えていた。
背中には鳥のようなな羽毛を持った翼が生えている。
この巨体で空を飛び回れるならば脅威だろう。
「キマイラ……」
「何故こんなところに、こんな巨大な魔物が?」
様子を観察しようとキマイラとやらに近づこうとしたところ、王子に肩を捕まれ静止された。
「鎖で縛られているからと言ってあまり近付くな。伝承通りのキマイラならば山羊の頭が魔法を使うぞ」
王子から警告が飛んできたので慌てて引き返す。
流石に様子を見ていたら魔法で攻撃されたとはたまったものではない。
なるべく暴力反対の方向で終わらせたいのに、そんなつまらないことで拘りが台無しになってしまうのは悲しい。
下水の臭いに紛れてわからなかったが、部屋の隅にはこいつの糞尿に混じって、かつて人間であったらしい「モノ」や食べ残しなどが散乱している。
拘りなど捨ててすぐに始末してしまいたが、ここは我慢だ。
あくまでもこの世界の人達が解決すべき問題だ。
「こんな魔物が不意打ちで出てきたら側近2人がどう頑張ってもダメだな。私が殺されて終わりだ」
「これが召喚された魔物なのでしょうか?」
「下水道に住み着いている野生生物とも思えないし、おそらくはそうなのだろう」
確か下水道にワニがいるとかそういう次元ではない。
こんな歪な生き物が野生動物として湧いてくるなら、この世界は終わりだとしか思えない。
「それでこいつはどうします? すぐに処分するか、それとも関係者がここに来るのを待って確保してから処分するのか?」
「私はこいつを倒せるような魔法を持ってはいないぞ」
「私もだ。一度戻って軍を呼んで戻ってくる必要があるな」
どうも話が通じていないようだ。
聞き方が悪かったのだろう。
「いえ、ここで罠を張って学長の仲間がここに来るのを捕まえるか、それとは無関係に倒してしまうかを確認したかったのですが」
「それならば、関係者が来たところを動かぬ証拠として拘束した方が良いな。いつ頃に来るか予想は出来るか?」
「業者がこいつの餌になる肉を搬入して、それから食堂関係者が出勤してくるまでの早朝、しかも夜明けすぐくらいの早い時間ですね」
確証はないが、動くとしたらその時間しかない。
自分の考えを王子へ伝える。
「明日の早朝ならば、日が変わる前には準備を済ませておいた方がいいな。お前も手伝え」
「流石にこんなものを見せられては手伝わざるを得ないでしょう従兄弟殿」
どうやら、このキマイラ討伐と関係者の捕縛に関しては王子とカトレアが動いてくれるようだ。
それならば、こちらは何もしなくても良いようなので楽で良い。
「私は今から戻って、こいつを倒すための兵士達を連れてくる。そして、ここへやってくる連中を待ち構えて捕縛しよう」
「なら、うちの家の者を回しましょう。明後日の警護のために近くの詰め所に来ています。私ならすぐに話を通せます」
「お前じゃ本当に話をするだけだろう。お前の親や軍を動かすには私から話をする必要があるだろう」
こちらの手を離れてどんどんと話が進んでいる。
ならば、あとは成果を確認するだけで良いだろう。
「では私はこの辺りで失礼しますね」
「ああ、今日は本当に助かった」
王子が握手を求めてきたのでそれに応える。
カトレアがそれに手を添える。
「私からも礼を言いたい。本当に助かった」
「いえ、大変なのはこれからですよ。殿下もカトレアさんもお願いします」
「ああ。明日には全部終わらせたところを見せよう」
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